第71話 分析する岡目八目
「魔法の通りはいいみたいね~」
遠距離から絶えず炎でゴーレムを燃やしながら、夢子はそう言った。
ゴーレムの体はボロボロと崩れていき、徐々に大きな岩の塊が体から失われていく。
俺たちの近くに来たときには、すでにゴーレムはあまりにも小さくなっていた。
「あ、倒したみたい」
そのゴーレムだったものが力尽きると、黒い煙をあげて消えていった。
苦も無く倒してのけたな。やっぱり魔法が使える者だと、ゴーレムは大した脅威でもないみたいだ。
魔法が効きやすいということで、一応大地も試してみたけど、事前に想定したとおりゴーレムは毒状態にはならなかった。
「僕はサポートに徹するよ」
早々に判断をして、大地は毒状態にするのではなく、毒の霧を煙幕のようにして、ゴーレムを撹乱することにしたらしい。
こうなるともうゴーレムにできることはない。
視界が悪いため、元々のろいゴーレムの歩みはさらに遅れ、その隙に夢子に片っ端から焼き殺される。
「鬼です。鬼が二匹います」
震え上がるシェリルの頬を二人仲良くつねるが、悪いけど俺も少しだけシェリルに同意してしまった。
◇
「別の個体はさらに硬いのか」
足元に散らばる岩の塊を見下ろす。
「さらに硬くても余裕そうだね」
たしかにまだまだ余裕はある。
それは俺だけでなく、シェリルも夢子も同様だ。
夢子は相性がいいので、相変わらず距離を詰められる前に焼くことができているし、シェリルも完全に捨て身で攻撃に集中することで、なんとかゴーレムを撃破している。
俺は俺で魔法剣の斬れ味のおかげで苦も無く戦えているし、これは完全に稼げるダンジョンだ。
「体がでかいからか、複数と戦うことにもならないし、ボスまで余裕そうだな」
このダンジョン、ゴーレムのような大岩だらけなんだけど、それがあいつらの有利になるかといえばそうでもない。
擬態して襲うなんて知恵は連中にはないし、岩が邪魔で一体ずつしか襲ってこない。
むしろ、あいつらに不利なダンジョンとなっているのが、なんとも悲しいところだ。
「大地も稼げそうなら、しばらくこもるんだけどなぁ」
俺の言葉に夢子の顔がひきつる。
「なら、大地に感謝したほうがよさそうね」
なんでだ。そんな無茶なレベル上げをするつもりはないぞ。
シェリル、なんで大地と夢子の方に逃げるんだ。
なんだか警戒されてしまっているな……。
とはいえ、こいつらがワームより倒しやすいのはたしかだし、後で俺だけでもレベル上げしようかな。
そんなことを考えつつ、もはや片手間でゴーレムを退治しながらボスの下へと辿り着く。
「さっきまでと同じでいいよな?」
「一応いつでも帰還できる準備だけはしておいたほうがいいね」
「あとは、念のため何かあったら【板金鎧】。紫杏は結界術を頼む」
ボスだしな。これまでの傾向からすると、よくわからないボスだけの能力があってもおかしくない。
紫杏はすんなりと了承してくれたが、シェリルだけは少し残念そうだった。
「ピンチの時のためにとっておくとすると、私の最強コンボは使えませんね……」
まあそこは諦めてもらおう。
攻撃のために【板金鎧】を使うのは、あくまでも敵の手の内がわかっているときだけに留めたい。
再使用待ちの間に、予想外のとんでもない攻撃なんかされてら、目も当てられないからな。
「敵の行動がわかったら、また攻撃のときにも使えるかもな。とりあえず序盤は我慢してくれ」
「わかりました。待てができる人狼シェリルです!」
それ、狼じゃなくて犬では……?
