第79話 こどものつかいではないネゴシエーション

「……なぜ、そう思うのですか?」


「前にあそこの教皇様に会ったときに、変異種の狼のことをまがい物って言ってました」


 俺の言葉に、大地と夢子はそういえばとつぶやく。

 シェリルは……覚えてなさそうだな。そして、紫杏は覚える気がなかったというか、そもそも話を聞いていたかも怪しい。


「ふむ……報告を聞いた限りでは、ニトテキアが討伐した変異種はまがい物というよりは、新種の魔獣のように思えたのだがな」


「偽物ですか。それに、各地での不完全な魔獣たち……」


「なんか、実験の失敗作みたいな魔獣ですよね」


 この前とまったく同じことを言う。

 しかし、今回はこの前よりもずっと本気での発言だ。

 確証はないけど、不信感はこの前よりもはるかに大きくなっている。


「……確証がない以上は、下手なことはできませんね。デュトワ、一度現聖教会に焦点を絞って調査しましょう」


「そうだな。いい加減、死にぞこないの魔獣もどきを倒しても手詰まりだ。それに、弱いものいじめをしているようで気分が悪い」


 さすがに、俺の発言を聞いただけでは、現聖教会に直接問いただすなんてことはしないらしい。

 一条さんとデュトワさんは、一度ダンジョンの調査を切り上げて別の視点からの調査を行うことにした。


「烏丸さん、ありがとうございます。またなにかお聞きすることがあるかもしれません。よかったら、連絡先を教えてもらえますか?」


「ええ、いいですけど。これ以上は、特に俺たちも知っていることはないと思いますよ?」


 一条さんと連絡先を交換することになったが、氷鰐探索隊の依頼内容を俺たちが知ってしまっていいんだろうか?

 身内が三人もいるから、多少優遇してくれているのかもしれないな。


「ああ、しまった」


 二人と別れてしばらくして、ふとそんな言葉が口をつく。


「あの二人に効率のいいダンジョンとか、おすすめの武器でも聞けばよかった」


 せっかくできた【超級】パーティの知り合いなのだから、活用するべきだったな。

 一応連絡はできるけど、さすがに調査の邪魔をしてまで聞くのは気が引ける。


「今度私たちが聞いておいてあげるわよ」


「でも、剣は残念ながら専門外だよ? あの二人は杖と槍を使うから」


 となると、やっぱり剣はアキサメあたりで聞くことにしよう。

 とりあえず、今日は別のダンジョンを開拓していくのがいいかもしれないな。


    ◇


「いや、悪いがここ以上の効率となるとわからないな」


「私たちにとって一番効率がいい場所だから、このダンジョンに入り浸ってるからね」


「というか、岩切場ですらもう物足りなくなってるのね……」


「そうですか。すみません、変なこと聞いて」


 とりあえず情報をということで、ゴーレムダンジョンの先輩たちに尋ねてみるも、残念ながら良い情報は手に入らなかった。

 だけど、先輩たちの言うことももっともだな。

 より効率のいいダンジョンを知っているのなら、このダンジョンではなくそっちの常連になるよな。


 となると、他のダンジョンでの情報収集もあまり意味はなさそうだな。

 やっぱり一条さんたちに聞くか、あるいは掲示板にある膨大な情報から正しく有用な情報を見つけ出すかってことになる。

 どちらにせよ、今日なんとかするってのは難しそうだし、今日はみんなと別れてアキサメに行ってみるか。


 そう思い外に出ようとすると、常連の先輩たちとは違い初めて見る探索者が話しかけてきた。

 ……探索者だよな? それとも、ダンジョンの関係者の親族とかか?


「なあ、お前らニトテキアだろ? ちょっといいか」


「えっと、君は?」


 目線を下げて対応すると、向こうは複雑そうな表情をする。

 しかし、気を取り直したらしく話を続けた。


「俺は鍛冶師の杉田すぎたってもんだ。ニトテキアと交渉したい」


 探索者じゃなくて鍛冶師だったようだ。それにしても、やっぱり気になる点がある。

 ……まだ、子供じゃないか? もしかして、鍛冶師見習いが師匠のお使いとしてきたとか?

