第84話 結局、強行突破の逃避行
「木村さんはアルミラージですが、細川さんは吸血鬼なんですよね?」
「よく調べていますね」
「お二人が魔族だという確証があったので、しっかりと調査はさせてもらいました」
吸血鬼か。それにしては太陽とかまったく問題なさそうだったし、そもそも血を口にしている姿さえ見たことないな。
それとアルミラージ。角が生えたウサギだっけ?
……ウサギって小さいよな。そうか、だから大地のやつは小柄なのか。
「そうか、だから背が低かったのか……」
「第一声がそれ!?」
珍しい。大地が感情をここまで前面に出すなんて。
あ、シェリルが笑いをこらえている。そういえば、当然シェリルも二人の正体は知っていたんだろうな。
……待てよ。ニトテキアの人間俺だけじゃん。
どうしよう、魔族以外お断りのパーティとかになったら。
「それで、二人が魔族だったとして、事件と関係はあるんですか?」
大地と夢子が驚いた様子でこちらを見る。
え、なんでだ? もしかして、魔族であることを秘匿していたから、俺が二人を見捨てるとか考えていたんじゃ……。
いや、さすがに長い付き合いの友人が魔族だったからといって、それで態度を変えるのはそれこそ現聖教会の人間くらいだろ。
「何も思わないのですか? 魔族であることを隠し続けていたんですよ?」
教皇まで予想外といった表情をしているが、俺はそこまで冷たい人間だと思われていたのだろうか。
こっちは、ある日突然彼女が魔族になった経験をした人間だぞ。
「特に何も。まあ、誰にも知られたくなかったんだなとは思いますけど……」
あ、だから夢子と大地は出会ってすぐに付き合うようになったのか。
きっとそのときから、互いに魔族だとわかっていたんだろうな。
「生命力消失事件の犯行は、当然ですが生命力を吸収できる種族以外には不可能です」
吸血鬼って血と一緒に精気も吸うって話だったよな……。
つまり、現聖教会は夢子のほうを事件の犯人であると主張しているようだ。
なるほど、捕まえようとする一応の理由はあるらしい。
「それなら他の吸血鬼や、生命力を吸える種族が犯人の可能性もあるじゃないですか」
「わざわざ種族を隠すようなことをしていた細川さんこそ、最も怪しいと思いませんか?」
知らないよそんなこと。隠し事は後ろめたいことがあるからで、その後ろめたいことは生命力消失事件だとでも?
さすがに無茶苦茶だ。そんな理由で不当に拘束されるなんて、許されるはずがない。
「この事件は早急に解決すべきです。怪しい者を一時的に囚えておく、それを拒否するのはやはり犯人だからですか?」
なんだそれ、どこの魔女裁判だ。
つくづく異種族に対して不当な扱いばかりの組織だな。
シェリルもきっと同じことを思っている。その証拠に、彼女はぷるぷると怒りで震えていた。
「黙って聞いていれば、なんですかさっきから!」
あ、我慢できなくなったか。
だけどしょうがない。シェリルにとって、大地も夢子も大事な人だからな。
それも実は魔族仲間であり、こういう事態を避けるためか人間のふりをしていたのに、わざわざ根掘り葉掘りとつついて貶してくるのだから。
その怒りも無理はない。
「怪しいのは、あなたたちのほうじゃないですか! どうせ、変異種も」
紫杏がいち早くシェリルの口を押さえた。
教皇の様子は変わりないが、立野が明らかに動揺している。
これは……まさか本当に、そうなのか?
「とにかく、証拠もなしにそれに応じる必要はありません」
これが呼び出された理由だというのなら、あまりにも馬鹿馬鹿しい言いがかりだ。
話はすんだと判断し、さっさと帰ろうとすると立野が扉の前に立っていた。
「どちらにせよ、あなたたちをこのまま帰すつもりはありませんけどね……」
まずいな。呼び出された件だけなら、このまま帰ることもできたかもしれない。
だけど俺たちは、現聖教会こそが変異した魔獣にかかわっている疑いをもっていると知られてしまった。
シェリルを責める気はない。むしろよく今まで良い子に我慢していたほうだ。
少々まずいことにはなりそうだけど、シェリルの言葉への反応で疑いは確信に変わったことだし、そう悪いことでもない。
だから、まずはここから無事に帰ることだけを考えよう。
「現聖教会にそんな権限があるんですか?」
「立野、現聖教会に事件の容疑者が不法侵入しています。拘束するので、あとの処理はあなたがしなさい」
は? お前たちが呼んだんじゃないか。
そんな馬鹿げた筋書きが押し通るはずが……まさか、あるのか?
捕まえてしまえば、さっきのめちゃくちゃな理由を押し通せると?
