第83話 僕は仲間外れのリーダー
「あれ、どうしたんですか? 立野さんに烏丸様」
聖女がいる。まあ教会は彼女の拠点といえる場所なんだし、いてもおかしくはない。
それよりも気になるのは、聖女が俺たちと立野が一緒にいることを不思議そうにしていることだ。
つまり、彼女はこの件についてなにも知らされていない。教皇の命令か、あるいは立野の独断ということか?
「教皇様がニトテキアの皆さんとお話したいことがあるとのことで、こうして案内しているところです」
「お母様がですか?」
「ええ、生命力消失事件について、ニトテキアの皆さんから話を聞きたいと」
「そう、ですか……ニトテキアと」
「それでは、教皇様をお待たせしていますので私たちはこれで」
不思議そうに首をかしげる聖女を置いて、立野は再び教皇のもとへと向かう。
あの様子だと、聖女は完全に今回の話にはかかわっていないみたいだな。
それにしても……。
「はぁ……」
思わずため息が漏れてしまう。
相変わらず、人間としか会話をする気がないとはずいぶんと徹底されているものだ。
「気を悪くしないでくださいね。彼女には特別な事情があるんです」
そのため息が聞こえたのか、立野からそんなことを言われる。
特別な事情? そりゃあ聖女だし、教皇の義理の娘だし、異種族の被害者ではあるのはわかるが……。
だからと言ってすべての異種族を敵視されたんじゃ、たまったものではない。
「聖女様は、人間以外の種族を認識することができないのです」
「はっ?」
立野が続けた言葉は、俺が想像もしていないような内容だった。
認識できない?
それじゃあ、意図的に無視していたとかじゃなくて、魔族である紫杏とシェリルはそもそも聖女にとって本当に存在していなかったのか。
意味がわからない。なんで、そんなことになっているんだ。
「聖女様は幼いころに魔族に襲われ、すんでのところで力に目覚めてその身を守りました。その代償か、そのときのトラウマかはわかりません。ですが、それ以来は異種族も、魔族も、魔獣も認識できていないのです」
「魔獣もって……ウルフダンジョンで探索までしてたじゃないですか」
「あなたも聖女様の膨大な魔力はその身で理解できたはず。認識できずとも、常に仲間を結界で守り続け、傷を負えば回復する。魔獣を認識できずとも、聖女様の力は非常に頼りになるのです」
そういえば、現聖教会の探索者たちの守りを抜けてきた狼がいたが、襲われる寸前だったのに何食わぬ顔でいたな。
あれは、そもそも自分が襲われる寸前だということすら理解できていなかったってことか。
そんな危険な状況にもなりうるのに探索させているのか?
「この前だって、聖女を狼が襲う寸前だったじゃないですか」
気づけば、そのことをつい立野を責めるように尋ねてしまっていた。
しかし、立野は特に表情も変えずに答える。
「あのときのことは感謝しています。ですが、仮に烏丸さんに助けていただけなかったとしても、自身に張っていた結界で攻撃を防いでいたでしょうね」
それは、予想というよりは確信しているような発言だった。
もしかして……すでに何度も同じようなことが起こっていたんじゃないか?
聖女の力を信じているといえば聞こえはいいが、そんな危険な状況なのに聖女を探索させるなんて本当に聖女は慕われているのだろうか……。
「しかし、何が役立つかわからないものですね……」
どういう意味だ? 立野は俺に向けてというより、独り言のようにそうつぶやく。
その真意を聞く前に、いつのまにか教皇が待つ部屋の前までたどり着いてしまっていたらしい。
「どうぞ、教皇様がお待ちです」
言われるままに扉を開くと、そこにはあの日と同じように穏やかな様子でこちらを出迎える教皇がいた。
だが、目的がわからない今は不気味にすら感じる。
「立野から話は聞いていますか?」
席に着くなり口を開くと、いきなり本題へと入った。
だが、変に回りくどい話し方をされるよりは、いくぶんかましなのかもしれないな。
そう気を取り直して、教皇からの質問を肯定する。
「そうですか。では、細川さん。あなたの身柄を拘束しますが、かまいませんね?」
なんだ? 北原じゃなくて細川と言ったか? 紫杏ならともかく、なぜ夢子を拘束するなんて話になっている。
わけもわからないままの俺が行動する前に、大地が夢子を守るようにしながら教皇に尋ねる。
「話を聞きたいだけじゃなかったんですか? 現聖教会といえど、そんな権限はもっていないはずですが」
大地の睨みつけるような視線も意に介さず、教皇は生命力消失事件について、おさらいするように語り出す。
「とある探索者の生命力が不自然に消失するというこの事件、すでに何人もの犠牲者が出ています。幸い、命に別状もなく、それどころか数日の休養で完全に回復することから、大きな問題とはされていませんでした」
たしかに被害者の数こそ多いが、犠牲者はすぐに回復して探索者として活動を再開した。
だからこそ、原因特定は後回しにされていた。
「しかし、ある時を境にスキルまで消失する犠牲者が現れました。そんな犠牲者が大量に現れたら大事件ですが、スキルが消失したという報告はごく少数。残念ながら生命力の消失との関係性は未だ不明です」
それも見たことがある。真偽は不明だが、将来有望な探索者のスキルが消えてしまったとか。
「そして、これらの事件の犠牲者はすべて【初級】以下の探索者です」
そう、あまり情報がないのはそれが原因の一つだ。
熟練の探索者ではなく、俺たちのような探索者になりたてで経験の少ない者ばかりが被害者だ。
要はこういう異常事態に慣れておらず、被害にあってもそこからろくに情報を得ることができない新米なんだ。
「あなたたちは……今年から探索者になったんですよね?」
「それとこの事件になにか関係があるんですか?」
「【初級】以下を狙ったのは、万が一に反撃されても倒せるような格下を狙ったということではないのですか?」
俺たちが【中級】だから、それ以下の探索者なら安全に襲えると言いたいのか?
「そもそも、夢子は人間です。誰かの生命力を消すことなんてできるわけがない」
「消したのではなく、吸ったのではないですか?」
吸ったって……それこそ紫杏じゃないのだから、夢子にはそんなことできないだろう。
「細川夢子。木村大地。あなたたちは人間のふりをしていますが、魔族なんでしょう?」
なにを急に……馬鹿馬鹿しいと二人を見れば、夢子は青ざめているし、大地は諦めたような顔をしている。
おい、その反応まるで教皇の言葉を肯定しているみたいじゃないか。
「どうして、そう思うんですか?」
大地の質問に、教皇はわずかに笑って答えた。
「自分たちが魔族であることを隠したいのであれば、うちの美希に会うべきではありませんでしたね」
ここにくるまでに立野と話した聖女の事情を思い出す。
聖女は、人間以外の種族を認識できない……。
ああ、そうか。何が役に立つかわからないという言葉は、大地と夢子の正体に気づけたためか。
「烏丸さんは気づいたようですね。あの子にとってのニトテキアは、最初からあなた一人でした。他のメンバーのことは、認識できていなかったんです」
だから、俺以外に魔法をかけなかったのか。
それに、ここにくることになったときの大地の謝罪。
あれは、シェリルがなにかしたとかじゃなくて、自分たちが魔族であったということに対してか……。
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