第67話 幽幽自適な生活とはならず

「やっぱり魔法以外は無理みたいだな。毒も……効かないような気がするし、夢子に頼ることになりそうか」


「ええ、任せてちょうだい」


 だけど、それだけではためにならない。

 俺も魔術師に転職したことだし、このダンジョンで魔法を使った戦い方を少しでも身につけたいな。


「紫杏。次のゴースト見つけたら早めに居場所教えてくれるか? 俺も魔法を試してみたい」


「はいは~い。ちょうど向こうから来てるから、がんばってね」


 紫杏が抱きついてきた。いつもより力が強いし、抱きつくだけでなく、すりすりと匂いをつけるようにだ。

 珍しいな。ダンジョンどころか外ではここまでしないのに……。


 まったく太刀打ちできなかったためか、大人しくなってしまったシェリルを後ろに下がらせる。

 そして、慣れない魔法を使うために準備してみるが、習得時にお試しに使ったときとは違う。

 ある程度の威力を伴うようにと考えると、これがまたなかなか難しいものだ。


「なあ、夢子。攻撃魔法のコツとかないか?」


「そうねえ。あんた慣れてないことだし、魔力は多めに練っておかないと威力がでないわよ?」


 なるほど、たしかに同じ魔力を使うにしても、俺と大地や夢子とでは効率が違うだろう。

 ならば、俺はある程度無駄に消費するにしても魔力は多く込めないとな。


「さっきの感じだと、ゴーストを倒すのなら……そうねえ、あんたの魔力を全部込めるくらいは必要かも」だよ。


「げっ……そんなにかよ。それなら、俺も探索者のレベル上げて魔力が回復できるようにするべきだったかなあ……」


 魔法の専門職とはさすがに差があるとはいえ、そこまでとなると悲しいものだ。

 少し迷う。こうして魔術に手を出そうとしているが、器用貧乏になってしまわないだろうか。

 いや、なにごとも試してみてからだな。せっかく覚えたスキル。使わずに死蔵するのももったいない。


「私のだよ」


 誰かなにか言ったか?

 声がした方を見るも正体はわからない。ならば先に向かってきているゴーストの相手だ。

 元素魔法。四精霊の属性を操ることができる珍しい魔法。

 だけど、今の俺では四属性を使いこなすのは無理だろう。

 ならば、一番相性がいいこの属性をまずは使い続けるべきだ。


 魔力を水に変換するようにイメージすると、指向性のなかったただの魔力は徐々に形を成していく。

 俺の魔力が水へと変化していき、水は円錐の形を作っていく。


「よしっ、できた! 行け!」


 それを見とどけてから、あとはまっすぐ飛んでいくように命じてやると、不格好ながらも完成した水の槍はゴーストを貫こうと飛んでいった。

 ゴーストは物理的なものをすり抜けるが、動きはわりと遅い。

 そのため、俺の初心者丸出しの水魔法でも簡単に命中させることができた。


「おっ、倒せたっぽい」


 ゴーストは甲高い悲鳴を上げると真っ黒な煙をあげながら消滅した。

 あれ、さっきと違う……?


「善、大丈夫!?」


 体が急に重くなり、駆け寄った紫杏が支えてくれた。

 しまった。魔力を消費しすぎたせいで、一気に疲労が押し寄せてきた。

 やっぱり、俺じゃゴーストを一匹程度が関の山というわけだ。

 う~む、鍛えればもう少しなんとかなるかな? 威力自体は問題なかったわけだしな。


「じゃあ、帰ろう?」


「いや、俺のことは気にしないで、夢子主体で行けるところまで行ってみないか?」


「善は私のだよ?」


 いや、知ってるが?

 なんで今になって急にそんな主張をするんだ。


    ◇


 先に進む。なんだかみんな黙ってしまった。

 シェリルだけでなく、実は大地や夢子も幽霊が苦手なんだろうか?

 紫杏もさすがに戦闘中は邪魔にならないために自重しているが、今みたいな移動中は俺にずっと抱きついている。

 あれ、紫杏って幽霊が苦手だったっけ? いや、案外俺に抱きつく口実を得たから、そうしてるだけかもしれない。


 しかし、あれ以来ゴーストに遭遇しないな。

 何度か紫杏に確認したけど、俺たちに向かってくるゴーストはいないらしい。

 ……まさか、あの二匹で恐れをなしたなんてことはないよな?


