第76話 所かまわず吠える我が家の犬
「【太刀筋倍加Lv4】だと九本か」
「なんかそのまま二桁いきそうね」
その予想はおそらく合っている。
これまでの経験から、たぶん次で打ち止めとなりレベル5が完成だろうからな。
今のままでも十分強いけど、次は大台の十倍以上だし、このまま一気にスキルレベルを上げきりたくなる。
「はっ! 善が私を求めている気がする! 一旦帰って午後に集合する!?」
「僕たちはそれでもいいけど……」
「精気吸われた後に元気にレベル上げできるのかしら?」
勝手に話を進めるのやめよう? 名前だけかもしれないけど一応君らのパーティのリーダーなんだぞ。
たちの悪い仲間たちの発言のせいで、シェリルが顔を真っ赤にしてるじゃないか。
「ところで、もう治ったのか?」
「あの程度のかすり傷なら、わりとすぐみたいだね」
最後のゴーレムを倒す直前に、ゴーレムの攻撃で飛び散った石片が大地にかすって血が出てしまった。
すぐに回復しようと思ったのだが、昨日習得した【自然回復】を試したいと断られてしまったのだ。
どうやら、一定時間ごとに傷がわずかに回復していくらしく、シェリルの【再生】の下位互換のようなスキルだったらしい。
地味な効果量ではあるが、生存確率はわずかにでも上がるスキルだと思う。
そう考えると、ステータス向上に、魔力回復に、傷の治療と、探索者という職業が学校で勧められるのもわかる気がする。
「それじゃあ、きりがいいし戻るか」
残念ながらシェリルも大地も夢子も、レベルが40を超えてからは目に見えて次のレベルアップが遅くなった。
このダンジョンでも一応レベル上げを続けることはできるだろうが、これ以上効率よく稼ぐのは無理そうだ。
そろそろ、本格的に【上級】を目指してみる時期なのかもしれないな。
◇
「おや、お久しぶりです。烏丸様」
「げっ……」
色んな意味で会いたくない人物と出くわしてしまい、つい嫌な顔をしてしまう。
しかし、向こうはそれを気にすることもなく、相変わらず人間である俺には友好的なようだ。
「現聖教会って、事件の調査をしているんじゃなかったのか? なんで、聖女がここに……」
「探索チームと調査チームは担当が別ですので、私たちは今はダンジョンでレベルを上げるのが仕事です」
つまり、戦力が必要になるまでは暇を持て余しているってわけだ。
それにしても、改めて厄介だな。探索と調査を別の人材で分担するほどには、所属している者が多いってことか……。
それだけの組織が本格的に生命力消失事件を調査しているとなると、犯人とは無関係だったとしても紫杏のことまで調べられかねない。
どうせなら、俺たちの知らないうちに、さっさと真犯人が見つかってしまえばいいのに。
あの知性あるゴーストの件が即座に解決したように……。
「あの狼といい、ゴーストといい、生命力消失事件の犯人といい、とことん異種族が嫌いなんだな」
「? 私は異種族から人間を守るために生きてきましたから、危険な異種族から人々を守り、時には排除することも必要なんです」
「排除するのは、現聖教会の仕事じゃないと思うんだけど?」
「ええ、もちろん管理局に委ねていますし、管理局からの依頼があれば、私たちは喜んで動きます」
その喜びは人間を守る喜びなのか、異種族を倒せる喜びなのか、どっちなんだろうな。
まるで、それが当然だというように断言するが、彼女も立野のように過去に異種族の被害にでも逢っているんだろうか。
「現聖教会って、異種族の被害者で構成されているんだっけ?」
「そうですね……私も本物の両親を魔族に殺され、教皇様に拾っていただきました」
やっぱり、この聖女も被害者の一人か。
しかし、あの教皇とは本物の親子かと思っていたが、血のつながりはなかったらしい。
「じゃあ、現聖教会に拾われて結界魔法を覚えたってとこか」
「……いいえ。この力は両親を殺した魔族から身を守るために発現したものです……」
「悪い」
さすがに悪いことを聞いてしまったと、素直に謝罪の言葉が出てきた。