現聖教会とは、そんなに各所に圧力でもかけられる組織だというのだろうか。
「一条さんに……無理か」
すぐに連絡をしようとするも、端末が壊れたかのように電源が入らない。
魔力で妨害でもしているっぽいな。
なら、一旦逃げるとしよう。幸いここには教皇と立野しかいない。いくら高位の探索者だろうと逃げるくらいはできるはずだ。
「みんな、逃げるぞ!」
その言葉に全員反応する。こちらの意図をすぐに察してくれて頼もしく思うが、誰も行動に移ることはなかった。
不審に思い仲間を見ると、俺以外の全員が周囲を魔力の壁で囲まれてしまっている。
この魔法は見たことがある……。
「聖女の結界か!」
「ええ、役に立つ子でしょう? さすがに遠隔からの発動はできないけれど、こうして魔道具にその力を込めることはできる」
そんな便利な道具があるのなら、なおさら魔獣を認識できない聖女を探索させていた意味がわからない。
だけど今はそんなことは後回しだ。俺しか動けない以上、俺がこの結界を壊して逃げなければ……。
「なんで、俺だけ結界に囚われていないんだ」
「残念ですが、この魔道具は人間には効かないみたいなんですよ。でもこれでわかったでしょう? あなたのお友達二人はあなたを騙していた魔族だって」
その条件だと人間を守るのに使うのは難しそうだな。
だけど、こうやって拘束のためには十分使えるってわけだ。
「斬れないかな?」
とりあえず、魔法剣と斬撃、それに太刀筋倍加という、いつものセットで攻撃を試みる。
「なっ、なんですかそれは!?」
結界には命中するのだが、すべて攻撃が弾かれる。
相変わらず大した防御力で嫌になる。というか、本人が張った結界よりも強固になってないか?
「無駄ですよ! いくら攻撃しようと、あの子の結界を増幅させたこの力。たかだか【中級】探索者一人にどうにかできるものではありません」
そのようだ。俺の攻撃を完全に防いでしまい、シェリルや夢子が中から破壊しようとするも、やはり結界は健在だ。
しかし、夢子のほう結界の中が炎で包まれてるけど、あれは中にいる夢子まで焼き尽くしたりしないのか?
「しかし、やはり邪魔ですね。あなたは。……こちらに与する気もなく、魔族だらけのパーティを組み、あまつさえ私たちのことを知りすぎている」
それ、シェリルと立野のせいだけどな。お互い隠し事ができない仲間がいるって大変だな。
「さあ、無駄な抵抗はやめて」
「紫杏!」
立野が俺を捕まえるためか近づいてきた。
教皇も立野も、もはやこちらの抵抗は無意味と判断したのか、明らかに余裕そうにしている。
つまり、絶好の機会ということだ。
「は~い」
部屋に鈍い音が鳴り響く。紫杏が内部から結界を思いきり殴った音だ。
破壊された音ではなく、結界に拳が阻まれた音。つまり、紫杏ですらこの結界は破壊できていないということだ。
それでも、あまりの衝撃音に教皇と立野が驚き、紫杏のほうへと顔を向ける。
「む、無駄ですよ。いくら攻撃をしようと」
教皇の言葉を遮るように、二度三度と紫杏は拳を撃ちこむ。
すると、結界はまるで硝子のように、粉々に破片をばらまきながら破壊された。
「みんなのも頼んだ!」
「りょうかい!」
紫杏は結界から脱出し、勢いつけて腕を振りかぶって結界を殴る。
シェリルの恐怖の声が漏れてきたが、それは彼女の顔の横を紫杏の拳が通過したからだ。
うん、紫杏ならやっぱりなんとかしてくれそうだ。
そして、腕をふりかぶることもできない状態ですら結界を破壊したのだから、自由になった今、もはや一撃で結界を粉砕している。
「た、立野! 早くこいつらを捕らえなさい!」
立野が装飾が施された巨大な剣を手にし、紫杏へと斬りかかる。
おい、ふざけんな。それは許さないぞ。
「なにしてんだお前」
魔法剣を発動し、斬撃を十二発。そのすべてを立野が持つ剣を狙って飛ばす。
立野はその衝撃に耐えきれずに、持っていた剣を落としてしまった。
そうこうしているうちに、紫杏は全員分の結界を破壊して、すでに逃げ出す準備は完了していた。
「今度こそ逃げるぞ!」
俺の言葉に、やはり仲間たちはこの場からの即時撤退を選択してくれた。
さすがに敵の本拠地でぐずぐずと戦いたくはない。
なにが起きるかわかったもんじゃないからな。
扉を開けて走りだそうとするが、扉の前に立っていた人物に驚き、思わず足を止めることになった。
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