第91話 ある夜の後〝始末〟
「それじゃあ、現聖教会自体は残るんですね?」
「はい。もっとも単なる探索パーティとして、ですけどね」
現聖教会から脱出し、一条さんにすべてを説明すると、現聖教会はすぐに管理局の指示で複数の上位パーティに検挙された。
あの【極級】パーティの聖銀の杭さえも参加したというのだから、これが非常に大きな事件であったことがうかがい知れる。
関谷の死体は回収され、立野は首謀者の一人として捕まった。その他の関係者も全員取り調べを受けることとなった。
まあ、予想どおりというか……幹部たちは全員実験に関与しており、他の組織へのつながりやら圧力やらと、まともな者など誰もいなかったようだ。
逆に聖女や末端の者たちは、いいように利用されただけの者たちという、なんとも極端な結果であった。
現聖教会は危険な組織であると判断され解体されたのだが、下っ端たちは上の者たちに利用されただけの存在。
罪にとわれることはないが、定期的に管理局に行動の報告が義務付けられたらしい。
そして、元聖女の白戸美希は、魔獣ではなく魔族であると認められた。
魔族の一人として、パーティ名は現聖教会のまま、今度は現世界のすべての人々を救うために行動しているらしい。
「白戸美希さんは、薄々自分が人間どころか、異種族ともいえない魔獣だと気づいていたみたいですね。その事実から目を背け続けた結果、彼女の脳が認識を誤らせていたのでしょう」
「弱っちいんですよ! 魔獣じゃなくて魔族だと開き直ればいいのに」
鼻息荒くシェリルが怒る。
だけど、あの大地と夢子ですら、自分が魔族であることは隠そうとしていたほどにデリケートな問題だ。
魔族どころか、自身を魔獣だとわずかにでも疑ってしまったのなら、聖女だけを責めるのも酷というものだろう。
「彼女は、あなたに感謝していましたよ。シェリル。弱い自分の背を押してくれたと。それに、烏丸さんは魔獣ではなく魔族だと言ってくれたとね」
まあ、俺じゃなくてあのゴーストどもの言葉だったんだけど。
なんか、あいつらのおかげっていうのも癪だし、勝手に俺とシェリルの手柄にしてしまおう。
「今回の事件の解決は、本来なら複数の【超級】以上のパーティで行うべきものです」
「たしかに、プレートワームよりも圧倒的に強かったです……」
やはりレベルだ。レベルさえ高ければ大体は解決する。
俺たちもしっかりと毎日レベルを上げ続けるよう、一層気を引き締めて……
「だけど、お前らは見事に事件を解決した」
デュトワさんの言葉に、ほとんど紫杏のおかげだと言いかけるが、なんとか喉元で抑える。
一条さんも、デュトワさんも、頼りになるし信用できる人たちだ。
だけど、やはり徒に紫杏の正体を明かすことはしたくない。
「ふふんっ! すごいんですよ! うちのパーティは!」
「うちのパーティですか……自分一人がすごいと言わないのなら、大した成長ですね」
「そこで、ニトテキアには【上級】に上がってもらうことになった」
「上級……ですか」
ついこの前、【中級】に上がったばかりだけど、もう【上級】か。
でもなあ……。プレートワームクラスの敵なんだろ?
