第87話 壺の中のオーバードーズ

「めんどくせえ!」


 シェリルの爪撃。俺の斬撃や魔法剣。大地の毒魔法というかスライム。夢子の火魔法。

 それらを惜しみなく使って戦っている。善戦できているといっていいだろう。

 現に攻撃のいくつかは、結界を張られる前にゴーレムの体に届いて破損させることに成功している。


「あはははは! 聖女の力って便利だね~!」


 だけど、傷ついた体もすぐに回復されてしまう。

 こういうときのセオリーとしては、回復できないような急所を一撃で破損させてしまうことだが……。

 所詮は仮初の体で、本体はあくまでもこのゴーストの集団だ。


「こうなったら、とことんやってやりますよ! こっちだって、お姉様のおかげでいくらでも回復できるんですからね!」


「でも、あれと違って致命傷は回復できないから、調子に乗らないようにね」


「はいっ! 調子乗ったことはありません!」


 堂々と嘘つくな。

 紫杏の言うことは正しい。あっちはいくら破損しようがなんのダメージもない。

 だけど、こっちは変な場所に攻撃されたら、その時点で回復術では対応しきれなくなる可能性が高い。

 魔力量のごり押しでごまかしているけど、紫杏の回復術はまだまだ【初級】だからなあ……。


「ふふ、ずいぶんと苦戦してるようね」


 いい気なもんだ。

 ゴーストたちの勝利を疑っていないためか、教皇はもはや余裕を見せて俺たちの戦闘を見物している。


「だけど、遊ぶのはそこまででいいでしょう? さっさとまじめにやりなさい」


「はいは~い」


 まじめにって、手を抜いていたってことかよ。

 さすがにそれはと思った瞬間に、ゴーレムから急激な威圧感を感じて体がこわばる。

 これって……。


「あの狼の力じゃないですか!」


「言ったでしょ。できそこないのまがい物でも、有効利用する方法はあるのよ」


「だけど、あの狼はシェリルが倒したじゃないか!」


 その時点で狼の威圧による力は失われたはずだ。


「それなら、また同じようなものを作ればいいでしょ? 感謝なさい。わざわざあなたたちが一度倒した相手の力を選んであげたんだから。一度倒したのならもう一度倒せるんじゃないかしら?」


