第90話 飾り気のない雄叫び

 問題はあの結界。私の爪が効かないのは私が弱いから仕方ありません。

 ですが、先生の攻撃もお姉様の攻撃もふせぐ結界なんて、どうにかしなければ勝ち目がありません。

 きっと先生かお姉様が治療してくれたのでしょう。

 とても、とて~もくやしいですが、今の私では助けになれません。


「だから、あなたが助けてください! 大体、あなたたちのごたごたじゃないですか! 私たちを巻き込まないでくれませんか!?」


 広間にたどり着くと、相変わらず気絶している嫌な男と、相変わらずうなだれている嫌な女がいました。

 まったく、こっちはあなたたちの不始末の相手をしているのだから、落ち込むなんて後にしてくれませんか?


「……違います。私は人間です。私は人間です」


 反応がないので無理やり運びます。

 ですが、耳元でぶつぶつと呟かれていい加減頭にきました。

 現実逃避も大概にしてくれませんか!?


「大体存在がわからないはずないんですよ! あなたは見たくないものを見ていないだけでしょう! だって、人間以外がわからないなら、魔獣である自分のことだってわからなくなるはずじゃないですか!」


 ほら、やっぱり聞こえているじゃないですか。

 私の言葉に、聖女と呼ばれた女はびくっと体をこわばらせました。


「ち、違う。違う……私は魔獣じゃない。私は人間です」


 話にならないというか、話ができません。怯えたように自分が人間だと繰り返していますけど、異種族のなにが悪いっていうんですか。

 ……怯えて話にならないのなら、無理やり奮い立たせればいいのでは? 【高揚】の出番ですね。どうせ結界で防御力が高いから問題ないでしょう!


「あなたの種族なんてどうでもいいから、尻拭いはしてください!」


 【高揚】を使って改めて叫ぶと、先生に向けていたようなニコニコした顔ではなく、恨めしそうな目で睨まれました。

 な、なんですか……怖くないですよ。


「あ、あなたになにがわかるんですか!? ずっと異種族が敵だと教えられて、人間以外に価値がないと教育されました! ある日、自分が価値がない側かもしれないと気づいた恐怖がわかりますか!? 私は人間です! 私には人間しか見えません! だから、私は人間なんです!」


 人間だと異種族だとか、そんなことばかり気にしてるからややこしいんですよ。

 大体、七女神様だって元はほとんどが異種族じゃないですか。

 教会を名乗るなら、異種族を真っ先に受け入れるべきでしょうが!


「よりによって魔獣!? 私自身が魔獣だったなんて、私はなんのために生きてきたんですか!」


「先生が言ってたじゃないですか! あなたは魔獣ではなく、魔族です! 私だって、先生とお姉様に会う前は獣人のふりをしようとしました。でも、今は魔族である自分が好きです! あなたと違ってね!」


 私をにらむ聖女は、完全に私が見えているようでした。

 ほら、結局全部怖いことから目をそらしていただけじゃないですか。正体を隠している大地や夢子を見破れるほどに、人間以外の種族に敏感になって、それすらあのおばさんにいいように利用されていただけなんですよ

 そんな聖女に嫌な男が近づいてきました。どうやら、向こうは向こうで意識を取り戻したようですね。


「あぶないっ!」


 聖女の腕を引いて、私のほうへと引き寄せました。

 バランスを崩して転倒した聖女は、後ろで剣を振り下ろした嫌な男を見て困惑しているようでした。


「なにしてんですか!? 仲間でしょうが!」


「……仲間? もう利用できなくなった壊れた道具でしょう。いずれにせよ、私たちのことを知られました。ニトテキアも元聖女もここで処分しなくてはいけません」


 嫌なやつです! この嫌なやつ!

 もう! 次から次へと、私の頭がパンクするっていうんですよ!


