第70話 さながら豆腐かプリンのように

「すごいね……ゴーレムって、あんな簡単に斬れるもんじゃないでしょ?」


「ああ、シェリルの攻撃を見る限りでは、この魔法がなければ俺も有効打がなかったと思う」


 今もなお青い色で染まった刀身は、たしかに精霊の魔力のようなものが感じられた。


「えっと……ありがとうな。ミズキでいいんだっけ?」


「マダ、アナタガ名前ヲ呼ブニハ早イデスワ。ソノ名前ハ私ノ大事ナ人ガツケタモノデスノ。安売リハシテマセンワ」


 その言葉に、紫杏が少し反応していたので、俺は急いで紫杏の手を握っておく。

 名前を大事にしているのか。そういえば、四大精霊って救世の男神様が名前をつけたんだったっけ。

 そんな名前ならば、認めた人にしか名前を許さないというのも納得できる。


「トニカク! アナタガ不甲斐ナイト、元素魔法ノ品位ガ損ナワレテシマイマスワ! 私ガ少シ力ヲ貸シテアゲマスカラ、アンナヘッポコ魔法ハヤメルンデスノヨ?」


 水の精霊は、そう言ってから俺に手をかざす。すると、精霊の魔力が俺の周囲へと広がった。

 紫杏が警戒しているが動きはしないのは、彼女のこの行動が攻撃ではないからだろう。

 そして、この剣と同じように、魔力が徐々に俺の中へと入っていくと、頭の中に魔法剣のための魔術の組み方が浮かんでくる。

 なんだか、習得したスキルの使用方法が理解できたときと似ているな……。


「善?」

 

 まさかと思い、俺はカードを取り出してステータスを確認する。

 すると、一つだけ見覚えのないスキルが増えていた。


「【魔法剣:水】。これって、精霊がくれたってことか?」


「アナタハ私ヲ信仰シテイナイカラ、加護マデハアゲマセンワ。ソレヲ使ッテ、モウ少シ不格好ジャナイ魔法トイウモノヲ学ンデクダサイマシ」


 いや、十分だ。だって、これってさっきの魔法剣を使えるってことだろ?

 さすがに威力や持続時間とかは、精霊のときよりも落ちるかもしれないし、魔力を消費することになるだろうけど、十分すぎるスキルだ。

 しかし、信仰か……。神様たちも信仰を力にしているって話だったけど、精霊もそうなのかな?

 まあ、これだけ強力な力を持っている精霊だし、異世界では信仰している人たちがいてもおかしくないか。


「イイデスノ? 現世界デ初メテノ元素魔法ノ使イ手ナノダカラ、シッカリスルンデスワヨ?」


「あ、はい……」


 そう言って、水の精霊は溶けるように消えてしまった。

 あれ、現世界で初めて? 四属性を使える探索者って、たしか他にもわりといたはずだぞ。

 確認しようにも精霊はもういない。少し気になるが、今はこの新たなスキルを習得できたことを喜ぶべきか。


 ……しかし、スキルってユニークスキルと職業スキル以外を習得することがあるのか。

 精霊なら、それくらいできても不思議ではないけど、わりとすごいことなんじゃないか? これって。


    ◇


「じゃあ改めて、ゴーレムの相手をしてみようか」


 精霊も去り、次こそは俺たちだけで戦うことになる。

 本来なら、夢子を主体に攻撃してもらい、俺も多少なりとも魔法が上達すればと思ったが、慣れない魔法を無理に伸ばす必要はない。


「あっちから一匹だけ近づいてきてるみたい」


 俺たちは紫杏が指さした方を見つめて待つ。

 ……遅いな。ワームといい、ダイアウルフといい、今までの魔獣たちはそれなりの速さだった。

 でも、ゴーレムはとことん鈍重らしく、こちらにくるまでにかなりよ時間を要するようだ。

 いっそ、こっちから倒しに行くのも考えたほうがいいのかもな。


「あ、見えてきましたよ!」


 前方からのろのろと歩いてくる岩の塊。攻撃速度はまだそれなりのものだが、重たい体は移動に向いていないらしい。

 ……あれ、遠距離から攻撃したら、接敵する前に倒せるんじゃないか?


