第72話 ブートキャンプ・インフェルノ
「惜しいな……」
心からそう思う。せめてこいつがボスでさえなければと。
順調だったが、それ故に余計に残念だ。
「な、なにがでしょうか?」
俺は、核となるであろう一風変わった岩が真っ二つになったゴーレムを見て、やはり残念だと思うのだった。
「だって、足と腕さえ斬ってしまえば俺たちのうち誰でも倒せるんだぞ? しかも経験値もかなり高い」
あの後すべての足を失ったゴーレムは移動ができなくなった。
そして、こちらに危害を加えようとする腕はすべて斬り落とした。
そうなれば、もはや無抵抗の岩を倒す作業でしかない。
懸念していた再生とかないから、もうただの経験値の塊というわけだ。
「ボスを周回できれば、レベル上げもかなり効率よかったのになあ……」
「大地。先生がおかしなこと言っています」
「そっとしておいてあげな」
ボスの討伐権利はまだ未討伐の者が優先される。
だから、俺たちが受付を介してからダンジョンに挑んだ時点で、その日の探索者たちのうちボス討伐済の者は倒すことは違反となっている。
未討伐のパーティが複数の場合は、早い者勝ちとなるが、幸いボス部屋付近に初挑戦の探索者はいなかった。
だけど、この優遇はあくまでもさっきまでの話だ。
これからは、俺たちも初挑戦の者に権利を譲る側の立場になったわけだ。
次に俺達がボスを倒す許可がされるのは、ダンジョンの立ち入り時間の終了間際かつ、初挑戦の探索者がいないとき。
しかも、他のボス狙いの探索者たちと話し合いやら勝負やらで権利を勝ち取ってからということになる。
とてもでないが、いちいちそんなことしていたらレベル上げ効率なんて最低なことになる。
ああ……お前は、なぜボスなんだ。
レベル36と刻まれたカードを見ながら、俺はしばらく落ち込むことになった。
こんなに経験値くれるのに、もう倒せないなんて……。
「せんせ~い! 帰りますよ! せんせ~い!?」
◇
「お帰りなさい。ご無事で何よりです」
「はい……あ、ボス倒したので確認お願いします」
「さ、さすがですね……。これが、破竹の勢いで躍進中のパーティの実力ですか」
受付さんの手続きも終わり、ついに正式にボス討伐パーティになってしまった。
「そのわりには、うかない顔してるな」
「あ、どうも」
ゴーレムダンジョンの常連である先輩探索者の人が話しかけてくる。
ウルフダンジョンもだが、ここも駆け出しの俺たちを本心から心配してくれる良い人ばかりだった。
それだけに、初手でワームを選んだ俺の選択は、あまりにもひといものだったと実感する。
「ボスは倒して、見たところ全員怪我一つなし。十分すぎる成果に見えるけど、ドロップが狙いの物じゃなかったの?」
「いえ、ドロップは……センチピードゴーレムの核ですね」
あいつ本当にムカデゴーレムって名前だった。
そりゃあシェリルも気持ち悪がるわけだ。
そしてドロップは、なんだか大きくて魔力がそれなりに感じられる核となる岩。
俺たちに使い道はないけど、アキサメかドワーフあたりにはそれなりの価格で買い取ってもらえる。
「ドロップもちゃんとしてますね。もしかして、疲れましたか? だとしたら呼び止めてすみません」
こうした気遣いまでしてもらうと、しょうもない理由で落ち込んでるのが申し訳なくなる。
「いえ、倒しやすいボスだったから、あいつがボスじゃなければいいのにと思っていただけです」
「いや、あんなのが大量に無尽蔵に現れてたまるか」
「……なるほど、私たちには理解できませんね。これが上にいくパーティの思考というものですか」
「僕たちは一緒にしないでくださいね。これはリーダーの病気ですから」
なぜか誰も理解してくれなかった。
おかしいな。この人たちもボスを倒したがっていたじゃないか。
つまり、あのボスがおいしいと思っているはずだろ?
