第75話 彼女は彼の扱いを一番理解している
「しかしなあ……こうも異常な魔獣が多いと、なんか人為的なものを感じるな」
デュトワさんの言葉で思いつくのは、ワームダンジョンの樋道だ。
人為的というと、元々のダンジョンの魔獣に探索者を食わせて変異させたってことか?
「大丈夫ですよ。おそらく、烏丸さんが考えているようなことではありませんから」
「俺、そんなにわかりやすい顔してました?」
「すみませんが、嫌そうな顔をしていたもので。樋道の件はあなた方に散々迷惑をかけてしまいましたからね……ですが、あのときは本来の難度以上の個体が出現していました。樋道のダンジョン以外では、新種の個体しか発見されていないので、恐らく別物でしょう」
たしかに、中には上位個体どころか、逆に弱くなっているような魔獣までいるみたいだしな。
なんというか、その魔獣の話を聞いて最初に頭をよぎったのは……。
「なんか、実験の失敗作みたいな魔獣ですよね」
「……なるほど、言われてみれば。不完全な魔獣という表現が散見されています。中には赤いゴーレムや、知性あるゴーストのような、通常種よりも脅威といえる魔獣もいますが」
とりあえず、考えてもしかたがないので、その日はそれで探索を終えることにした。
◇
「【太刀筋倍加Lv3】。よし、これでひと段落」
一振りで七連撃の斬撃がゴーレムをバラバラにしたのを見て、俺は満足した。
「シェリルのほうも、【戦闘狂】の効果はまだ残ってるか?」
「はいっ! なんとなくの効果時間はわかるので、急に効果が切れてピンチとかはないはずです!」
「調子に乗って忘れなければだけどね」
「はんっ! 調子に乗ってヘマする人狼じゃないんすよ。私は!」
翌日になり俺のレベル上げと、シェリルのスキルの検証を岩切場で行った。
シェリルのほうは、相変わらず攻撃スキルだったようで、魔獣を倒すたびに一定時間攻撃力が上がるというものだった。
倒せば倒すほど強くなっていくが、敵を一定時間倒さずにいると強化はリセットされる。
本来ならウルフダンジョンみたいに、耐久は低いが敵の数が多いダンジョンで有用なスキルだろう。
だけど、適度にシェリルのとどめ用のゴーレムを転がしておくことで、ゴーレムダンジョンでも十分は結果を残すことに成功する。
というか、すでに高まった攻撃力のおかげで、シェリルは【両断】もなしにゴーレムを一人で倒せるようになっていた。
「じゃあ次は大地と夢子な」
「お手柔らかにね」
「これって実践経験積めてるのかしら」
そういや、どうなんだろう。
大地はともかく夢子は自力で倒してもらうべきか。
でも一応とどめを刺せばレベル上がるんだよなあ。
「まあとりあえず倒してから考えよう」
「はいはい」
「絶対後で考えないわよね……」
考えてもどうせわからないしな。
ダンジョンやレベルの仕組みなんて、黎明期の人に話でも聞かない限りはわからないだろ。
ということで、二人には迫りくるゴーレムの群れを倒し続けてもらった。
特に想定外のことも起こらず、非常に順調にレベル上げができている。
あのワーム以上に安定しているのは、やはりゴーレムが鈍重なおかげだろう。
「これから先も動きが遅い魔獣でレベル上げするべきだろうな」
「まあ私より速い魔獣なんて、そうそういないんですけどね」
手持ち無沙汰だったのか、気がつけば紫杏に頭をなでられていたシェリルが得意げに鼻を鳴らす。
だから、軽く頬をつまんでおいた。
「むぅ~~……」
痛がってはいないが、俺に追従して紫杏にも同じことをされたため、シェリルは嫌がって……。
いや、なんか尻尾は嬉しそうに動いてるな。
この子そういう趣味? なんだか、心配になってくる。
ダンジョン内だというのに、なんだか危機感がない状態で過ごしてしまう。
こりゃあ後で大地から怒られそうだな。
ゴーレムたちを倒し続ける二人の背を見ながら、俺はどう言い訳したものかと考えるのだった。
◇
「いや、さすがにそれだけ強くなってるなら気を抜く気持ちはわかるし、そこでは怒ってないよ」