「決めました! 嫌な男を倒して、嫌な女に責任を取らせます。聖女なら、結界の一つくらいなんとかしてください!」


「え、え……」


「ちっ! 魔族一匹程度が調子に乗るのも……」


「【板金鎧】! 【両断】!」


 どうせ私の力は役には立ちません。だから、最善はきっと全力で嫌な男を倒すこと。

 後先考えずに人狼的最強スキルコンボで、私は嫌な男の剣を叩き折ってやりました。

 そして、武器を失ったことに呆然とする嫌な男を蹴とばすと、嫌な男は再び気絶したみたいですね。


「ふん! 聖女の結界ばかりに頼っているから、いざというときに戦えなくなるんです!」


 そうです。先生だったら、剣で簡単にさばいた後に人狼の活け造りにされています。

 お姉様だったら、お腹を殴られて多分吐きます。その後泣きます。

 夢子には人狼の丸焼きにされて、大地にはお腹が痛い痛いことにされます……。

 私のパーティは、あなたたちなんかより強いんです。


「あ、あの感謝……いたし……」


 異種族に助けられたからでしょか。聖女はとても辛そうに感謝の言葉を伝えようとしてきました。

 ですが、私にはもうそんなものは必要ありません。


「いりません。あなたが私を嫌ってるように、私もあなたのこと嫌いです」


「なら、なぜ助けたのですか……」


「嫌いだからといってあなたを見捨てたら、私は私のことが嫌いになるからです」


 私の言葉が予想外だったのか、聖女は驚き動揺しているようでした。

 さっきも言ったじゃないですか。私は私のことを好きになれました。


「なんせ、私はかっこいい人狼ですから。あの程度の雑魚に手こずる憐れな魔族を助けるくらい、簡単にできますからね!」


「たしかに、私は弱い存在です……」


「ですが、私ではあのおばさんの結界をどうにもできません」


 そうです。だから、あの場に必要なのは私ではなく、あなたなんですよ……。


「助けてください。このままじゃ現聖教会のせいで、現世界が大変なことになります」


    ◇


「そうか……それで、結界を壊すことができたのか」


「はい。練度だけなら、私のほうが上ですから……烏丸様の斬撃の魔力に、私の結界を上乗せして、お母さま……ファントムの結界を中和しました」


 シェリルと聖女から話を聞き、あの斬撃の仕組みを理解する。


「シェリル、ありがとな。シェリルがいなかったら討伐できなかった」


「ふえっ!? わ、私はその女を運んだだけで……」


「ううん。あの短時間に協力を取り付けたし、嫌な男も倒したんでしょ? シェリルは今回のMVPです!」


 紫杏がシェリルの頭をなでてあげると、シェリルは嬉しそうに尻尾を動かした。

 いや、本当に面倒ごとを全部引き受けてくれて助かった。

 というか、そんなシェリルを逃げたとか、失礼な話だ。まったく……。


「この恩知らず! 誰のおかげで今日まで生きてこれたと……いいえ、誰のおかげで生まれたと思ってるの!」


「私が……誰のおかげで生きてきたかは関係ありません。ですが、これから誰のために生きていくかは決めました」


 最後に見た聖女は呆然自失の状態で、抜け殻のような状態だった。

 だけど、彼女はすでに立ち直ったのか、ファントムの姿をしっかりと見ながら宣言した。


「現世界の人間、異種族、すべての人々のために生きるつもりです」


「はっ、ははっ……滑稽ね! 今まで自分を人間だと思い、人間だけを救済しておきながら! 自分が魔獣とわかった途端に、魔獣まで救いの対象にするなんて!」


「違います。私は広義的には魔獣ではなく、魔族らしいですよ?」


「くだらない……もういいわ。ダンジョン探索なんてくだらない遊びで一喜一憂している平和ボケした愚か者ども……」


 そう言い残すと、ファントムの肉体。関谷の死体が完全に崩壊してしまった。

 憑りついていたファントムが消えたことによって、死体を維持することができなくなったのだろう。


「やっと、終わった……」


 思わずその場に座り込む。疲れた……夜に紫杏を相手にするよりも疲れた。

 さすがにもうこれ以上は戦いたくない。


「お疲れ様」


「紫杏もな。紫杏がいてよかったよ」


「告白!? ええ~、困っちゃうな~。もうとっくに身も心も善のなのに~」


 いや、そういう意味じゃ……まあ、いいか。

 そんな俺たちの様子を見て、仲間たちも聖女も笑っていた。

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