第86話 強くなるタイプの復活ボス

「まさか……魔獣なのか?」


「あら、本当に頭がいいのね。正解よ」


 思わずこぼした言葉に、教皇は楽しそうにそんなことを言った。

 ここまで全てを明かすということは、もう完全に俺たちも聖女も生かす気はないな。


「その子はね、それなりに成功した実験動物なの」


 やっぱりか……。

 女神の力をもった魔獣の製造。そして、聖女の力を使える存在。

 そいつに失敗作を討伐させようとしていた理由は、失敗作の特性だけでも得ようとしていたため。

 それを、外部の協力者であるシェリルが倒してしまった。


 当然、魔獣ではないシェリルにはあの狼の力は継承されていない。

 だけど、現聖教会の人間もそれは同じはずだ。

 なら、本当は誰に倒させたかった? 誰にその力を継承させたかった?


「女神アリシアの力。聖女の力。比較するのもおこがましい矮小な力だけど、ちゃんと育ててあげれば本物の聖女になれたかもしれないのにね」


 聖女は、人工女神実験で作られた魔獣の一人だ。

 それにしても、ソラ様だけでなく、アリシア様もか。

 もしかしたら、シルビア様やルピナス様のような、古竜や妖精の神まで作ろうとしているかもしれないな。


「そ、そんな……私にはちゃんと両親がいました。魔獣のせいで失ったけど、大切な両親が……」


「そういう記憶をもたせてあげたほうが、都合がいいからね」


 聖女が力なく膝から崩れ落ちる。

 そりゃあそうだろう。自分の正体が、今まで自分たちが敵として扱っていた異種族どころか、魔獣だったのだから。

 だけど……彼女は魔獣ではない。


「ゴーストたちが言っていた。魔獣と魔族の違いは、知性があるかないかだって。知性というよりは意思の疎通ができて会話ができるかってことだろうけど、その定義でいえば聖女は魔族だろうな」