いいのかな。本人がいいなら気にしないでいいか。
◇
「それじゃあ、シェリルは回避専念! 俺は近距離で四肢を切断す……る……」
扉の前で共有した立ち回りを、部屋に入ると同時に改めて叫ぶ。叫ぼうとした。
だけど、その途中で思わず言葉に詰まってしまう。
ゴーレムも上位種のゴーレムも、巨大な胴体にこれまた巨大な両手足を小さな丸い岩で接続していた。
だから、手足を接続する役割であるその小さな岩さえ斬ってしまえば、敵の機動力か攻撃方法を奪えたのだ。
今回も、同じ要領で正面から打ち倒そうとしたのだが……。
「先生! なんかキモいです! 虫を思い出します!」
「なんで、多脚なんだよ!」
多いのだ。その足が……。
あれじゃあ、簡単には機動力を削ぐことなんてできないだろう。
おのれゴーレム。そりゃあ人型である決まりはないけど、今までそんなそぶり見せなかったじゃないか。
これだから、ボス特有の雑魚との違いは嫌なんだ。
「作戦は変わらない! 俺とシェリルが前衛で足止め! 大地と紫杏がサポート! 夢子は時間かけてもいいから、確実に削ってくれ!」
「了解!」
なんとか作戦を伝えることはできたが、敵はすぐ目の前まで迫っている。
ああ、くそっ! 足が多いからその分動きも早いのか。
とことん弱点を克服しているじゃないか、このムカデゴーレム。
「出し惜しみはなしだな!」
すぐに魔法剣を発動する。俺の魔力が尽きようともかまわない。
倒せれば上出来、倒せずとも削れたら、あとはみんながなんとかしてくれる。
ボス特有の変な力は嫌いだけど、後先考えずに戦えるっていうのは助かるな。
「ひぃぃ~! 動くと余計にキモいです! 匂いがわかりにくいから、ワームのときみたいに目も閉じられないし、もう!!」
カサカサと動き回るゴーレムはたしかに気持ち悪かった。
それに、狙いもつけにくい……ということはないな。
結局的がでかいうえに増えたから、適当に剣を振るえばどこかしらの足を斬れそうだ。
「なにこれ? 気持ち悪さ特化?」
俺たちの周りをグルグル高速で動くゴーレムだったが、離れたら斬撃で足を斬れるし、近ければ回避しながら足を斬れる。
……よし、なにも問題ない。斬れるなら殺せる!
「今のところは攻撃パターンは雑魚と変わらないぞ。シェリルもしばらく様子見しつつ、余裕をもって避けられそうなら、反撃に転じてくれ」
「りょ、了解です~……回避するってことは、このキモキモゴーレムを観察しなくちゃ……キモイ~」
シェリルは、なんかよくわからないボスの術中にはまってる気がする。
やはり、気持ち悪さ特化なのかもしれない。
でも、俺にはこの程度の気持ち悪さは通用しないから、思う存分魔法剣を使うとしよう。
あ、また足が斬れた。
なんか、これだけ簡単に斬れるのなら再生とかするかもしれないな。
一応、そうなったことも考えながら行動しよう。
「……紫杏。君の彼氏がどんどん人間離れした動きになってるよ」
「かっこいいよね~。さっすがは私の善!」
「シェリルは、まだわかるのよ。あの子人狼だし速さが最大の武器だから。だけど、善っていつのまにあんなに剣を使った戦闘がうまくなったの……?」
「ああ、そうか。目に見えない力だから忘れがちだけど、【剣術:中級Lv5】だったよね。【上級】の一歩手前、達人のような剣術ってことか」
「そういえば……ワームもダイアウルフも苦も無く倒してたわね。スキルレベルの力って、やっぱりとんでもないんじゃない?」
よし、また足が斬れた。地味に助かるのが【太刀筋倍加】だな。
なんか三回攻撃みたいになってるおかげで、キモゴーレムの足も簡単に斬ってくれる。
たまに、腕と足で攻撃してくるけど、さすがに今さらゴーレムの攻撃が当たるようなことはない。
シェリルほどではないけど、俺だってこのくらいならできるからな。
……あれ? なんか、大地たちだべってない?
たしかに、かなり優勢だけど一応最低限の注意はしていてほしいんだが……。
いや、してるな。目線はずっとゴーレムから離れずに観察を続けている。
実に頼もしい二人組だ。そして、応援するように手を振る紫杏がかわいい。
頼りになる仲間たちもいることだし、俺もせいぜいがんばるとしよう。
気合を入れ直して敵を見ると、すでにゴーレムの足は数本まで減っていた。
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