「そうか、それならよかった」
「だけど、延々とレベル上げ作業をしている後ろでいちゃつかれるのは、怒ってるよ」
そっちだったかあ……。
なるほど、そこには気が回らなかった。
「俺がレベル上げてるときは、大地が夢子とそうしてもいいぞ?」
「嫌だよ。僕たちには恥という概念があるんだよ」
それじゃあ、まるで俺たちが恥知らずのようじゃないか。
……そうかもしれないし、下手な追求はしないでおこう。
「それで、新しいスキルはなんだったんだ?」
「……露骨に話題を変えたね。まあいいけど、ほら」
大地のカードを見ると、たしかに新たなスキルが二つ増えていた。
「おぉ……どうしよう。やっぱり俺も探索者に戻るべきなのか?」
新たなスキルは、【自然回復】。
そして新たと言っていいのかわからないが、もう一つは、【環境適応力:岩場】。
これで、ある程度の推測をすることができるな。
たぶん探索者は、レベル5のとき以外スキル習得のたびに、【環境適応力】とそれとは別のスキルを習得する。
そして、おそらくはスキルを習得したダンジョンに有効な【環境適応力】を習得していく。
ワームのときもゴーレムのときも、そのダンジョンに効果があるスキルだったので、これもほぼ間違いないだろう。
なら、俺が様々なダンジョンでレベル5になったらどうか。
そこに適応したスキルを習得する? それが理想的だけど、きっとこれは無理だろうな。
俺はすでにレベル5で【環境適応力:ダンジョン】を習得してしまっている。
ならば、いくらレベル5になったところで、ダンジョン以外には適応できないのだろう。
大地と夢子はそれぞれ、レベル5と15と40で職業スキルを習得している。
だけど、例えばそのすべてが【初級】ダンジョンでの出来事だった場合、二人は【環境適応力:ダンジョン】を三回習得しただろうか?
そして、【環境適応力:ダンジョンLv3】になったかというと、きっと違う。
もし、そんなことが起こるのなら、掲示板に多少なりともその情報が載っているはずだ。
初めてスキルレベルが上がったとき、散々似たような事例を探しても見つからなかったことから、やはりスキルレベルは一般的には上がらないのだろう。
じゃあ、二人が同じダンジョンでレベルを上げ続けていた場合、習得するはずの環境適応力をみすみす捨てることになる?
それとも、別のダンジョンでレベルが上がりでもすれば、そこに適応できるスキルとして習得可能なのか。
……念のため、同じ地形でのレベル上げは避けるべきかもな。
あとは、俺も【中級】用の環境適応力を覚えられるだろうという点だが……。
これは保留かな。今後どうしてもきついダンジョンの攻略が必要になったとき用に、環境適応力の枠を残しておこう。
……ところで。
「なんで前から抱きついてるんだ」
その豊満な双丘以外なにも見えないんだが。
「ほら、目をふさげば落ち着くかなと思って」
犬か俺は。つまり考え込んでいた俺を引き戻すために、紫杏は俺の顔に胸を押しつけてきたらしい。
……それって、逆効果じゃないか?
興奮した犬なら大人しくなるかもしれないが、視界が奪われる分より思考に没頭しやすいぞ。
「落ち着いたから、離してくれない?」
「いや、ダンジョンを出るまではそのままでいてくれない? なんか、色々と考えてたみたいだから、今からレベル上げは勘弁してほしいし」
「そう言われちゃしかたないな~。パーティメンバーのお願いだし、リーダーは私が責任もって運ぶね」
いや、せめてもう一つの職業スキルの効果だけでも……。
おのれ紫杏。抗いがたい柔らかさで誘惑してきやがって…………もういいや。明日にしよう。
「はい堕ちた~!」
「……僕が頼んだことではあるけど、さすがはサキュバスだね。少しだけ善に同情するよ」
その日の帰り道の出来事を俺は思い出せなかった。
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