「よし、試してみるか」


 精霊に教わった魔法剣を発動する。

 やっぱり精霊のそれと比較すると、完成度は低いし、魔力の消耗もそれなりのものだ。

 だけど、ゴーストに飛ばした水魔法よりは、威力も効率もはるかに上回っている。


「まだ遠くにいるけど、近づいて戦う?」


 俺が戦う準備をしたためか、大地が確認する。

 よくないな。先走って行動して、仲間に方針を共有できていない。

 どうにも、俺は新たなスキルを得て、想像以上に舞い上がっているらしい。


「ちょっと、斬撃だけ試させてくれ。無理そうなら、さっきみたいに直接斬ってみる」


「そういうことね。それじゃあ、魔法は準備だけしておくわ」


「悪いなっ……!」


 フォローに回ってくれる夢子に礼を言いながら、魔法剣を発動したまま斬撃を飛ばす。

 いつもと違って真空の刃のようなものではなく、もっとしっかりとした存在感の刃が飛んでいった。

 高圧で噴射したウォーターカッターみたいな感じだろうか?


「おぉ……すごい威力みたいだな」


 三本の水の刃は、ゴーレムめがけてまっすぐ飛んでいき、三度足を斬りつけると、ゴーレムが体勢を崩す。

 というか、片足がなくなっているので、遠距離からでもゴーレムの一部を切断できたのだろう。

 斬撃はここまでの威力なんてなかったのに、ゴーレムをあっさりと斬れるとは、いいじゃないか魔法剣。


「ここから倒せそうだな」


 もう一振りすると、足を引きずっていたゴーレムは両足を失い動けなくなる。

 さらに一振り、二振りで両腕がなくなる。

 こうなると、ただの岩の塊にすぎない。


「よし、終わった」


 最後に体の中心に向かって剣を振るうと、ゴーレムの大部分が切断されて中から黒い煙が出てくる。

 魔獣を構成している魔力が外に出ているということなので、じきにあのゴーレムも消滅するだろう。


「やばい。ゴーレム今までで一番おいしい気がする」


「善だけだと思うよ。それ」


 たしかに、俺だからというか、魔法剣様様だろうな。

 これがなければ、俺もろくに攻撃を通すこともできずに、前衛で囮になりつつ夢子の魔法頼りになっていたと思う。


「とりあえず、俺の方は満足したし。次はシェリルか夢子だな」


「ええっと……私はその、人狼ですけど、ああいう硬いのはちょっと……」


 自信がなさそうな発言をするシェリルだが、一つどうにかなるかもしれない心当たりがあった。


「【両断】使ってみても無理か?」


「うぇぇ……あのスキルはいい思い出がないです」


 まあ、わからなくもない。

 なんせ今のところボス狼に手痛い反撃を受けただけだからな。

 だけど、あれは使うタイミングが悪かっただけで、結局どれほどの強さなのかはわからずじまいだ。


「【両断】って、威力は高いけどシェリルの耐久力が下がるんだろ?」


「そうですね。あやうく調子に乗った犬っころとして、墓碑銘に刻まれるところでした」


「【板金鎧】と併用してみたら?」


 シェリルの目がぱちくりと瞬く。

 そしてすぐにげんなりとした表情は、やる気で満ち溢れた表情へと変わっていった。


「さ、最強じゃないですか!」


「最強かはわからないけど、うまくいったら強そうだな」


 シェリルはすぐに尻尾を振りながら、紫杏に次のゴーレムの位置を聞いている。

 なんか餌をねだる犬みたいだな。

 紫杏も苦笑しながらシェリルの相手をしていた。


    ◇


「【両断】!」


 さすがに一度で斬り裂くのは無理だけど、シェリルの攻撃は目に見えて通用するようになっていた。

 爪は硬い体で弾かれることもなく、岩同士の継ぎ目はボロボロに削れている。

 

 元々すばしっこいシェリルだ。回避を無視して攻撃のみに集中すれば、【板金鎧】の効果時間内に何度も攻撃を食らわせることもできる。

 だから、ゴーレムの体が崩れ落ちるのも仕方がないことだった。


「できました! 最強のスキルですよ、これ!」


 ゴーレムの攻撃を何度受けても無傷で反撃を連発する。

 その反撃の一発ずつが物理耐性があるゴーレムをも削り切る威力。

 うん、恐ろしい組み合わせかもしれない。


 俺は喜ぶシェリルを見て満足すると同時に、これでシェリルが調子に乗らなければいいなと思うのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 この作品が面白かったと思っていただけましたら、フォローと★★★評価をいただけますと励みになりますので、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る