第88話 セーブはできません
「烏丸さん!? やっと連絡がとれました。今までどこに……いえ、それよりもお伝えするべきことがあります!」
向こうも何度も連絡をしてくれていたのか、ようやく連絡が取れたことで一条さんは焦ったような安堵したような声で話す。
「よかった。こっちも、一条さんに伝えるべきことが……」
「すみませんが、先にこちらから」
珍しいな。かなり焦った様子で言葉を遮ってまで何を伝えようとしているんだろう。
「現聖教会の教皇、
教皇が死んだ? もしかして、さっきのゴーストたちに取り憑かれて体がもたなかったのか……?
いや、なんでそんなことを一条さんが知っているんだ。
「し、死んだって、ゴーストたちのせいですか?」
「ゴースト……? いえ、関谷は昔死んだ探索者として、記録が残っていました。探索者としては無名だったため、調べてみるまではわかりませんでしたが……」
昔死んだ探索者だって……?
じゃあ、さっきまでの教皇は誰なんだ?
いや、さすがにおかしい。それって似ていただけの別人じゃないのか?
「あの……本当に教皇と同じ人なんですか? 似ているだけじゃ……」
「信じられない気持ちはわかります。死者が動いていたなんて、一部の魔族以外ではありえませんから」
まさしく、あのゴーストたちとかな。
「ですが、ダンジョンの管理記録に残されていた魔力反応と、現聖教会の教皇の魔力反応は同一です。間違いなく、関谷はかつて命を落とした探索者です」
昔に死んでいた探索者……。
じゃあ、俺たちが会っていた教皇は何者なんだ?
一条さんは、魔力反応が一致したと言っていた。
なら、その探索者と教皇は同一人物のはずなのだけど……。
「とにかく……は現聖教会に…………して…………い!」
なんだ、急に通信が不安定になり、一条さんの声が聞き取りにくくなった。
「…………」
そして、ついに完全に無音になってしまう。
まるでさっきまでと同じく、通信が妨害されていたときのようだ。
「まったく、これだけの魔力とスキルがありながら、どうしてたかだか数人の低級探索者さえ殺せないのかしら」
ゴーストたちと戦った広間から、悠然とした様子で教皇が歩いてくる。
この部屋まで結界で逃げ道が塞がれ、通信も妨害されてしまったが、今度は教皇のしわざということだろう。
振り出しに戻った。いや、ゴーストたちと違って敵はあくまで教皇一人。それにいくらでも修復可能なゴーレムの肉体ではなく、あくまでも生身の相手だ。
ならば、多少なりとも先程よりな状況は改善したといえるだろう。
「ゴーストたちに取り憑かれたんじゃないのか?」
「馬鹿ね。上位種である私が、あんな下等種族に取り憑かれるはずないでしょ。逆に全員食い殺してやったのよ」
ゴーストたちが得た力を使える時点で薄々は気づいていたが、やはり教皇がすべてのゴーストを捕食したということらしい。
あのときの悲鳴は教皇ではなく、喰われるゴーストたちのものだったのか。つまり、教皇も人間ではない。
そもそも昔死んだ探索者なのに、こうして動いている時点で人間ではないだろう。
「関谷って言ったな。死んだはずじゃなかったのか?」
「あら、そこまでバレちゃったの。目立たない無名の死体を使ったのに、よくもまあ調べ上げたものね」
死体を使った。
なるほど、一条さんの調査結果は間違いなかったようだ。
わかってきた。ゴーストたちに取り憑かれるどころか、すべてを喰らった。
そして、ゴーストたちの上位種であるという発言に、死体を利用したという事実。
「つまり、あんたも霊に属する魔獣だったってわけだ」
「ファントムよ。ゴーストみたいな若造の雑魚とは次元が違うのだから、一緒にしないでほしいわね」
ファントム……。
たしか、ゴーストよりもランクが三つほど上の存在だ。
ワームの上位種であるプレートワームとは戦ったが、あいつでさえもワームの一つ上のランクの魔獣でしかない。
つまり、少なくともプレートワームよりもはるかに強い魔獣ってことになる。
そしてなによりも……こいつ自身があのゴーストたちのように、知性があることが問題だ。
「つまり、お前もゴーストたちみたいな特殊個体ってわけか……」
「特殊ねえ……こっちの世界の知性のない劣等種とも一緒にしないでほしいわ。異世界のファントムはれっきとした魔族なんだから」
なるほど……異世界が危険だとか、最低限の強さが必要だとか言われるわけだ。
異世界では、こんなやつがふつうにいるっていうのかよ。
知性があって、人間たちを騙して、裏で魔獣たちを作る魔族? 魔王じゃあるまいし、勘弁してくれ……。
しかも、それが先ほどのゴースト同様に膨大な魔力で様々なスキルを使う。
無理そう……だな。
この時点ですでに、俺は戦うことは諦めていかに撤退するか考えていた。
「紫杏! 結界壊せるか!?」
「やってみる!」
紫杏が出口をふさいでいる結界に一足で跳び、拳を振りぬこうとする。
しかし、鈍い音が部屋に響くだけで結界は破損する様子さえなかった。
「無駄よ。餌を取り込んだ私の結界を、小娘風情が壊せるはずないでしょう」
たしかに、ゴーストたちが張っていた結界は一度で破壊できなかったとはいえ、攻撃をするごとに破損していった。
しかし、ファントムの結界は紫杏の攻撃を受けても、何一つ変化がない。
「むう……もう一発」
「紫杏、後ろ!」
紫杏はさらに結界を攻撃しようとするが、その前にファントムが魔力の塊をぶつけるべく撃ちだした。
