第85話 最悪の女

 俺たちの道を塞ぐように立っていたのは聖女だ。

 こいつは、どっちだ? すべて知ったうえで教皇に協力している敵か? 教皇に利用されていただけの存在か?


「いいところにいましたね。その者たちを逃がしてはいけませんよ、美希」


 まあ、そうなるか。

 母と娘なんだし、聖女は教皇の味方に決まっている。

 結界を張られてしまったら、いよいよ逃げるのは面倒だ。


 聖女が魔法を使う前にと思ったが、なんだか様子がおかしい。

 教皇もそう思ったのか、聖女に改めて命じる。


「なにをしているのですか? 早く結界を張ってニトテキアの逃亡を防ぎなさい」


「なぜ……でしょうか?」


「あなたも知っているでしょう。生命力消失事件、その犯人がニトテキアだからです」


 ついに容疑者どころか犯人扱いかよ。

 そんなあからさまな嘘……もしかして、そこまで言わなければ聖女は教皇に協力しないからとかか?


「いいえ、話は聞こえていました。烏丸さんは事件とは無関係の人間のはず……」


 やはり聖女はこちらの妨害をするつもりはないらしい。

 なら、今のうちにここから逃げることにしよう。


「ちっ……もういいわ。やりなさい」


 教皇の部屋を出て長い通路を走り抜けると大広間に出る。

 そこを抜けて外に逃げようとしたのだが、広間の出入り口のすべてが結界で塞がれる。

 聖女が協力したのか? そう思ったが、当の聖女自身もこの状況に困惑しているようだ。


「紫杏、壊せるか!?」


「魔力の感じだと、たぶんさっきのより硬いかな? でも何発か殴ればいけそう」


 じゃあ頼むと言う前に、扉の前の結界が一つだけ消えて、そこから次々と魔獣が広間に入ってくる。

 その風貌はどれも普通ではない。単純に上位種のようなものもいれば、身体が腐りかけていたり崩壊しそうなものまでいる。


「くそっ、やっぱり魔獣の実験してたんじゃないか!?」


 報告にあったおかしな魔獣。それが大量にけしかけられたとなれば、もはや現聖教会がすべての元凶だったということだろう。

 ここから脱出してすぐに一条さんに報告しなければ。


 いや、そもそもこんな情報が外部に漏れれば、現聖教会はおしまいだろう。

 いくら俺たちを始末するためといっても、軽率すぎないか?

 事情を知っていそうな立野はともかく、聖女もこの現場を目撃しているんだぞ。

 ……もしかして、聖女すら始末する対象ってことか!?


「お、お母さま。何が起きているんですか? なぜ、立野が私に攻撃を……」


「盗み聞きなんかするあなたが悪いのよ。せっかく便利だったのに、ここでニトテキア共々処分することになるなんてね」


 俺の予想が正解であることを証明するかのように、教皇の部屋から走り逃げてくる聖女が見える。

 彼女の言葉のとおり、立野は先ほど俺が弾いた大剣を手にして聖女を攻撃しては結界に防がれている。

 つまり、何が何でも聖女も俺たちも、この場で消してしまおうということか。


「烏丸さん! お母様も立野も様子がおかしいみたいです! すぐに逃げてください!」


「そうしたいけど、どこも結界が邪魔みたいだな。それに、下手に動けばこの魔獣の群れが教皇の命令で襲ってくるんだろ?」


「ま、魔獣!? どうして、教会にそんなものが」


 聖女は広間をきょろきょろと見渡すも、魔獣を見つけることはできない。

 ああ、そうか。認識できないんだ。人間ではないから……。


「ふふ、どこを見てもわからないみたいね」


 娘の焦った様子を見て、教皇は楽しそうに笑っていた。

 この分だと、親子の愛情とかそういうものはないんだろうな。


「あんたが、この魔獣を作ったんだな」


「ええ、そのとおり」


 もはや隠す必要もないとばかりに、教皇は自慢げにうなずいた。


「魔獣を使って現世界を支配でもする気かよ……」


 まるで、異世界を支配しようとしていた魔王のような所業だ。

 現世界でそんなことを企てる者が現れるだなんて、思ってもいなかった。

 異世界の昔話じゃあるまいし、本気でそんなことを考えているのか。


「残念ながら、そのための駒は足りないのだけどね。まったく……それどころか、使える駒まで処分しなくちゃいけないなんて。本当に邪魔な存在ね、あなた」


「そりゃあどうも。大体そんな大事な駒なら、なんでわざわざダンジョンにばらまいているんだよ」


 この実験動物のような魔獣は、ダンジョンで多数発見されている。

 教会の中で飼うのならまだわかる。来る日のための戦力として保有するのは、なにもおかしいことじゃない。

 だけど、ダンジョンで発見されたということは、わざわざ現聖教会が魔獣をダンジョンに送り込んだということになる。


「大事じゃないから捨てたのよ。放っておいたら勝手に死ぬような出来損ない。一部の力しか得られずその力も大幅な劣化のまがい物。いらないでしょ? そんな不完全な生き物」


「まがい物……」


 現聖教会が怪しいのではと思うようになったきっかけの言葉。

 まがい物ということは、もしかして目標としている本物が存在するのか?

