第82話 かごめかごめのど真ん中

 そいつらがあまりにも規格外で危険だったから、その言葉にまで気が回っていなかった。


 ダンジョンの外で活動できるという、あまりにも危険極まりない魔獣……いや、本人たちいわく魔族であるゴースト。

 あいつら、自分たちのことを実験で造られて知能を得たって言っていたじゃないか!


『烏丸さん、どうしました?』


 厚井さんの店の一室を借りて、すぐに一条さんへと連絡する。

 厚井さんと杉田はその場にいない。とは言っても厚井さんの店なんだし、この部屋の会話を聞くことはできるかもしれない。

 だけど、面倒ごとみたいだから知りたくないと席を外したので、わざわざ聞き耳たてることはないと思う。

 それでもわずかな可能性を消すためか、二人についていってくれた紫杏に感謝しながら用件を伝える。


「例のゴーストの変異種なんですけど、あいつら自分のことを実験で造られたって言ってました!」


『ちょっと待ってください……ダンジョンの外で活動できる魔獣を、知性がある魔獣を、意図的に造った者がいると?』


「そういうことになりますね……あの、例の魔獣たちって現聖教会に捕まったんですよね? その後、そいつらから何か聞き出せたりは……」


『たしかに、現聖教会が異変は解決しました。ですが……あまりにも危険だったので、捕まえることはできずに殲滅したと』


 なんということだ……。

 あの事件は現聖教会が担当したので、その後の状況は耳に入ってこなかったが、まさか魔獣たちが全滅してたなんて。

 待てよ……例のまがい物発言に、実験で造られた危険な魔獣……。


『どうやら、烏丸さんの考えが真実味を帯びてきましたね……』


「あの、俺たちは……」


 どうすればいい? なにか協力できることはないか?


『なにもしないでください。現聖教会のしわざであるにせよ、ないにせよ、今の時点では証拠がありません』


 となると、下手に俺たちが疑っていることを知られない方がいいな。

 もどかしいが、一条さんたちに調査を任せるしかないか。


『難しいかもしれませんが、出来る限り現聖教会とは関わらないよう心がけてください』


「わかりました……」


 一条さんはすぐに調査に戻るためか、そう言って通話を終えた。


    ◇


 厚井さんに面倒ごとはごめんだと追い出され、俺たちは店を後にした。

 早速俺たちの装備品の作成に取りかかってくれたらしく、素材はどうせ後で増えるだろうからと後日回収しにくるようだ。


 せっかくだから、新しい武器で魔獣と戦いでもしようかなと思いながら歩いていると、なんだかやけにじろじろと視線を感じる。

 目線を合わせようと顔を向けると、すぐに顔をそらしてこそこそと話をされるのは、あまり気分の良いものではない。


「なんか、嫌な感じだね」


「ニトテキアって言葉が聞こえてくるけど、いつもと違って良い感情を持たれてはいないっぽいな」


 パーティを発足してから、噂話をされることもあったし、遠巻きに見られることもたしかにあった。

 だけど、それは興味やら好意やらで、不快な視線というわけではない。

 だけど今の視線は、不快というか、もはや不気味だ。


「帰るか」


 武器を試すのは明日にしよう。どうせ代替品だ。

 慣れるにこしたことはないが、慣れたころに厚井さんが武器を完成させるかもしれないからな。


「帰宅されるところ悪いのですが、少しお話よろしいですか?」


「立野……さん」


 俺たちを観察するような集団たちが道を空ける。

 そうか、この統率されたような動き。こいつら、現聖教会か。


「すみませんが、もう帰るところなんです」


「そうですか。ですが、お時間は取らせません。少しだけご協力願えますか?」


 よく言う。逃がす気なんかないくせに。

 さも、こちらに決定権があるような言い方だが、立野も周囲のやつらも、俺たちをこのまま帰すつもりはないのだろう。


「急いでいるので」


 さすがに露骨に道を防ぐようなことはしていないので、立野の脇をすり抜けるように立ち去ろうとする。

 その瞬間、立野は俺たちの耳にだけ届くように、小声で言葉を発した。


「生命力消失事件に、ニトテキアの魔族が関わっている疑いがあります」


 さすがにそれを聞いて、そのまま立ち去ることはできない。

 俺は足を止めて立野の顔を見ると、満足そうにわずかに笑うその顔が、やけに不吉なものに見えてしまった。


「シェリルや紫杏がなにかしていると?」


「あまり往来の場で話すと都合が悪いのでは?」


 よく言う。周囲にいるのは全員現聖教会の関係者じゃないか。

 このままここで話そうが、こいつらはこれから話すことをすでに知っているんだろう?

 だけど、万が一本当に現聖教会に無関係の者が立ち寄って、話を聞かれるのはこちらとしても避けたい。


「どちらにせよ、教皇様と話をしていただく必要がありますからね。教会で話をしませんか?」


 さて、どうするか。ろくでもない話であることは間違いない。

 だけど、このまま話をしなかったとしたら、本気で紫杏を事件の関係者として調査される。

 それで無実だったとしても、少なくともサキュバスだということはばれてしまうだろう。

 それとも、すでにそこまで調べられていて、そのことを話すつもりなんじゃ……。


 くそっ、向こうの狙いがわからない。

 本当に話を聞きたいだけ? それとも、紫杏を容疑者として確保したい?


「あまり他の人に知らされたくないのでしょう? 仲間の正体を」


 決まりだ……。こいつらは、すでに紫杏をサキュバスだと知っている。

 でなければ、こんな風に脅すような言葉がでてくるわけがない。


「……僕たちだけが話をします」


「待ってくれ。そういうわけには……」


「そういうわけだよ。善は関係ない。これは僕たちの問題だ」


 いや、俺こそ関係者で、どちらかというと大地たちが巻き込まれた形だろう。

 さすがに、こんなかばわれかたをされて、大地たちを置いて逃げることなんてできない。


「ごめんね、迷惑かけた。あとで全部話すから、紫杏を連れて帰ってくれる?」


 いや、だから……待てよ、俺と紫杏が無関係で大地たちの問題の可能性が一つある。

 もしかして……現聖教会の狙いは、シェリルなのか?


「まあ、全員で話す必要はありませんが、ニトテキアのリーダーは烏丸さんなのでしょう?」


 そうだ。無関係なことはない。

 紫杏にせよ、シェリルにせよ、どちらが目当てなのだとしても、俺だけ逃げるってわけにはいかないはずだ。

 緊張していたのか汗をかいていた手を力強く握られる。


「大丈夫、きっと全部うまくいく」


 ……紫杏の言葉に、なんの根拠もないことは俺が一番わかっている。

 だけど、その言葉に、つないだ手に、なんとか落ち着きを取り戻すことができた。


「そう、だな……立野……さん、俺たち全員で話を聞きます」


 そうなることは予測済だったのか、立野はとくに気にすることもなく、俺たちを先導する。

 周囲の人間もぞろぞろと引き連れられるようについていっているので、やはりあの場は現聖教会の関係者に囲まれていたということだったようだ。

 そこまで準備がされていたことを少々不気味に思いつつも、俺たちは立野に連れられ再び現聖教会の本拠地へと足を踏み入れるのだった。

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