第69話 穿つどころではなくみじん切り

 いつのまにか、なんだかとても際どい格好をした少女が近くにいた。

 見た目だけならば紫杏にすら匹敵するほどの美少女だが、どう見ても人間ではない。

 というのも、彼女の全身はまるでスライムみたいに、透き通った青色なのだ。


「えっと……どちら様?」


 喋ったというか、こちらに話しかけてきたってことは、恐らく魔獣ではないのだろう。

 いや、昨日喋る魔獣には遭遇したばかりだけど、さすがにあんなレアケースが二日連続とか……ないよな?


「私ハミズキ。水ノ精霊デスワ」


「はあっ!?」


 その名前はよく知っている。子供ですら知っている。

 黎明の七女神や終戦の英雄のような現世界でも有名な異世界の存在、四大精霊のうちの一人じゃないか。


「え、本物……?」


「ソンナコトハドウデモイイデスワ。ソレヨリ、アナタノソノヘッポコナ魔法。見ルニ堪エマセンワ」


 うっ……。そりゃあ魔法は練習中なんだからしょうがないだろう。

 というか、熟練の魔術師だって精霊なんかと比べられたら敵うべくもない。

 魔法のスペシャリストである精霊から見れば、俺たち人間の魔法なんて児戯にも等しいはずだ。


「……善。殴っておく?」


「アラ、言ッテオキマスケド、私ハ強イデスワヨ?」


 止めようとする前に、精霊が紫杏を挑発する。

 それが引き金になったようで、紫杏は拳を精霊に叩きつけた。

 おかしい。いつもなら、いくら怒ったとしても俺の返事も待たずにこんなことしないのに。


 ……もしかして、余裕がないというか、それほど強いってことなのか? この精霊。

 そんな俺の考えが正解であることを証明するように、紫杏の拳は激しい水しぶきを発生させるだけだった。


「水の障壁? それも、紫杏の攻撃を防ぐほどなんて……善、その精霊とんでもない魔力量よ」


 本職である夢子にはよくわかるようで、感心したような声をあげる。

 紫杏が何度か拳を叩きつけるも、そのたびに大きな水しぶきをあげて水の障壁が精霊を守っていた。

 すごいな。さすがは四大精霊のうちの一人だ。

 紫杏の攻撃を防ぐほどの魔法の障壁。きっと膨大な魔力だけでなく、魔法そのものの技術も卓越しているからこそだろう。


「紫杏、ありがとう。俺は別に気にしてないから平気だよ」


「……あいつ嫌い。なぐさめて」


 自分の攻撃を受け止められたことが気に入らなかったのか、珍しい甘え方をしてきた。

 抱きついてくる紫杏の頭をなでると、少しずつ険が取れていったかのように、紫杏の機嫌は直っていく。

 そこに、シェリルの叫び声が聞こえた。


「そ、それも大切でしょうけど、それよりもゴーレムが見えます! 魔法は、大丈夫なんでしょうか!?」


「僕のほうは相変わらず効かなそうだね……おかしいな。本来物理職に不利で、魔法職に有利なダンジョンのはずなのに」


「はいはい。私が大地の分までしっかりと戦うから、紫杏じゃあるまいしすねないの」


 大地は大地で思うところがあったのか、珍しくそんな愚痴を夢子になぐさめられてた。

 ゴーレムはなにもしてないのに、すでにうちのパーティの二人が落ち込んでる。


「囮しますか!? あんな鈍重そうな相手なら、人狼的には囮もできそうですけど!?」


「うん、悪かった。切羽詰まってる様子は伝わったから、シェリルも一度落ち着いてくれ」


「え~と、囮になったシェリルごと攻撃すればいいかしら? 【板金鎧】使えば、シェリルは無事だし」


 ゴーレムはすでに俺たちでも確認できる位置まで近づいている。

 大きな岩の塊に、これまた岩でできた手足がついている魔獣。

 見た目どおり動きはずいぶんと遅く、一歩また一歩とゆっくり近づく様子が、余計にこちらにプレッシャーをかけてくる。


「マッタク……慌タダシイぱーてぃデスコト」


 水の精霊が呆れたように俺たちを見るが、原因の一つはお前だからなと言ってやりたい。

 しかし、ため息を一つつくと、彼女は俺を見つめて提案した。


「シカタアリマセンワ。同ジ元素魔法ヲ使ウノニ、ヘッポコダト困リマスカラ、今回ダケ助ケテアゲマスワ」


「助けるって、あのゴーレムを倒してくれるってことか?」


 ありがたい申し出だけど、俺たちも魔獣との戦闘の経験を積みにきている。