「でも、先輩方もボスを狩りたいんですよね?」
「そりゃあ、慣れてるし儲けもでるからな。だけど、嫌だよ。あれを何匹も相手にし続けるとか」
「しっかりと準備したうえで、敵が一体でこちらはすべての魔力を使い切る想定で挑んでるからね」
「斬ればよくないですか?」
「ああそうか……お前も剣士脳タイプの探索者だったのか……」
先輩探索者はどこか遠い目をしてそうつぶやいた。
なんか、レベル上げをしているときのシェリルたちのような目だな。
「でも、それだけ自信があるなら、岩切場に行ってみたら?」
「岩切場?」
聞いたことのない場所にオウム返しで尋ねると、女性は休憩所内の地図を指さし教えてくれた。
「ほら、ここの広場。ボス部屋に行くだけなら立ち寄る必要はないけど、大量のゴーレムが出現するから、ゴーレム倒し放題よ」
「おお!」
穴場じゃないか。すぐに行こう。
「でも、亜種のゴーレムも出るから、気をつけなさいよ? 確実にボスよりも危険な場所だから」
なるほど、複数出現するうえに通常のゴーレム以外までとなると、たしかにボスよりも厄介そうだな。
……それでも遠距離から適当に削ればいけるんじゃないか?
「よし、みんな」
「しょうがない……戻ろうかダンジョンに」
諦めたように大地がそう言った。
みんな単純作業ってあまり好きじゃないのかもしれないな。どうにもみんなが暗い顔というか、あまり乗り気ではない。
機嫌がいいのは、ダンジョンの外だからと好き放題、俺に抱きつく紫杏のみだ。
う~む、みんなが楽しく倒せるような、おいしい経験値を探すべきかもしれないなあ。
それはそうと、そこで嫌そうにしていないでダンジョンに戻るぞ。
「行っちゃったわね……。疲れないのかしらあの子たち」
「あの体力も、上の探索者たちには必要なんだろうなあ……。やっぱ、俺は【中級】で気ままに稼ぐ生き方でいいわ」
◇
「こうやって、手足を斬るだろ?」
慣れた。
魔法剣と剣術と太刀筋倍加のおかげで、ゴーレムは無抵抗でダルマになる。
そして、とどめだけがちょっと硬かったのだが、これにも慣れた。というか、発見した。
「それで、こうやって中心を斬る」
このとき、真っ二つにしすぎないのがコツだ。
すると、ほら出てきた。中心から核らしき他よりもなめらかで綺麗な岩が。
「それで、この核にレベル1まで落とした斬撃を当てて傷をつける」
そんな綺麗な岩を台無しにするような傷がつく。
それでも、まだ十分なダメージを与えていないため、ゴーレムはガタガタと抗議するように体を揺らす。
「この傷に毒を入れたら、大地でも倒せるんじゃないか?」
「よくもまあ、そんな作業感覚で怖いこと言うね」
「なにこれ、魔獣料理でも作るの……?」
失礼なことを。お前の彼氏の効率的なレベル上げの提案じゃないか。
まあ、料理するという意味ではあながち間違いでもないんだけど。
「あ、死んだ……」
そして予想どおりだ。
核の中に直接毒魔法を侵入させれば、いくら頑丈で耐性の高いゴーレムといえど毒は効くらしい。
よかった。これでゴーレムたち相手にレベル上げをするときに、大地だけとどめをさせないなんてことはなくなった。
「レベルに差ができると大変なのは、俺が一番理解できるからな。これで大地もレベルを上げられるぞ」
「本当に、親切心だから怖いよね」
検証も終えて、会話もそれなりに俺たちは岩切場へと到着した。
そこはたしかにゴーレムが密集している、狩場には最適ともいえる場所のようだ。
「それじゃあ、無理せず無理の限界までがんばろう」
「お~」
返事をしてくれたのは紫杏だけだ。でも、紫杏は特にがんばることないんだよなあ。
返事はないけどちゃんと行動するパーティメンバーを見て、俺もゴーレム狩りへと取りかかるのだった。
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