 たしかに、未知の力でないだけましだが……。

 それに、この狼の力は言ってしまえばこけおどしだ。種が割れている今となっては、大した力ではない。


「知ってますよ! そんな威圧なんて、私がちょっと気合を入れればすむ話なんです! 【高揚】!」


 使いどころがまだ難しいから、最近めっきり使わなくなった【高揚】。

 今回シェリルが使用したタイミングは、きっと完璧なものだった。


「あ、あぶなかった~!」


 さすがにシェリルがわずかにでも怯むと思っていたらしく、ゴーストは結界も使用せずに無防備で攻撃を受ける。

 だけど、それさえもゴーストたちの力は無効にしてしまった。


「たしかに、一条さんが言ったとおり面倒な能力だな……」


 俺が気づかずに倒していたゴーレムの実験体。

 そいつらが持っていたであろう物理攻撃の無効化により、シェリルの攻撃はまるで効いていなかった。


「はい、ざんね~ん。もう効かないし、油断もしてやらない」


 この悪霊どもめ。

 ついには俺たちが知らない力まで使い始めたのか、両手に雷や火を纏った。

 たぶん、夢子みたいな属性魔法の力でも使っているのだろう。


「雷……ちょっと試すか」


 とりあえず気になったことがあったら、斬るか斬撃を飛ばそう。

 ということで、俺はさっそくゴーレムの腕めがけて魔法剣からの斬撃を放った。

 斬撃は今までと違って鋭い水の刃ではない。刃は圧縮されておらず、飛んでいきながらも水しぶきをあげる不格好なものだ。


「おつかれ~。結界を壊せないくせにごくろうだね」


 油断しないと言ったとおり、ゴーストたちは結界で斬撃を防いだ。

 少し斬撃の速度をずらしたため、時間差で二発目三発目と命中するも、やはり結界は健在だ。

 これじゃあだめだなと、次はゴーストの頭上をめがけて剣を振るう。


「あ~あ、見当違いの方向に飛んでるじゃない。そろそろ疲れたのかしら?」


 疲れたよ。硬くて再生して複数のスキルを使うとか、いい加減面倒なんだ。

 だから、さっさとその体だけでも使い物にならなくなってくれ。


 頭上へ飛んでいった斬撃は、当然ゴーレムにかすることすらしない。

 だから、ゴーストたちは結界を使うことさえしなかった。

 こちらを馬鹿にするように笑うゴーストたちだったが、驚いたように声を上げる。


「つめたっ! なに? 水漏れ?」


 ゴーレムの頭上に大量の水が落ちていく。

 このために、あえて水に近い不完全な魔法剣を使った。

 それを頭上に斬撃で飛ばせば、魔法剣の刃は完全な水へと変化して降り注ぐ。


「あ、あれ……動かない……」


 なんか機械っぽいから、雷魔法で感電しないかなと思ったのだけど、残念ながらゴーストたちにはダメージはなかったようだ。

 だけど、そのゴーレムの体には不具合が発生したらしく、ゴーストたちは必死に体を動かそうとするも動作しない。


「夢子!」


「はいよ! 準備はできてるわ!」


 物理は効かない。なので、ここは夢子の魔法攻撃に頼るのが得策だろう。

 さすがはというべきか、夢子はすでに魔法の準備を終えており、まだ発動していないというのに熱気と炎が広間の中で荒れ狂う。


「さっさとくたばりなさい。この寄生虫!」


 結界が見えた。だけど、依代の肉体が不調なためか、薄氷のようにあっさりと割れると、ゴーストたちは夢子の魔法に包まれる。


「な、なにをしてるの!? それだけの力を与えたのに、本当に使えないわね!」


 教皇もさすがにゴーストたちの敗北を察したのか、先程とは打って変わった様子でゴーストたちを叱咤する。

 もう遅い。ぶっちゃけ味方の俺ですら引くほどの業火に包まれたのだ。

 少なくともゴーレムの体は無事ではすまないだろう。


「夢子の姿、なんか紫杏みたいだな……」


「今じゃなくていいわよね!?」


 気がつけば夢子の頭や背には、紫杏と同じようなコウモリの翼のような器官が生えていた。

 そういえば、吸血鬼って言ってたし、これが本来の姿ってわけか。

 もしかして、このとんでもない威力の魔法は、吸血鬼の姿だから撃つことができたのかもしれない。


「ま、まだよ! そこの予備の魔獣たちの体でいいから入りなさい!」


「予備の魔獣って、どれのこと?」


 教皇のゴーストたちへの指示に大地が尋ねる。


「どれって……な、なにこれ」


 しかし、広間にいた魔獣たちはそのどれもが吐血して倒れていた。

 どう見ても生きている魔獣は存在しない。


「やることなかったからね。予備の電池倒しておいたよ」


「さすが大地!」


 ゴーレムとの戦いでそんなところにまで気が回っていなかったが、大地は大地で自分にできることをしてくれていたのか。


 これでゴーストたちが使える肉体はなくなった。

 教皇の悔しそうな顔にドヤ顔するシェリルも、すでに勝負が決したと思っているようだ。


「体……私たちの体……」


「げっ、生きてる!」


 いや、死んでるか。ゴーストだから。

 というか、無事に決まってるよな。俺たちがやったことは、依り代としての体を壊しただけ。

 本体ともいうべき数多のゴーストたちは、体がなくなっただけでいまだ健在だ。


「全部……全部、お前のせいだ!」


 ゴーストたちが一斉に襲いかかってくる。

 俺たちは身構え、紫杏は即座に結界で俺たちを守ってくれた。

 しかし、ゴーストたちはそんな俺たちに目もくれずに教皇のもとへと殺到する。


「な、なにしてるの。あんたたちの敵はあっちでしょう!」


「なにが最強の体だ!」


「そうよ! たかだか【中級】の探索者にも勝てないじゃない!」


「それでよく女神をしもべにするなんて言えたな!」


 次々とゴーストたちが教皇の体の中へと入っていく。

 大地や夢子に憑りついていたゴーストは一体だけだったらしいが、それでも意識も肉体もほとんど支配されていた。

 だけど、教皇の体に入ったゴーストは一体や二体ではすまない。


「教皇様!」


 立野は教皇を襲うゴーストに対処しようとするが、数が多すぎるせいかまるで相手になっていない。

 それどころか、苦しみ暴れる教皇の魔力が暴発したのか、至近距離で強大な魔力を浴びて大きな扉まで飛ばされた。

 頭を打ちつけたためか、そのまま気絶してしまったようで、いよいよ教皇を助けられる者はいなくなる。


「違う。こんなの違う。こんなの間違っている!」


 教皇は肉体への負荷が高すぎたせいか、そのまま倒れて動かなくなってしまった……。

 終わりだな……。あのゴーレムと違って、人間の教皇に大量のゴーストが入ってしまった。

 意識を失うほどの負荷だ。もはや、ゴーストたちでさえその体をまともに動かすことはできないだろう。


 毒殺された大量の魔獣。ゴーストたちに憑りつかれて気絶した教皇。そんな教皇とゴーストに巻き込まれて気絶した立野。

 そして、いまだに膝をついて途方に暮れている聖女。

 無事なのは、俺たちだけか……。なんだか、後味の悪い結果になってしまった。


 とりあえず、俺ができることは一条さんに連絡を取ることだけだ。

 結界を張っていたゴーレムが、同時に通信の妨害をしていたのか、いつのまにか正常に通信が行えるようになったことを確認し、俺は一条さんに事の顛末を話すことにした。

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