 いや、交渉って言ってたしそれなら師匠自らがくるはずか。


「…………一応言っておく。俺はお前らと同じくらいの年齢だぞ」


 子供じゃなかった。なるほど、シェリルパターンか。

 たしかに、受け答えはしっかりしてるし、見た目はどう見ても幼い少年だが、れっきとした職人のようだ。


「ふふんっ! そんなこと言って、騙されませ」


「シェリル、ちょっと紫杏と遊んでようか」


 俺もだんだんわかってきた。

 シェリルは、多分この人のことを子供扱いしようとしていた。

 なので言葉をさえぎって紫杏に任せることにする。

 尻尾を振って紫杏に近づいたシェリルは、ニコニコしていた紫杏のハグによって大人しくなった。


「お、おい。あの獣人大丈夫なのか?」


「まあ、加減はしてるはずだから」


 ぐったりしてしまったシェリルを抱えた紫杏を見て、杉田は顔を青ざめさせて聞いてくる。

 しかたないんだ。きっとあのまま話させていたら、また余計なトラブルを起こしていた。

 だから、お仕置きはしっかりしないといけないんだ。


「ところで交渉って?」


「あ、ああ……お前ら、ワームを乱獲してたよな? それで、ここ最近はゴーレムを乱獲している」


「そうだけど……まずかった?」


 俺たちがワームやゴーレムを乱獲したせいで、鍛冶の素材が枯渇したとかか?

 特にあのゴーレムたちは、倒したらやたらと岩とか金属っぽいものドロップしたからな。


 魔獣の素材は、残念ながら装備やアイテムほど高く売れなかった。

 かさばるので売りに行くのも面倒くさい。

 そして、あまり大量に売ると供給過多のため、安値で買い取ることになると言われてしまった。


 そうなると、余計に売りに行く労力と対価が見合わずに、結局部屋を占拠するほど素材がかさばってしまっている。


「売ってくれ」


「売るって……アキサメでも、安値になってしまうって言われるほどの量があるんだけど」


「そこまでか……悪いが、うちにはアキサメ以上の財力なんてない」


 だろうな。あったらびっくりする。

 アキサメ以上の財力なんて、【極級】の探索者とかじゃないと無理なんじゃないか?


「だから、報酬は現物でっていうのはどうだ?」


「現物って、武器とか防具?」


 もしも、これで俺たちの装備品を一新できるっていうのなら、持て余した素材も消費できるし、俺たちも強化できる。

 いいことづくめの提案だっただろう。でもなあ……。


「俺たちと同い年って言ってたよな?」


「ああ、ユニークスキルを授かったのが三年前だ。お前らは今年だろ?」


 じゃあ年上だけど、それでもまだまだ若い。

 心配しているのは杉田の鍛冶の腕前だ。

 素材を渡すのはかまわない。それで装備をもらえるのなら渡りに船だ。

 しかし、もらえる装備品がアキサメで買った安物のほうが上とかならば、俺たちにメリットはないということだ。


「その様子じゃ、俺の腕が心配なんだろ?」


「まあ、はっきりと言ってしまうと」


「安心しろ。報酬は俺じゃなくて俺の師匠が作ると言ってくれている」


 やっぱりいたのか師匠。

 それならその師匠とやらに会ってみたいところだな。


「ちょうどよかったね。善の武器を買おうって話だったし」


 大人しくなったシェリルを抱えて紫杏が隣に立つ。

 杉田は紫杏を恐れてか、シェリルを不憫に思ってか、わずかにたじろいだ。


「わ、わたしもさんせいでしゅ……」


 若干呼吸が苦しそうにだがシェリルが賛同してくれる。

 恐ろしい胸だ。万が一紫杏を怒らせたら、俺もあの胸に呼吸を止められるんだろうか。

 機嫌を損ねないように今晩拝んでおこう。


 大地と夢子も賛同してくれたはいいが、夢子の興味は杉田よりも紫杏とシェリルのほうにありそうだな。

 あの方法は自分には無理だとつぶやき自身の胸を見つめる夢子を、大地はなんともいえない表情で見つめているのだった。

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