 なので、精霊だけに任せっきりでは意味がないのだ。

 それを許すのならば、最初から紫杏にすべてを任せてダンジョンなどとうに制覇している。


「いや、自分たちで倒すよ」


「早トチリシテマセンコト? 私ハ助ケルダケ、戦ウノハアナタデスワ。アナタ、本当ハ剣ノホウガ得意ナノデショウ?」


 そりゃあ、これまでずっと剣で戦ってきたし、剣術スキルもあるので、俺は剣での戦闘のほうが楽だ。

 だけど、ゴーレムに剣で挑むのは無謀だと、ゴーレムダンジョンに関する書き込みで散々注意されていた。


「魔法ニハ、コウイウ使イ方モアリマスノ」


 精霊が俺の剣に触れると、彼女の手のひらから放たれた水流が剣を纏う。

 水はしばらく剣の周囲を流れ続けると、徐々に刀身に吸い込まれるようにして消えていった。


「剣の色が青く……」


 きっと、消えたのではない。

 剣の内部に取り込まれていったのだ。きっと、この剣に彼女の魔法が込められたということだ。


「タシカニ、ごーれむニハ物理攻撃ハ効キニクイデスワ。デモ、魔法剣ナラ話ハ別デショウ?」


 魔法剣。そんな発想はなかった。

 魔法を使うのだから、俺も夢子や大地みたいに遠距離から敵を倒すスタイルを目指すべきなのかと……。

 だけど、こうしてみると、もはやこれ以外にはないといえるほど、自分に合う魔法の使い方な気がしてくる。


「ありがとう、精霊。ちょっと試してくる!」


「それじゃあ、私は魔法の発動準備だけはしておくわね」


「試スマデモナク余裕デスワ。ナンセ、私ノ魔法ナンデスモノ」


 夢子は俺たちの様子を見てそう判断してくれた。やはりこういうときの判断の速さは助かる。

 シェリルは、すでに落ち着きを取り戻しているようで、ゴーレムを相手に攻撃を避けては反撃を繰り返している。

 残念ながら、事前情報どおり彼女の爪はゴーレムには届いていないが、彼女もまた十分に役割をこなしてくれているわけだ。

 つまり、そろそろ俺も活躍しないと仲間に申し訳が立たない。


「悪かったシェリル。お前一人に任せて、俺も混ぜてくれ」


「先生! こいつ、動きは遅いからいくらでも避けられますけど、爪が弾かれます! びぃ~んってなります!」


 うん、硬そうだもんな。指先が痺れるだけで、爪が折れないだけでも大したものだ。

 俺も普通に剣を振り回しているだけだと、下手したら剣を折ることになっていたかもしれない。


 ゴーレムは俺という新たな敵に気づいたらしく、たしかに見るからに大振りの攻撃で狙ってきた。

 シェリルの言うとおり、避けるだけなら下手したらゴブリンの攻撃よりも容易い。

 だけど、当たったら絶対にとんでもないダメージを負うだろうと想像できるため、そのプレッシャーはわりと馬鹿にできない。


「シェリルはやっぱりすごいな!」


 巨大な岩の腕をかいくぐり、思わず漏れたそんな感想にシェリルの尻尾が揺れる。

 さて、避けたからには反撃のチャンスだが、大丈夫だよな? 全力でやって折れないよな?

 わりと不安ではあるが、最悪折れたら夢子に任せようと思いながら、俺は全力でゴーレムの腕に剣を振るった。


「うわっ!!」


 バランスを崩して転びそうになるも、なんとか体勢は崩さずにすむ。

 ゴーレムが俺の攻撃を弾いたからではない。

 逆に、あまりにもすんなりと腕を切断できたため、前のめりに倒れそうになったのだ。


「す、すごいです! さすがは先生! こんな岩ていど、先生の前では豆腐と同じなんですね!」


 俺というか、絶対この魔法が込められた剣のおかげだよな?

 でも、たしかに豆腐みたいっていうのはそのとおりだ。

 ほぼ無抵抗で切断できるなんて、今まではスライムくらいだったぞ。

 それを、こんなに硬そうなゴーレム相手にできるというのなら、俺が今後習得すべきはこの魔法だ。


「やっちゃってください先生!」


 なんか、三下みたいなセリフでシェリルに応援された。

 その期待に応えるように、俺はゴーレムの手足を次々と切断していく。

 最後に身動きが取れなくなったゴーレムの胴体に剣を振るうと、三つの太刀筋によってゴーレムはバラバラになって消えていった。


「魔法剣。すげえ……」

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