「どっちでもいいわ、そんなこと。その子が魔獣だろうが、魔族だろうが、人間ではないことは確かよ」


「現聖教会がここまでの組織になったのは、聖女の力のおかげじゃないのか?」


「ええ、それには感謝してあげる。でもねえ……めんどくさいでしょ? その子。人間以外を認識できないなんて馬鹿じゃないの? そんなはずないのにねえ」


「や、やめてください……私は、両親を失って、人間を守る力を授かって……その代わりに、異種族や魔獣の存在がわからなく……」


 教皇がくだらないものを見るかのような目つきを聖女に向ける。

 それじゃあ、聖女が人間以外を認識できないっていうのは、教皇の実験のせいとかではないということか……。


「そうやって、いつまでも現実から目を背け続けるといいわ。それにね、代わりができたから、あなたはもういらないの」


 教皇が指差したのは一匹の魔獣。

 あれは……ゴーレムの一種か? 顔のないマネキンのような姿の魔獣が、なにか魔力を放出し続けている。


「そこの聖女のなりそこない以上の魔力容量と出力。それに、余計なことは考えない命令に忠実な魔獣。ね? それよりも優秀でしょう?」


「女神様に匹敵する魔獣を作るってことなら、知能がない魔獣のほうが失敗作っぽいけどな」


 アリシア様の再来を予感させた今の聖女のほうが、まだ女神様に近い存在だっただろう。

 それに比べてあれは、誰がどう見てもただの魔獣だ。

 たしかに、結界の力は聖女以上なのかもしれないけど、そんなもの女神様の力の前ではどんぐりの背比べのようなものだろう。


「口が減らないわね。まあいいわ。その知能もこうすれば解決よ」


「教皇様! そこの魔族相手は無理です!」


 先ほどまで無機質な存在にすぎなかったマネキンが、急に教皇に向かって言葉を発する。

 というか、なんかこの感じには聞き覚えがあるような……。


「そうですよ! 私たちが束になっても憑りつく隙さえない方ですよ!」


 まるで、何人もの人間が一つの体を操っているかのように、マネキンは一人で様々な声を出す。

 そうか、こいつら回収されたゴーストの変異種たちか。


「はあ……なんのために、あなたたちに失敗作の力を継承させたと思ってるの。それだけの力を継承したのなら、この前と違ってそんな連中どうにでもなるでしょう」


 読めてきたぞ。知性あるゴーストたちをすべて回収した後に、そいつらにそれぞれの変異種を討伐させた。

 そして、様々な力を得たゴーストたち全員で、一体のマネキン型の魔獣に憑りつくことで、力を一つにまとめているのか。

 やけに硬そうな結界や、それを維持し続ける魔力はそうやって作り上げたということだ。


「そ、そうだった……。ふふふ、もう強者に怯える必要もなかった! 今は私たちのほうが強いのだから!」


 うわあ……。紫杏に媚びへつらっていたときから思っていたが、随分と調子のいいやつらだな。

 まるでかわいげのないシェリルのようだ。


「さてと、話は終わりね。もうその体にも十分に馴染んだでしょ? 皆殺しにしなさい」


 やけにぺらぺらと喋ると思ったが、ゴーストたちがあの体に慣れるまでの時間稼ぎでもあったのか。

 無視して逃げればよかったか? いや、どっちにしろ結界自体は張られていたし、呆然自失の聖女を置いていくのも後味が悪い。

 それに、あの危険なゴーストがまだ健在だというのなら、今度こそここで討伐しておかないとな。


「みんな、ボス戦だ。とりあえず、あの体を壊してから、紫杏の魔力で消滅できないか試してくれ」


「了解!」


 ふってわいたような突然のボス相手だったが、そこは頼りになるパーティメンバーたち。

 すぐにゴーストゴーレム相手に戦う準備をすませてくれる。


「大体、一度お腹を見せて降伏した分際ですぐに裏切るとか、魔族の風上にも置けないんですよ!」


 よくわからない理屈で怒りだしたシェリルが爪を振り下ろす。

 きっと、獣系の彼女には大事なことだったのだろう。


「それなら、あんたは私に一度憑りつかれて負けたじゃない」


 あの時と違って、霊体ではなく仮初の体があるが、シェリルの攻撃はやはり届かなかった。

 シェリルの爪は、一瞬で発生した結界に遮られ、ゴーストの体には届いていない。

 あの結界、随分と厄介だな……。ノーモーションで一瞬で出せるくせに、たしかに聖女のものよりも強固なようだ。


「ちょうどよかったよ。僕としては、是非ともあの時のお礼はしておきたかったんだ」


 あ、そういえばそうだった。

 大地と夢子は、気がつかないうちに憑りつかれた。なのに、知らないうちに事件が解決してしまっていたんだ。

 自分たちの正体がどうとかで落ち込んでいたが、いつもどおりの大地の様子に少し安心する。

 ……この笑顔で怒ってる姿に安心するってのはどうなんだろうな。


「夢子。とりあえず、全部後回しで、今はあいつらを倒そう」


「え、ええ……わかったわ」


 大地の毒はさすがにゴーレムの体を持ったゴーストには通用しない。

 それを承知してるためか、スライムのような毒の塊を発生させてゴーストの体を抑え込んだ。

 それにあわせて発動させた夢子の魔法は、一筋の巨大な炎の光線のように、ゴーストの体を貫く。


「あ~あ、穴が空いちゃったよ。まあ、所詮は入れ物だから痛みなんかないんだけどね~」


 中に何匹ものゴーストがいるためか、口調がころころと変わる。

 だけど、そのうちの一匹さえも、今のところ倒せていないみたいだ。

 霊体っていうのがどうにも厄介だな……。


「とりあえず、斬れないかな」


「はっ!? なんだよその量!」


 魔法剣と斬撃という様子見に最適ないつものスキルを試してみる。

 飛んでいく斬撃の量にゴーストたちが驚いていたが、しっかりと結界で防がれてしまう。

 それだけじゃない。夢子の魔法で貫かれたゴーレムの体が、少しずつ修復している。


「な、なんですか。そっちこそ! 反則ですよ。そんなの!?」


「あんたたちだって、四人がかりで攻撃してるじゃない! こっちが、結界と回復で役割分担したって、文句を言われる筋合いはないわ!」


 結界に攻撃は防がれ、同時に別のゴーストが常時回復までしている。

 めんどくさっ……。いや、あれだけばかすかと魔力を消費し続けたら、いくらこいつらの魔力量が高いといえ枯渇するだろ。

 なら、このまま攻撃し続ければガス欠になるんじゃないか?


「ちょっと減ってきたから、わけてもらうよ」


 そんな気軽な様子で、ゴーストが部屋にいた大量の魔獣のうちの一匹に憑りつく。

 そのまま俺たちを攻撃するのかと思い身構えるが、魔獣が向かったのはゴーレムの体のほうだった。


「ただいま私」


「お帰り私」


 ゴーレムが躊躇なく、近づいた魔獣を殺すと、魔獣から魔力反応が消える。

 消えるというよりは、ゴーレムの体のほうへと移った。

 そして、中にいたゴーストまで回収されてしまい、戦況は振出しへと戻る。


「ああ、そういうことか。この魔獣の群れは襲ってこないと思ったけど、こいつらはゴーストたちの予備のバッテリーってことか」


「そういうこと。たしかに教皇が言うとおり知恵は回るみたいだな」


 顔もないのに、こちらを馬鹿にしたように笑う姿は不気味だ。

 魔獣の数は非常に多い。一度に襲ってこないのは幸いだが、この数だけ回復し続けるゴーストを相手にするのは骨が折れそうだな……。

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