第66話 渡しの空だ実いつけた

「というわけで、ゴーストダンジョンに行こうと思うんだけど、シェリルはどう思う?」


「……怖くないです」


 うん? なんか、回答がおかしかったぞ。

 賛成か反対かわからない。というか、怖いかどうかは聞いていない。

 にもかかわらず、開口一番がそれということは、きっとそういうことなんだろう。


「怖いならゴーレムのほうにする?」


「こ、怖くないですってば!? こらっ! そこの腹黒、なに笑ってるんですか! というか、絶対私への嫌がらせでお化けのほうにしましたよね!?」


 ああ、そういう。

 やけにゴーストを押してくると思ったんだ。そして、夢子は夢子でそんな大地をしょうがないと笑っていたしな。

 そうか、虫も苦手でお化けも苦手なのか。この子が最強になるために乗り越えるべきことは、まだまだありそうだ。


「怖くなったらいつでも言ってくれ」


「怖くないですってば! その優しさが今は悲しいです!」


 でも、たぶん怖いんだろうな……。

 だって、尻尾がずっとだらんと垂れ下がっているし。


    ◇


 ゴーストダンジョンまで移動をすると、受付や休憩所もなんだか独特なものだった。

 暗いのだ。照明も雰囲気も集まっている探索者たちの空気も含めて、全体的に。


「おや、話は伺っております。ニトテキアの皆さまですね……」


 受付嬢さんも物静かだ。

 今まで出会った受付嬢さんたちは、どちらかといえばみんな明るいお姉さんだったが、この人は落ち着いた様子の美人……


「痛い。痛いです。紫杏さん、俺の足踏んでます」


「別に~? 怒ってないけど~?」


 俺は怒っているかどうかは聞いてないぞ……。

 でも、自分から言ってくるということはそういうことだろう。


「俺は紫杏以外の女性を愛することはないんだけどなあ……」


「……そうだよね! じゃあ、唯一愛される権利を持った私が、いっぱい愛されるとしようか!」


「家でやろうね。発情した猫じゃないんだから」


 怒られてしまった。

 さすがは、パーティの保護者のうちの一人だ。なんとも頼もしいじゃないか。


「楽しそうですね……。ですが、ダンジョン内では油断なさいませぬように……」


「はいっ! 大丈夫です! お化けなんて怖くないですから!」


 シェリルがいつもより元気だ。でも、きっと怖いんだろう。だからこそのから元気なんだと思う。

 人が近くにいたほうが安心だからか、シェリルは受付嬢さんに詰め寄るようにして返事をする。


「それはよかったです。では、私のことも怖くはありませんね……?」


 思わずぎょっとする。

 なぜなら、目の前で会話をしていた最中の受付嬢さんの姿が消えてしまったのだから。

 シェリルは空気が抜けるような、かろうじて聞こえる悲鳴とともに気を失った。

 まさか……ここがもうダンジョンの内部なのか?


「す、すみません。ちょっと悪ふざけがすぎました!」


 と思ったら、受付嬢さんが先ほどと同じくカウンターに座った状態で姿を現した。

 どうやったんだろう? 彼女のユニークスキルかなにかだろうか?


    ◇


 ダンジョンの中に入ると、どことなく不気味な感じがする夜中のように暗い森の中だった。

 やっぱりここも別の地形だったか。そうなると環境適応力が十全に力を発揮するのは難しいな。


 学校では推奨されていたスキルだったけど、【中級】の探索者が別の職業に変わることが多いのも頷ける。

 大地や夢子みたいに魔獣を撃破ごとに魔力を回復するスキルを覚えたりと、役立つスキルもまだまだ覚えそうだけど、とりあえず今は剣士や魔術師としてのスキルを強化していきたい。


「もう! なんなんですか、みんなして!」


 ぷりぷりと怒るシェリルだが、いつもと違って先頭を一人歩くわけではない。

 むしろ、俺と紫杏がそれぞれ手をつないでいる状態なので、戦闘になったときに動けるのか少し心配だ。


「でも、どうやって消えたんだろう?」


 先ほどの疑問を改めて口にすると、大地も夢子も考えるが答えは出ないようだった。

 しかし、紫杏からあっさりとその答えが返ってくる。


「魔力はずっとあそこにあったよ。だから、多分姿を透明にするユニークスキルでも持ってたんじゃないかな?」


 なるほど、姿を見えなくしているだけか。

 それなら魔力を感知できる紫杏に通用しないのは納得だが……シェリルよ。嗅覚はどうした。


「な、なんだ! それなら、全然怖くないですね!」


 それでもシェリルはしっかりと俺たちの手を握って離さなかった。

 怖いんだな……。


「そうだ。シェリル」


 名前を呼ばれてシェリルは俺の方を向く。


「今日は前衛はシェリルだけに任せるから」


「なんっで! ですか!?」


 うおぅ。元気だな。

 理由を説明しようとする前に、シェリルは俺にすがるようにまくし立ててきた。


「先生は私の味方だと思ってたのに、そんな暗黒ショタみたいな真似しちゃダメなんです! はっ! もしかして、すでに先生にお化けが取り憑いて……」


「はい、落ち着こうね~」


「ぐえぇっ……」


 興奮するシェリルを紫杏が落ち着かせてくれた。

 なんか、女の子がというか人が出しちゃいけない声が出てる気がする。

 ……人狼だし、いけるか?


