第89話 最強が穿つ難攻不落
「シェリルを離せ!」
斬撃をすべてファントムに向ける。首や胴体のような致命傷になる箇所とシェリルを掴む腕めがけてだ。
しかし、夢子の炎という目くらましがないためか、ファントムは結界で斬撃のすべてを防いでしまう。
「あら……そういうこと。ずいぶんと頑丈かと思ったけど、あなたが回復し続けていたのね」
ファントムは忌々し気に紫杏を睨む。
どうやら紫杏は、すぐにシェリルを治療し続けてくれていたようだ。
そのおかげか、シェリルはまだまだ元気に暴れまわっている。
喉を掴まれているせいで声は出せないようだが、そうでなければさぞかし口悪くファントムを罵っていたんだろうな。
「はあ……いらないわ。こんなもの」
シェリルの爪も蹴りもファントムにはまるで通用していなかったが、それでも鬱陶しいと思ったらしい。
片手で軽々とシェリルを持ち上げてから、こちらに向けて投げ飛ばす。
なんて力だよ……。そこらの大柄な探索者よりも膂力があるんじゃないか?
飛んできたシェリルをなんとか受け止めながら、そのあまりの勢いにファントムの力の一端を感じさせられる。
もう紫杏を回復役だなんて言ってはいられない。
紫杏に目配せすると、彼女は俺の意図を察してくれたのか頷いた。
さすがのシェリルもダメージが大きかったのかぐったりしているので、このまま俺がシェリルを治療してしまおう。
「毒は効かないか……。出口は塞がれている。来た道を引き返すくらいしかできない」
「当然、さっきの広間に戻っても無駄よ。向こうも結界で塞いでおいたから」
無駄に逃げ場だけは広いが、どこに行っても肝心の出口は存在しない。
まるで、俺たちを狭い空間に閉じ込めて、逃げ惑うのを楽しんでいるかのようだ。
こいつ、絶対性格が悪い。
「大体、毒はともかくなんで炎も【両断】も効かないんだよ……」
「言ったでしょ? ゴーストたちはすべて食べたって。あんなのでもレベルが上がるためには役だったわ」
「つまり、レベルとステータスに差がありすぎるってことか」
「そういうこと。所詮は【中級】、高くてもせいぜい50レベルでしょ?」
50もいってるものか……。
そりゃあ、50あればという一条さんの言葉どおりにレベルは上げていた。
だけど、まだその途中の段階だ。
【上級】は100もあればって話だったよな……。
プレートワーム以上のこいつは、レベルがいくつあればまともに戦える相手なんだ。
「ちっ!」
会話の途中だったが、その隙を狙って紫杏がファントムへ拳を撃ちつける。
結界で防ぐこともなく、その拳を焦ったように回避している……?
紫杏の攻撃は結界で防いでいないな……。それに、余裕をもってというか必死に避けている。
やっぱり、紫杏の攻撃なら通用するんじゃないか?
「紫杏! レベルいくつだっけ!?」
「86!」
最近ではステータスを確認することはなかったが、そこまで上がっていた。
なんか新しいスキルとか覚えてないのか? 後で確認しないとだめだな。
だけど、それだけのレベルであればファントムとも渡り合える可能性が高い。
「86って……どう考えても、それ以上の攻撃じゃない。どうなっているのよ」
「残念だったな。俺の紫杏は他のやつらよりも強いんだ」
「俺のって言った!」
紫杏が喜びながらファントムに攻撃をするが、今度は結界で防がれる。
二発目は回避される。そのまま、回避と結界を併用しながら、ファントムは紫杏と渡り合う。
もしかして、連続で攻撃を受けたら結界がもたないのか?