俺が声を出すまでもなく、紫杏はしっかりと背後からの教皇の魔法を回避する。
しかし、攻撃を中断されたことで気分を害したように教皇へと顔を向けた。
「ちょっと、邪魔しないでよ!」
「あら、ごめんなさい。気にしないでちょうだい」
「嫌なやつ!」
「調子に乗るんじゃないわよ。小娘」
さすがに、そう簡単に逃げさせてはくれないか。
帰還の結晶は当然使えない。ダンジョンではないからな。
ファントム討伐。それしか、俺たちが帰還する方法はないということになる。
「いつもと違って紫杏のサポートで!」
とりあえず俺は、魔法剣から斬撃を教皇に向けて飛ばす。
ファントムですら、さすがに斬撃のすべてを対処できないと判断したのか、結界を張って身を守ろうとする。
だけど、斬撃はすべて教皇を逸れるようにして後ろへと飛んでいった。
サポートするとは言ったけど、その前に一度結界をなんとかできないか試してみないとな。
紫杏が狙っていたものとは別の結界に、試しに斬撃を飛ばしてみた。
攻撃はすべて命中。甲高い音が聞こえるが、結界はやはりまるで変化がない。
「だめか……」
「あら、無駄なことが好きなのね。それなら好きなだけ、私の結界を壊せるか試させてあげるわ」
「随分と気前がいいんだな」
余裕の表れか、そんなことまで言い出す始末。
それだけ自分の力に自信があるということだろう。
さすがに、その言葉を受けて結界に無駄な攻撃をするつもりはない。
やはり狙うはファントムのほうなのだが……。
結界を突破しないことには、ファントム自身にも攻撃は届かないのが問題だ。
「ゴーレムじゃなくて生身の肉体なら、効くはずだよね?」
大地から大量の毒の霧が噴出する。
結界で身を守っているとはいえ、全方位を囲んでいるわけではない。
あくまでも盾のように使うので、大地の毒の霧は結界を通り抜けるようにファントムを襲った。
「大地。なんか、頭に角生えてるぞ」
「後にしてくれる!?」
普段の見慣れた姿ではなく、額から細長い角が一本生えていた。
そのため、ついそれを指摘してしまったが、たしかにそれどころではないな。
アルミラージって話だったし、本当は角が生えてたんだな。
あれ、でも耳は長くないな。兎みたいに長い耳になるかと思ったのに。
「小賢しい魔法ね。忌まわしい種族の慣れの果てにお似合いの卑怯な力だわ」
「詮索が好きなんだね。僕の種族のことまで知っているなんて」
「というか、詐欺教団の親玉のほうが卑怯じゃね?」
「そうですよ! この嘘つき!」
なんか大地が責められているが、どう考えてもお前が一番悪い。
ここ最近のできごとは全部こいつが原因だ。
よし、こいつを倒して例の生命力消失事件の犯人でもあると引き渡そう。
「ばれなきゃいいのよ。ここですべてを知った邪魔なあなたたちを始末すれば、人間たちの味方の現聖教会としてまた活動できるわ。聖女はあなたたちと相打ちになったとでも言おうかしら?」
本当にろくでもないやつだな。
そもそもなんで、そんな面倒なことをしているんだこいつは。
「だいたい、自分自身が魔獣というか魔族なんだろ。なんで、わざわざ人間の味方をして異種族の迫害なんてしているんだよ!」
「そうすれば、人間と異種族が争うじゃない。別に私以外の存在なんてどうでもいいもの。勝手に潰し合うのなら大歓迎だわ」
間違いない。こいつは、現世界をめちゃくちゃにしようとしている悪意そのものだ。
倒せないまでも、せめてこの事実だけでも誰かに伝えないと、いずれ現世界が大変なことになってしまう。
「……毒が効いてない?」
大地の言葉で気がついた。たしかにおかしい。
あれだけ毒の霧に囲まれながらも、ファントムはまったく毒が効いている様子がない。
血の一滴も出さない。体は自由そのものだ。お腹を下してもいない。
「もしかして、他の状態異常にすでにかかっているとか?」
「……それか、死体だから効いていないのかもしれない」
ああ、その可能性が高そうだ。
ゴーレムのときと同じく、あいつの体は昔に死んでいる。
死んだ状態で毒に感染しようと関係ないか、あるいはそもそも状態異常にならないのかもしれない。
「なら、その死体火葬してやるわよ!」
夢子もやはり範囲を広めることを優先したように魔法を発動する。
当然四方八方から迫る炎を結界で防ぎきることなどできず、ファントムの肉体は炎に包まれた。
相変わらずのすごい火力だ。見た目はやはり吸血鬼の本来の姿のままのようで、その姿だからこその魔法なのだろう。
「ここが使いどころだと思います! 【板金鎧】! 【両断】!」
そんな炎で視界が防がれているが、シェリルは鼻を鳴らして炎の中に突っ込んでいった。
無茶な行動ではあるが、たしかに今だからこそファントムも結界でシェリルの攻撃を防ぐのは困難だろう。
身を守るためでなく、攻撃にすべてを捧げるようにスキルを使用するのは、いかにもシェリルらしい。
本当なら俺も斬撃で支援したいところだけど、残念ながら炎の中の様子がわからない。
下手に斬撃を使えば、シェリルを邪魔しかねないと思い、彼女にすべてを任せるしかなかった。
「まあ、こんなものかしら」
しかし、俺が目にしたのは、そんな仲間たちの奮闘をあざ笑うかのように、片手でシェリルの首を掴んで炎の中から現れたファントムの姿だった……。
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