「どうも、ゴーストって物理無効の相手みたいなんだよ。だから、今の俺は剣士じゃなくて魔術師になってるんだ」


 後衛三人と聞くとバランスが悪そうだが、このダンジョンに限っては後衛というか魔法職が多いほど有利となる。

 なので、思い切って前衛は回避のみに集中してもらって、シェリルだけにしようと思うのだ。


「わ、私も転職しようかな~なんて……」


「え、そうだったのか。それじゃあ一回役所に行くか?」


「ひぃ……疑い一つない信用が辛いです」


 嘘かい。つまり、一人では戦いたくないんだな。

 でも、そんなに怖がる必要はないと思うんだよなあ。

 調べた限りではお化けというか、ゴーストという魔獣なので、恐怖はないと思う。

 まあ、一匹倒せばいつものお調子者な人狼に戻るだろうし、悪いが今は無理にでも進ませてもらうとしよう。


    ◇


「あっ、たぶん向こうのほうからきてるよ」


 紫杏が指差した方向にシェリルは勢いよく顔を向けると、鼻を何度も鳴らして匂いを探ろうとした。

 しかし、なにも感じないのか段々と不安そうな表情へと変わっていく。


「お、お姉様! 匂いは感じません!」


「幽霊だから匂いがしないんじゃないの?」


「幽霊って言わないでください! ゴーストです! 魔獣です!」


 夢子の言葉にシェリルが訂正を要求するが、そんなことよりも魔獣が接近しているのだから戦闘準備に入らないと。

 ……一応、ためしに一発だけ斬撃を飛ばしてみるか。

 そんなことを考えてしまう俺は、どうも物理職な頭になってしまっているみたいだ。


「だいたい、夢子と大地は私が怖がるのを楽し」


「シェリル、後ろ!」


 驚いた。てっきり道の先からやってくるのかと思ったら、そいつは大木をすり抜けるようにしてシェリルのそばに現れた。

 ほぼ反射的に、シェリルには当たらないように剣を振るって斬撃を飛ばす。

 現時点で最大まで強化した斬撃がきっかり3発分、ゴーストに向かって飛んでいくが……やっぱりだめか。すり抜けてしまった。


「うひゃあああぁぁぁ!!!」


 シェリルの叫び声は、俺の斬撃がすぐ近くを通り抜けたからではない。

 振り向いた瞬間にゴーストがすぐ近くにいたことによって、驚愕してしまったのだろう。


「りょ、いや、違います。【両断】はむやみに使わないって約束したんです!」


 偉い。慌てふためきながらもちゃんと約束は守れている。

 スキルを使用する直前でなんとか踏みとどまって、爪を振るって攻撃をしかけた。

 しかし、これもやっぱり効いていない。そもそもすり抜けてしまうので当たってすらいない。


「……なんだ! そんな見た目なら怖くないじゃないですか! 驚かせないでください!」


 シェリルが威勢よく吠える。でもまあ、わからなくもない。

 このゴースト。見た目がわりとマスコットじみているのだ。

 魂が実体化したような体に埴輪みたいな目と口がついているだけの存在。これじゃあ見た目で怖がらせるのは難しそうだな。


「あれっ! 攻撃が当たりません!」


 勢いづいたシェリルが何度か爪を振るうも、やはりすべて体をすり抜けるだけだった。

 これはたしかに物理職には厳しいと言われるな。というか無理だろ物理攻撃がすべて当たらないんだから。


「シェリル。離れなさい」


 シェリルが意図せず囮の役目をはたしてくれたことで、夢子の魔法の準備が整った。

 それを理解したのか、シェリルも渋々といった様子でゴーストから距離をとると、そこを目がけて夢子の魔法が撃ちだされる。

 ゴーストは炎魔法によりしばらく苦しんだ様子を見せると、そこには元からなにもいなかったかのように、綺麗に消えてしまった。


 魔法攻撃が特に効きやすいのか、それとも炎属性に弱いのか、この辺はたしかめながら進んでいきたいところだ。

 それにしても……シェリルがあれだけ近くで無防備な姿をさらしていたのに、あのゴーストなにもしてこなかったな。

 もしかして、倒しにくいってだけで、向こうからの攻撃はほとんどないのだろうか?


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