てっきり、現聖教会がギリギリのところで聖女を救出したのかと思ったが、どうやらこの聖女自分で窮地を脱したらしい。
たしかに、ユニークスキルが自然に目覚めるということはある。
きっと、この聖女は命の危機に力に目覚めたってことだろう。
「私の力は、人間を守るために授かったものです。昔はお母さまは危険だからと、私が戦線に立つことを許してくれませんでしたが、最近ようやく許していただけました。ですから、これからは私たちが人間を守ります」
困ったことに、その意志はあまりにも固いようだ。
聖女だけではない、きっと現聖教会のメンバーのほとんどが同じことだろう。
全員が全員、異種族への恨みを抱いている。
だからこそ、俺たちはどこまでいっても、この組織とは仲良くやっていくことなど不可能なんだろうな。
さて、そろそろ帰らないと紫杏とシェリルが暇そうにしている。
しかし、苦手なはずなのになぜか会話までしてしまったな。
人間が相手だとまともなのだから、ほんの少しだけ惜しいなと思ってしまう。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「あら、せっかくですし、またご一緒にダンジョンで探索しませんか?」
「けっこうです」
会話はともかく、共に魔獣と戦闘なんてできる限りしないほうがいい。
それは前回でよくわかったので、俺ははっきりと断ってから立ち去ろうとした。
しかし、その前に新たな探索者たちが入ってくると、きょろきょろと周囲を見回す。
「あれ……デュトワさんに一条さん」
「む、ちょうどよかった。ニトテキア、話を聞きたいのだが時間はあるか?」
どうやら、俺たちに用事があるようだ。
心当たりがないがなんの用だろう。シェリルがなんかしたか?
「おや、一条様。お久しぶりです」
「現聖教会もいたのですか。お久しぶりです。白戸さん」
聖女はやっぱり一条さんにしか挨拶をしなかった。
俺はデュトワさんに視線を向けてしまうと、それに気づいたデュトワさんは特に気にした様子もなく、俺に話しかける。
「面白いくらいの徹底ぶりだろ。俺はあの聖女と会話をしたことはない」
「嫌ではないんですか?」
「あ~……興味がない。うむ、別に嫌がらせをされるわけでも、攻撃されるわけでもないからな」
俺や紫杏に近い考えを持っているようで、なんだか勝手に親近感がわく。
向こうもどうやら、俺たちのスタンスは理解できているようで、わずかに笑っていた。
「そういえば、お前たちも同じような思想だったな。犬の嬢ちゃんが自慢げに……うっとうしく……うざったく、話してたぞ」
どんどん、表現が変わっていき、最終的にはうんざりした様子で言われてしまった。
うん、その光景が目に浮かぶ。シェリルめ、また煽ったな。
この子、大地と夢子と一条さんのような、昔からの親しい人には出会ったときのままの、若干煽り気質な喋り方だもんなあ……。
一条さんと同じパーティであるデュトワさんとも、その喋り方をしてしまうような長い付き合いってことなんだろう。
「なんか、うちのシェリルがすみません……」
「いや、かまわない。慣れている」
よかった、いい人で。そう思っていると、俺の横にとてとてと話題の少女が歩いてくる。
ぼけっとしていたシェリルだったが、俺とデュトワさんの会話に気づいたらしく割って入ってきたようだ。
「なにを先生を謝らせてるんですか! このデカブツ!」
「お前のせいだからな!?」
なんで、開口一番が悪口になるんだよ!?
いや、甘えるのが下手なシェリルなりの甘え方だったんだろうけど……。
一条さんも、デュトワさんも、不器用なシェリルを許容する度量があるが、大地と夢子もこの子の相手をするうちに大人びていったのかもしれないな……。
だが、うちの紫杏はそのへんのしつけはちゃんとしている。
力づくでシェリルに頭を下げさせて謝罪をさせる姿を、デュトワさんはやけに驚いて見つめていた。
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