第93話 最適化を実行しますか?

「とりあえず、種族はわかった。別に今までどおり、何も変わらないってことも」


「騙していたんだけどなあ……」


 まあ、そんなこともあるだろう。

 そして俺たちには別に被害はない。今までもこれからも。


「じゃあ、この件は終わりで、最後は紫杏のステータスか」


「へえっ!? えっ……と、レベルは90です。以上!」


 ……なにか隠してるな。

 大地と夢子どころか、シェリルすらそれに気がついているらしい。

 珍しく、シェリルが紫杏を残念なものを見るように見つめている。


「あうぅ……私はこのスキル使ってないから……」


 ということは、やっぱりなにか新しいスキルを習得していたってことだな。

 観念したように渡したカードを受け取って、俺たちはスキル欄を確認した。


「なにこれ?」


「使ってないから! 一回も使ってないから!」


 そりゃあそれを疑っちゃいないけど、なんかまた変なスキル増えてるなぁ……。


 【隷属】と【眷属化】という文字を見て、思わずため息をつく。

 というか、なんか同じようなスキルじゃない? 眷属になんかなったら、実質紫杏の支配下ってことだろうし。


「どういう効果なのか、一回善に使ってみたら?」


「おい……」


「だって、それが一番被害が少なそうだし」


 まあ、いいか。紫杏が俺に危害を加えるはずないし。

 スキルを認識して、一度使ってみないと効果はわからない。

 だから、空振りするにしてもスキルを使わないといけない。

 なら、その対象が俺であるべきなのもわかるんだけど……これ、俺がサキュバスにされる可能性ない?

 いや、男だからインキュバスか。


「まあ、いいや。使ったあとすぐに解除してくれ」


「うう……その信頼が今は怖い」


 恐る恐るといった感じで、紫杏は俺にスキルを使用する。

 ……ん? なにも変化がないな。なにか発動条件でもあるのか?

 そもそも、今はどっちのスキルを使ったんだろう。


「……抱きしめて」


 両手を広げてかまえる紫杏。今? 別にいいけど……。

 あれ、俺が動くより先に体が動いてしまう。


「えへへ~」


 満足そうにする紫杏だが、これが新たなスキルの効果か?

 一度使用したことで、恐らく紫杏の頭の中にはスキルの詳細な内容が浮かんでいることだろう。


「で、結局どういうスキルなんだ?」


「えっとね、精気を吸った相手を支配できるっぽいね」


 なんだそれ、めちゃくちゃなスキルだな。

 ただでさえ【精気集束】なんていう、無理やり非接触状態で精気を吸うスキルがあるんだぞ。

 勝手に精気を吸ったあげくに、その相手を支配できるとか、もう誰も紫杏に勝てないじゃないか。


「一応、抵抗の意思が強かったり、魔力が強かったりで、操れなくなるみたいだけど……いや~まいっちゃうなあ。善からはまったく抵抗する意思なんて感じなかったよ」


「まあ、別に抱きしめるくらいなら、拒否する理由ないし」


「ふふっ、それじゃあしばらくこのままで」


 ダンジョンとかではさすがに自重するけど、大地の家だし別にいいか。

 とりえあず、もう少し力を込めてほしそうだったので、望むままにして続きを聞く。


「それで、【眷属化】のほうなんだけど、善には使えないみたいだね」


「そうなのか? なんか条件が足りなかったか」


「うん。男には使えない」


 なるほど……それは、どうがんばっても俺では満たせない条件だな。

 つまり、インキュバス化ではなく、サキュバス化のスキルってことになりそうか。


「こっちも魔力とか意志次第で抵抗されちゃうみたいだけど、精気を吸った女をサキュバスにするスキルっぽいね……」


 要するに、【隷属】が男女用で、【眷属化】が仲間を増やす用のスキルってわけか。

 自分の支配下におくためのスキルとして、恐ろしく凶悪なスキルだと思う。


 ……これって、淫魔の女王が使っていたスキルじゃないか?