なら、やっぱり紫杏をサポートするべきだ。
紫杏がファントムに攻撃を連続で当てられるように、徹底的にファントムの邪魔をしてやる。
ちょうど治療が終わったシェリルを休ませ、再び魔法剣で結界の隙間を縫うように攻撃する。
「ちぃっ! 鬱陶しい!」
少なくともファントムへの嫌がらせにはなっているらしく、紫杏の攻撃が回避しきれずにかするようになってきた。
肉体からは血は出ないが、魔獣が消滅するとき特有の黒い煙のような魔力が漏れ出している。
「もういいわ。先に雑魚から倒してあげる」
さすがにファントムも焦ったのか、紫杏から大きく距離をとったかと思うと、シェリルに匹敵する速度でこちらへと迫る。
大丈夫、頭にきているせいか大振りの攻撃だ。なんとかそらして剣で反撃を……。
そう思い構えた瞬間、ファントムは俺を無視してさらにもう一歩跳躍した。
「大地! 夢子!」
邪魔した俺ではなく、今まさに魔法を発動しようとしている二人を潰す気か!
咄嗟に声をかけるのが精一杯だった。
俺ですらそれが精一杯なのだから、不意を突かれて今まさに攻撃される寸前の二人は対応が間に合っていない。
「……鎧】!」
ファントムが意趣返しするかのように、炎をまとった腕を振るうと二人は炎の塊に飲み込まれた。
かろうじて【板金鎧】を発動した声だけが聞こえたが、発動が間に合ったかかなり怪しい……。
「なにか面倒なスキルを使ったわね。だけど、これで二人ともしばらく動けないでしょう」
炎が消えてファントムがこちらに振り向く。
その背には、おびただしい火傷を負った二人の姿が見える。
この野郎……。いや、まだ生きている。まずは治療を。
「まってろ! すぐ治す!」
「大体ねえ。聖女でもないのに、気軽に【回復術】を使われると迷惑なのよ。現聖教会の力が安っぽくなるでしょ?」
二人に駆け寄ろうとする俺に、ファントムが作った巨大な氷塊が落ちてくる。
回避しようとする前に、氷塊は紫杏の拳で砕かれて俺はその隙に二人の元へと走った。
「まあいいわ。あなたのお仲間はしばらく助けてくれないわよ? たしかに、大した力を持っているみたいだけど、なんとか捌くことはできる。一対一なら、私が負ける道理はないわ」
「あなた、誰かを好きになったことないでしょ」
「はあ? なにを急に……」
「女の子は愛する人の前では、無敵になれるものなのさ!」
頼もしい言葉を背に受けながら、一刻も早く二人を治療しなければいけない。
治療できたとしても、すぐに戦線に復帰できるわけではない。
シェリルのように、しばらくその場で休ませる必要があるだろう。
だけど、治療しないことには二人が危険だ。
「あらそうなの。じゃあ、あの子犬は誰も愛していなかったのね。所詮は犬っころ、強者の前には正直ね」
シェリルのことか? シェリルが一体なんだというんだ。
ファントムの言葉が気にかかり、二人への【回復術】の手は休めずにシェリルのほうを向く。
すると、先ほどまでいたはずのシェリルが消えている。
というか、この部屋からシェリルがいなくなっている。
「あら、仲間のことなのに気がつかなかったの。白状な男ね」
「シェリルに何をしたんだ!」
凄む俺にファントムは心外だとばかりに腹立たしい声で答えた。
「なんでもかんでも私のせいにしないでよね。あの犬なら逃げたのよ。さっき、広間まで走っていったわよ。そんなことしても逃げられるはずないのに、馬鹿な犬ね」
逃げた? いや、そんなはずはない。
シェリルがわざわざ戦線を離れるほどの何かが広間にあるのか?
いいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
大地と夢子の傷が徐々に塞がっていくことを確認し、急いでしかし確実に治療をほどこしていく。
「よし……二人とも、無理はしないで休んでくれ」
返事は返ってこない。まだ二人とも意識を失っているのだろう。
戦えるのは俺と紫杏だけか、【初級】ダンジョンに二人で通っていたころのようだなと、不謹慎ながら少し懐かしくなってしまった。
「ほいっ!」
「小娘!!」
戦況は、紫杏が有利なようだ。それを見てほっとするが、肝心の致命打には至らない。
兎にも角にも、あの結界が本当に厄介すぎる。
魔獣やゴーストを吸収して、聖女以上の魔力を得たファントムだからか、無敵ともいえる防御魔法として機能している。
だけど、完全なものではないはずだ。そうでなければ、紫杏の攻撃をすべて結界で受けているはず。
やはり、あの結界に何度も攻撃を撃ちこんで、結界事ファントムを倒すしかないか……。
「もうっ! 偉そうなこと言うくせに、ちょこまこ逃げるんだから!」
「捕まえられないあんたが悪いのよ!」
ファントムの反撃の魔法を紫杏は、魔力をまとった拳で弾き逸らす。
そして、反撃の拳を受け止めるべくファントムが再び結界を張った。
このタイミングだ。ここで、ファントムに同時に攻撃を……。
斬撃を散らす。そのすべてが、結界を避けながらファントムへと迫る。
間違いなく当たる。確信通りに、斬撃は一発残らずファントムの肉体に吸い込まれるように直撃した。
「物珍しい魔法剣。それに普通ではない斬撃。最初こそ警戒もしていたけど、所詮は低レベルのままごとね」
ゴーレムすら斬り裂いた魔法剣だというのに、ファントムはまったくダメージを負っている様子はなかった。
いや、一瞬だけ体中から煙が漏れたのが見えたぞ。つまり、ダメージは負ったが即座に回復したってことだ。
ああ、そうか。聖女の魔法は結界だけじゃない。半端なダメージなんか与えても、【回復術】ですぐに全快するのか。
「はっ! これって、夫婦の共同作業!」
「ふざけんじゃないわよ小娘!! 誰を相手にしていると思っているの!」
「だって、結局私の攻撃を必死で避けるだけだもんな~。倒せないだけで、ほら、私のほうが強いし」
紫杏の言葉が癇に障ったのか、ファントムはもはや俺など目にもくれず、怒りのままに紫杏に攻撃を仕掛けている。
紫杏はファントムの攻撃を受け流し、ファントムは紫杏の攻撃を結界で防ぐ。
互いに決定打がないままの攻防が続く。せめて、俺の攻撃にも結界を使わせれば、その隙に紫杏の攻撃を当てることもできるのに。
今度は斬撃を一つにたばねて飛ばす。
俺に意識を割く余裕はないのか、はたまた余裕からか、ファントムに攻撃が命中する。
「ちぃっ! うっとうしい!!」
脇腹に大きく傷ができてそこから魔力が漏れていくも、やはりすぐに魔法で傷は塞がってしまう。
死体だからか傷に怯むようなことはないし、漏れ出す魔力なんかはきっと結界に使用するよりも少量だ。
邪魔はできている。だけど、それ以上ではない。
こんなことでは、紫杏の助けにはなれない。もっと相手に通用するような攻撃を……。
「先生!! この女に手伝わせます! 斬撃で結界を狙ってください!」
シェリル! それに聖女も!?
それは、紫杏の攻撃にちょうどファントムが結界を発現させた瞬間のことだった。
余裕がないからか、シェリルは叫んで伝えたため、ファントムにもこちらの狙いは聞こえている。
つまり、このタイミング以外では対処される可能性が高い。
狙いは理解できない。だけど、シェリルの言葉を信じて俺は結界めがけて斬撃を飛ばした。
「現聖教会から、人類の敵を作るつもりはありません!」
飛ばした斬撃の魔力の質が変化する。
いつもの水魔法による水を圧縮したような刃じゃない。まるで結界魔法でコーティングされたような魔力の刃。
それが、ファントムの結界に一つ余さずぶつかると、ガラスが砕け散るような音が響き、斬撃も結界も粉々に崩れ落ちていく。
「やるもんだね。聖女っていうのも!」
結界が消え去り、回避も間に合わず、紫杏の拳がファントムをとらえる。
相手が人間ではないことはすでに知っての通り、そのため紫杏は加減など考えずに今できる最大の威力を拳に乗せていた。
そんな威力の拳が無防備な腹に突き刺さる。魔力で強化された拳であるためか、拳は腹を貫くだけでとどまらずに上半身と下半身に分断した。
「すげえ威力……」
紫杏のことは怒らせないようにしよう。
そんな場違いな感想を抱きつつ、ようやくファントムの討伐が完了したことに安堵した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます