第92話 小規模文化交流

「……」


「……」


 俺と紫杏の前には、デュトワさんくらい大きな体で二本足で立つ狼がいる。

 うぉぉ……これは思っていたよりも……。


『な、なにか言ってくださいよぉ……』


「ふかふかして気持ちよさそうだな」


『そこですかぁ……?』


 見た目には一切面影はない。顔は完全に狼だし、体も筋骨隆々の狼人間って感じだ。

 そして、魔力を使った会話で聞こえてくるのは、いつものかわいらしい声とは別物。

 だけど、口調というか性格から、この子がシェリルだということはわかる。


「あ、本当だ。気持ちいいね」


『お、お姉様!?』


 紫杏がシェリルに抱きついて頬ずりすると、やわらかそうな毛の中へと埋まっていく。

 おぉ……なんだあれ、気持ちよさそうだ。うらやましい。

 シェリルは女の子なので、さすがに真似するつもりはないが、紫杏が少しうらやましい。


「体格が変わるってことは、戦うときに普段と感覚が変わって大変じゃないのか?」


『い、いつもの先生ですね。えっと……ちょっと大変です。避けるのは難しいですが、この体だと痛くないので、攻撃は全部【再生】に任せようかと』


「それは……状態異常とか、【再生】できない攻撃とかが怖いなあ」


『そ、そうですね。なんとか、この体でも避けられるように慣れていきます』


 幸い身体能力はこっちのほうが高いらしいので、きっとそれ自体は問題ないだろう。

 どちらかというと、こっちの体のほうに慣れすぎて普段の動きに支障が出ないかだけ気をつけないとな。


「まあ、そんなところか。性格まで変わったら面倒だったけど、普段のシェリルってことなら問題ないな」


「だね~」


 やわらかそうだな。眠そうな声しやがって、かわいいやつめ。

 シェリルは、自分のお腹に埋まった紫杏をどうすればいいかわからずに、困っているようだった。


 今日は満月の日。大地と夢子の正体について、改めて話をしたいと言われて大地の家に行くと、巨大な狼男……狼女? が現れて今に至る。

 不思議と敵ではないとわかったので話してみると、ただのシェリルだったのだ。


「ごめん。待たせたね」


 俺たちが到着してから、遅れること十数分。大地が夢子を連れて帰宅した。

 狼人状態の自分を見られたのは大地のせいだと思っているのか、シェリルがうなって威嚇する。

 おぉ……この姿だと迫力があるじゃないか。シェリルなのに。


「なに? お腹空いたの?」


 だけど、大地は慣れているのかまったく気にしていない。

 まあ、中身シェリルだからなあ……。


『先生! なにか言ってやってください!』


「体も大きくなってるから、いつもよりよく食べるのか?」


『違う!』


「う~ん、そもそも普段から大食いだからね。そう考えるとこっちの姿に合わせた食事量なのかも」


 なるほど、普段の食事量が体相応だった場合、満月の日にいきなり空腹になりそうだしな。

 普段から、この日のためのエネルギーを溜めているってことか。


『お姉様~……』


「大丈夫! お腹はぷにぷにしてないから!」


『はいぃ……』


 さてと、シェリルのことは色々とわかった。

 大地と夢子が遅れてきたのは、俺たち二人だけでシェリルと会って話せるように気を遣ったのだろう。

 そして、今度は二人の番というわけだ。もう隠すこともなくなった魔族の姿。今日の本題はそれだ。


「まずは夢子は吸血鬼。僕はアルミラージ」


「うん。吸血鬼ってことは血を吸う必要あるんだよな?」


「そうねえ、その辺は紫杏の精気に似てるかも」


 たしかに、そういう事情もあって二人はすぐ友人になったのかもしれないな。

 となると気になることは、やはりどうやって血を確保しているかってことだけど……。


「僕の血を吸ってる。まあ、その……精気もかな」


「私たちと一緒だ~」


 なるほど、そんなところまで一緒だったか。

 わかる。わかるぞ。他のやつの精気なんて吸わせたくないよな。

 俺は無言で大地と握手をした。


「そういうわけだから、当然ながら夢子は例の事件とは無関係」


 生命力消失事件か。なんかあれも現聖教会のせいという噂が流れてきているよな。

 立野は否定していたけど、あいつなんでもかんでも否定するから、証言が信用されていないんだ。


「じゃあ、夢子は大地の血を吸う必要があるってこと以外は、今までと特に変わらないか」


「ええ……そんな軽い感じ?」


 だって、毎晩精気を吸わないと倒れるとかないじゃん。

 大地が貧血でふらふらになったことなんてないし、きっと健康に支障がない量の提供だけでいいのだろう。


「それで僕がアルミラージだけど……」


「耳は兎じゃないんだな」


 アルミラージといえば、角が生えた兎と聞いている。

 異世界から現世界に来たという情報は聞いたことがないので、こちらもある意味紫杏に近い。

 伝承というか空想の中だけの存在であったサキュバスと同じなのだ。

 実在したんだなというのが、正直なところの感想であり、こちらもそれ以上は普段と変わらない。


「それが、僕たちの先祖の罪の証だからね」


 しかし、そうはいかないようだ。

 そういえば、ファントムのやつも言っていたな。忌まわしい種族の慣れの果てって……。


「罪って……?」


 別に話したくないのならそれでいい。

 だけど、向こうから自分たちのことを話したいと言ってきたので、このことも俺たちに話すつもりなのだろう。


「救世の男神アキト様がまだ人間だった頃に、殺そうとしたらしいよ?」


「大問題じゃないか!?」


 俺の親友の先祖のせいで、危うく異世界が滅んでいた。

 なるほど……随分ととんでもないご先祖様だったようだ。


「元々は兎獣人だったけど、その罰で耳を千切られた。さらに国を追放されてね。行く当てもなく、さまよっていたところを魔族の国ニトテキアが救ってくれたんだ」


 そうか。だから、大地は異世界の事情や、ニトテキアという国について詳しかったのか。

 先祖が異世界人ということで、現世界の人よりも詳しい……。

 期待して見てしまったらしく、大地は申し訳なさそうに首を横に振った。


「ごめん。それでもサキュバスのことはわからないんだ」


「いや、それならそれで俺たちが異世界に行って調べるだけだ」


 そううまくはいかないか……。

 まあ、大地なら知ってたらそれとなく、サキュバスのこと教えてくれていただろうしな。


「ニトテキアで細々と生きていき、やがて魔族も混ざってアルミラージという種として確立されたらしいね。罪の証の耳は人間と同じ長さになったけど」


「だけど、もうそれを責めるような人はいないんだろ?」


「まあ、本当に昔の話だからね。だけど、この過ちを忘れないように、先祖代々情報は伝えられてきたんだ」


 これが大地が正体を隠したがっていた理由かな?

 そして、夢子はそれに付き合って一緒に人間のふりをしていたのなら納得できる。


「魔族というだけでも、けっこう面倒ごとに巻き込まれやすいし、僕は種族が種族だから、今まで人間のふりをしていたんだよ。騙していてごめんね」


「別に俺たちは気にしてないけど、正体を隠すのをやめて平気なのか?」


「現聖教会に調査された以上は、どこで正体がばれるかわからない。だったら、開き直って魔族ってことを明かすよ。どこかの狼みたいにね」


『……はっ!? なんか今、大地が私の悪口言いませんでした!?』


 ……寝てたな。シェリルはもう知っていることで暇だったかもしれないけど、一応真面目な話だからな?


「こんなところかな。ああ、それと耳はこんなだけど、他の種族よりはよく聞こえるよ?」


「私は、他の種族より目がいいわね」


 そういえば、前にダンジョンの中で、紫杏が精気を吸うとかなんとか言っていた時、大地は耳をふさいで、夢子は目をふさいでいたな。

 それぞれの一番優れる感覚をふさいでくれていたのか……余計なお世話だ。

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