もっともっとレベルを上げて……
「ええっ!? 【超級】複数で解決する事件を解決したんですよ! 【超級】でいいじゃないですか!」
いや、待ってシェリル。
たしかに俺も異世界目指して進んでいるけど、もう少しだけ一歩一歩進まないとさすがに不安だ。
急に明日から、あなたたちは【超級】ですよ。なんて言われても、しばらくは【上級】ダンジョンにこもるぞ。
「それはそのとおりだな。だけど、わかってやってくれ。管理局もニトテキアは優秀な人材だと思っている。だからこそ、いきなり【超級】に昇格させたせいで、お前らを失うのは大きな痛手だと思っている」
「そ、そうですか? ふ~ん。しょうがないですねえ。もう!」
あ、機嫌が直った。
デュトワさんうまいな……いや、この人多分お世辞とか嘘は苦手っぽいし、本当のことなのかもしれない。
「しばらくは【上級】を踏破してほしいようです。そして、実力が認められ次第、すぐに【超級】に昇格なんて話にもなるでしょうね」
つまり、管理局側の判断も俺と同じということだ。
そうだな。まずは強くなって、それと上でも通用するか様子見もしたい。
なんだか、急に色々とやるべきことが増えてきたぞ。
といっても、やることはいつも同じ。ダンジョンを探索する。レベルを上げる。
さあ、明日からも大切な彼女に喰わせるため、レベルを上げるとしよう。
◇
「なにも知らない糞餓鬼ども……」
肉体を失い、地位も失い、それでも力だけはかろうじて残している。
霊体の真の恐ろしさは、物理攻撃を無効化することでも、他者に憑りつくことでもない。
逃げに徹した時の消滅の難しさにこそある。
肉体は崩壊した。だが、その肉体さえもファントムにとっては便利な依り代の一つにすぎない。
ゴーストと違いたった一人ではあるが、それで十分だった。複数の肉体に分割した霊体を憑りつかせ、同時に活動する。そうやってはるか昔から、魔獣の実験をただ一人で行ってきた。
だから、便利な肉体と組織を失おうと再興することは可能なのだ。
魔力の大部分を失ってしまったが、肝心の魔獣たちの能力はいまだ健在。
属性魔法も、物理無効化も、そしてなによりも、聖女もどきの力はすべて手中にある。
「大戦時代を生きてもいない糞餓鬼……魔王や神の真の恐ろしさも体験したことがないくせに」
自分は弱者だった。邪神が異世界を滅ぼそうとしたときも、魔王が異世界を支配しようとしたときも、奪われる側だった。
下位の種族たちのように、知性がない魔獣ならばよかった。だけど、自分にはその恐怖を十分以上に理解してしまう知性があった。
だから、その恐怖を克服するためにも、対抗するためにも……まずは魔王、次は神に匹敵する力を得る。
「そのときは、私がこの世界を支配してやる……」
「あら、だめよ。向いてないもの、あなた」
深夜のダンジョン。そんな場所には誰もいないはず。
不審な存在ではあるが、またも自分の企みを聞かれてしまった。
こいつも、始末しないといけない。面倒ごとばかりだと疲れた様子を見せるファントムは、その相手を見て驚愕した。
「ろくに準備もできていないくせに目立つようなことばかり、あなたには世界を支配するなんてできない」
「ま、まさか……魔王!!」
「し~、静かに。大声出したら、どこで誰が聞いてるかわからないでしょ?」
その女は静かになんて穏やかに言いながら、霊体であるファントムの口を無理やり押さえつけた。
ファントム以上の魔力を身に纏うことで、無理やりその体に干渉したのだ。
「せっかく、私が目立たず力を得ていたというのに、それを暴き立てようと邪魔するなんて……」
ファントムは必死に抵抗する。
そんなつもりはなかった。表の顔である人類のための活動として、邪魔なパーティを陥れるため、適当に選んだ事件だった。
それが、魔王の邪魔をしていたなどと知るよしもなかった。
「もう、しぼりカスみたいなものだけど……全部吸い取ってあげるわ」
こっちの霊体はもうだめか。くだらない事故で力の大部分を失うことになってしまった。
だけど、他にいくらでも分割した霊体を憑りつかせた体は残っている。
ファントムは、すでに諦めて消滅することを受け入れ、次の依代に意識を移動させようとした。
「そうそう……霊体を分割しているみたいだけど無駄よ。根っこはつながってるから、ちゃんと全部消えるまで吸ってあげる」
言葉の意味を理解して、ファントムは狼狽した。
はったりじゃない。各地に置いていた依り代と意識を共有しようとしても、中の霊体が消滅しているためアクセスできない。
まずい。まずいまずいまずいまずい……。
保険の肉体が次々と失われていく。もはや、この体にいる自分しか残っていない。
「たすけ……」
こうしてファントムは今度こそ消滅した。
もしも彼女に肉体があれば、恐怖に歪み干からびた状態の死体で発見されていたことだろう。
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