 だとしたら、一体何を目指しているんだ。


「ええ、神狼ソラの力をまったく再現できていないまがい物。いらないわ。あんなもの」


 神狼ソラ……。それは、始まりの四女神の一人である秩序の女神ソラ様が女神になる以前の呼び名だ。

 当時の情報によれば、すべての女神の中で最も強かったと言われている女神様。

 現聖教会は、そんな神を自分たちで作ろうとしていたというのか……。


「あのダイアウルフも、知性があるゴーストも、硬いらしいゴーレムも、全部あんたのしわざか」


「威圧しか能のないまがい物に、余計なおしゃべりをしかねない邪魔な連中に、結界にすら及ばない硬度のガラクタ。教会に置いておく価値はないわね」


「どうやって、魔獣をダンジョンに運んだんだ。いや、そもそもどうしてダンジョンに捨てる必要が……」


 そもそも、魔獣がダンジョンの外にいるなんて、それだけでとんでもない騒ぎになる。

 それをダンジョンまで運び、他の探索者や受付嬢さんに見られることなく、ダンジョンの中に運ぶなんて、簡単にできることではない。

 それなのに、教皇は何度も様々なダンジョンに、魔獣を廃棄したと言っている。

 そんな危険を冒してまで、なぜわざわざダンジョンの中に?


「これでも色々と顔が利くのよ。知ってるかしら? ダンジョンの管理者って、それなりに私利私欲のために平然と魔獣を利用するやつも多いの」


 樋道のように、率先して探索者を殺すようなやつは、さすがにそこら中にはいないだろう。

 だけど、魔獣をダンジョン内に持ち込んでも、自身に利益があれば黙っているようなやつらは、まだまだいるっていうのか。

 ダンジョンの管理人。本当に一度抜き打ちで審査とかしてくれないかなあ!?


「いや、それにしたって処分するのなら、ここですればいいじゃないか」


「あら、あなたたちが教えてくれたのよ? 出来損ないの魔獣でも、探索者を殺すことで強くなる可能性があるって。私はあの失敗作たちにチャンスをあげたの」


 ワームダンジョンでのできごとを知ったせいだっていうのか。

 役に立たない魔獣でも、探索者を倒して強くなれば、再び回収して戦力にしようってわけだ。

 そして、もしもダンジョンの中で死んだとしても、元々廃棄予定だったので問題ないと。

 樋道……。お前のせいで、ものすごく面倒くさいことするやつが出てきてるぞ。


「それなら、どうしてわざわざゴーストダンジョンの調査を……」


「ああ、あれね。捨てたころは、無意味な言葉を口にするだけの存在だったくせに、あそこまで知性を持つのは予想外だったわ」


 つまり、あのゴーストたちは最初からあんなやつらじゃなかったのか。

 だけど、それってつまり目論み通りに強化された魔獣ってことじゃないか。


「……まさか! 討伐したんじゃなくて、回収したってことか!?」


「なんでもやってみるものね。知性があって、生き物に憑りつける魔獣なんて、面白い進化をしてくれたわ」


 ああ、そうか。ダンジョンの外で活動できる危険な魔獣かと思ったが、元々ダンジョンで生まれた魔獣じゃなかったのか。

 魔獣はダンジョンの魔力で生み出される。いくら倒しても何度でも産み出される。

 だからこそ、ダンジョンの外に出られるような魔獣がいたら危険極まりないのだが、どうやらそこだけは大丈夫そうだ。

 実験で人工的に造られた魔獣というのであれば、きっとダンジョンと違って倒せばそれっきり、復活してダンジョンの外で誰かを襲うこともないだろう。


 待てよ……ゴーストはそれでいい。

 だけど、初めて俺たちと現聖教会がかかわることになった、あのダンジョンは?


「ウルフダンジョンでは、魔獣を回収なんかしなかった。魔獣を回収したいのなら、わざわざ現聖教会以外の探索者とパーティを組む必要なんてない」


「あら、それなりに知恵はあるのね。そのとおりよ。あれは初めから回収なんてする気はなかった。結局、威圧する力が上がって群れを率いるようになっただけ、そのくせ異常な魔獣として目立つのだから、生産者として責任もって処分してあげることにしたの」


 望む進化じゃなければ、変に目立っても邪魔なだけ。

 だから、あの狼は現聖教会の手で討伐されることになった。

 つくづく、自分勝手にもほどがある。


「それにね、ちゃんと意味があったのよ。そこの子犬が邪魔しなければね」


「は、はあ!? なに言ってんですか、おばさん! 私が討伐したから、異変が解決したんじゃないですか!?」


 子犬という自覚があったのかシェリルが、教皇へと吠えた。


「知ってるかしら? 力を持った魔獣同士を戦わせると、討伐された魔獣の力は、勝利した魔獣に継承されることがある」


 蠱毒みたいだな。まさか……そんなおぞましい実験もしていたんじゃないだろうな?

 していたんだろうな。やけに自信をもって話すからには、きっと確証があるはずだし。


「それとあの狼になんの関係が」


「できそこないだけど、威圧の力だけは回収してもよかった」


 回収と言うが、討伐する気満々だったじゃないか。

 ……力だけ回収。討伐した魔獣が継承することがある。

 いや、まさか。そんなはずは……。


 あるとんでもない考えを思いついてしまい、あまりにも馬鹿馬鹿しい考えに首を振る。

 だけど、その行動を見て口元を歪める教皇の表情に、俺はこの馬鹿馬鹿しい考えが正しいのだと思ってしまった。

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