 淫魔の女王が、異世界を支配しようと暗躍していたとき、各国の各種族の強者が次々と秘密裏に襲われた。


 恐ろしいのは、被害者は襲われる前後でなにも変化がないように見えたことだ。

 気づかれない程度にほんの少し精気を吸われただけ。

 しかし、そのほんの少しで淫魔の女王は被害者を洗脳した。

 夢遊病のように、意識がないままに淫魔の女王の元に通い、定期的に餌にされていたのだ。


 今思うと、【隷属】で行動を操っていたんだろう。

 紫杏に限って、これを悪用するなんてことはないだろうけど、それこそ樋道やファントムみたいなやつが習得していたら、本当に恐ろしい事態になっていただろう……。


「ちなみに、このスキルってレベルがいくつのときに覚えたんだ?」


「えっとね~……」


 黙ってしまった。


「わからないんだな」


「あはは、私自分のスキルに興味ないから」


 まあ、わからなくはないけどな。

 身に覚えのないスキルを急に習得したり、サキュバスとして悪用できるスキルを習得したり、紫杏にとってスキルの習得は喜ばしいものではないもんな。


「そうか、それじゃあレベルが85くらいまでに、スキルは二つ増える可能性がありそうだな」


 今までどおりレベルを上げることで、新しい力を得ることはできそうだな。

 しかし、レベル85かあ……。正直かなり遠いなと思わなくもない。

 だけど、俺たちは全員これ以上の領域に到達しないといけない。


 一条さんとデュトワさんは、ニトテキアが【超級】になれる可能性があると評価してくれている。

 だけど、それはファントムという魔族になった魔獣を討伐したからだ。


 そして、ファントムを倒したのは紫杏だ。

 俺たちも攻撃したが、紫杏以外の攻撃はまったく通用しなかった。

 つまり、上にいく資格があるのは、現時点で紫杏だけ……。


 俺が最初に危惧していた紫杏頼りのパーティにならないためにも、俺たちも紫杏においつかないと。

 【上級】を目指してレベルは100まで上げるとすると、85なんてまだまだ道半ばだ。


『私たちも【上級】目指して、お姉様みたいに強くなりましょう!』


 尻尾をパタパタと振って、シェリルはやる気満々に意気込んでいる。大地と夢子も不服はないらしい。

 俺たちのこれからの目標は【上級】ダンジョンで、効率のいい獲物を見つけてレベルを上げることになりそうだな。

 ……レベルを上げるか。


「そうだな。明日からまたがんばろうか」


『はい! 私たちならすぐに【上級】にふさわしいパーティになれます!』


「もう正体も隠してないから、本気で戦えるからね」


「あの教皇みたいなのが出てきたら、足手まといになっちゃうからね。私たちも強くならないと」


「……」


 話すべきことは話した。

 時間もそろそろ夕方になってしまっていることだし、さすがにここからダンジョンになんてことはせずに、今日はこれで解散ということになった。


    ◇


 夜になり、紫杏に精気を与えるが、正直心ここにあらずというか、心の片隅に不安がある。

 それが紫杏にはばれていたのか……途中から、私怒ってますよ~という感じに、めちゃくちゃ激しく吸われた。


「ご、ごめん……」


「あはは、ちょっとやりすぎた」


 いや、ほんとだよ。もう許してくれと思ったのは初めて……でもないな。何度かあるぞ。

 だけど、わざわざ【隷属】使って、無理やり精気を吸うなんて、一度も使ってない宣言を疑いたくなってくる……。


「で? まだ、私にも泣き言を言えないの?」


「……やっぱり、気づいてた?」


「だってねえ? まじめにやってくれないのは、紫杏ちゃん悲しいな~」


 悲しいというか怒ってたけどな。

 まあ、全面的に俺が悪いし、それについてはしょうがない。


「みんながレベルを上げるのに前向きになってくれたのは嬉しいんだけど、俺はこのあたりが限界じゃないかなって不安がな」


 みんなは魔獣を倒せば確実に前に進んでいく。

 だけど、俺は違う。俺のレベルは1になる。つまり、いずれは一日で100まで上げなきゃいけない日もくるかもしれない。

 そうでなければ、俺だけがみんなの足を引っ張ることになるってわけだ。


「……やっぱり、私がまんし」


「しなくていい」


 だから、紫杏にもあまり言いたくはなかった。

 こんなことを言えば、紫杏は俺のために自分が餓死してでも、レベルを吸うのをやめるに決まっている。

 だけど、それじゃあ意味がない。


「俺の目標は、紫杏に今までもこれからも我慢なんかさせないことだから」


 そのために異世界で、サキュバスの情報を集めようとしているんだ。

 それなのに、目的のために紫杏を空腹にさせたのでは意味がない。


「吸うのを少しだけにすれば……」


「足りなくなってきているんだろ?」


「……うん」


 なにも紫杏だって、欲のままに毎晩俺から精気を吸っているのではない。

 どちらかというと、生命力を維持するために行為としてのレベルの吸収だ。

 紫杏はどんどん強くなっている。それに比例するかのように、吸う精気も増えている。

 このままでは、俺のレベルが上がる速度では、紫杏を満足させることが難しくなる日がくるかもしれない。


「紫杏に毎日満腹になってもらいたいだけなんだけどなあ……」


「つまり、ガリガリよりちょっとぽっちゃりしてる私が好みと」


「まあ、痩せこけてるよりは、肉付きがいいほうが……」


「そんな善に朗報です。ほら、まだまだやわらかいお肉だから、安心だよ~」


 本当だ。なかなかに触り心地がいい、ほどよい肉付きじゃないか。

 ……なんか話がずれてる気がするけど、まあ、要するに今後もこんな健康的な紫杏でいてほしいというわけだ。

 そう思いながら、ひたすら触り心地を堪能すると、急に火がついたかのようなサキュバスが、俺を襲って来るのだった……。

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