「善は私のだよ?」


 ……どう考えてもおかしい。

 なんとなくその原因もわかってきたので、考えを整理しようとする。

 したのだが、その前に一緒に歩いていた大地たちが土下座した。


「すみませんでした! もう帰ってください!」


 ええ……。

 これはさすがに予想外だ。


    ◇


「つまり、魔獣じゃなくて魔族だと?」


「は、はい……ちゃんと知能があるので、分類的にはそうなります」


 大地の姿をしたゴーストは、俺と紫杏に土下座しながら情けない声でそう言った。

 紫杏は今も俺に思いきり抱きついているが、その目は冷たく大地もどきを睨んでいる。


「私たちは、実験で造られて知能を得た魔獣なんです」


「やっぱ魔獣じゃん」


 どっちなんだ結局。

 思わず話を遮ると、夢子もどきが慌てて俺の言葉を訂正しようとする。


「ま、魔獣かどうかは知能の有無で決まるはずです! なので、魔獣として造られましたけど、私たちは結果的には魔族ということに……」


 この辺はなんか異世界でのデリケートな種族の問題になりそうだし、あまり魔獣魔獣と言うのもよくなさそうだな。


「それで、その魔族がなんでダンジョンに?」


「私たちゴースト種は、体がないのでここで探索者の方々の肉体をもらおうと……しまして」


 めちゃくちゃやばいやつらじゃないか、こいつら!

 思わず戦闘態勢に入ろうとした俺は悪くないと思う。


「す、すみません! あなたたちの仲間の肉体は返します! だから、そのとんでもない魔力で威圧してこないでください! 体がない魔力体なので、それやられたら消えちゃうんです!」


「善は私のだよ? それに、大地も夢子もシェリルもみんな私の仲間なの」


「わ、わかってます! もう十分わかりました!」


 あ、そういうこと?

 紫杏が繰り返し、俺の所有権を主張し続けていたけど、もしかしていち早く事態に気づいて俺を守ってくれてたのか?

 だから、やけに体を擦り付けて俺が自分の餌だと主張していたのか……。


「つまり、このダンジョンの探索者に憑りついて体を奪っていたと」


「はいぃ……」


 うなだれて白状するゴーストだが、見た目がシェリルなのでわりといつものシェリルっぽく見える。


「でも、紫杏は当然として、俺も紫杏が守ってたから憑りつけなかったと」


「そうです……」


 なんて危険なダンジョンなんだ。

 というか、そういうのはもっと掲示板に情報を乗せて……いや、実験で造られた魔獣だったよな。

 じゃあ、こいつらももしかして、正規のダンジョンの魔獣ではなく、あのボス狼みたいな変異種ってことか?


「それで、紫杏に脅され続けて、もう帰ってくれと訴えていたってわけだ」


「そのとおりです。許してください……」


 今思えば、シェリルが途中から大人しくなってたのは、こいつらに憑りつかれたせいだな。

 夢子が俺に魔力を全部使えと言ったのは、弱らせて憑りつくためかもしれない。

 いや、待てよ。そもそも、ゴーストダンジョンに行こうと、珍しく主張してきたのは大地と夢子だ。

 もしかして……こいつら、ダンジョンの外にも存在している?


「なあ、お前らダンジョン以外でも活動できるのか?」


「え!? あ、はい。できます……」


 たぶん嘘をつこうとした。

 だけど、紫杏の冷たいまなざしに怯えたように、ゴーストたちはそれを認めるのだった。

 ……いや、これ相当やばいだろ。


 だって、魔獣はダンジョンから出ることができないはずじゃないか。

 もしも外に出て行動できるというのなら、そこら中のダンジョンの周囲に人が住めるはずがない。

 あくまでもダンジョンの中にしか出現しないからこそ、俺たちは安心して生活ができている。


 こんなもの俺たちだけで抱えられる問題じゃない。

 とりあえず、今すぐに三人の体を返してもらって、急いで管理局……には知り合いがいないから、一条さんに報告しなければ。

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