第65話 君はエーペックスプレデター

「それで、次はどうするの? ボス」


「うぅ~……先生! お姉様! 大地が意地悪です!」


 一応のリーダーである俺ではなく、大地はシェリルに次の指示を仰いだ。当然ながら皮肉だ。

 それを理解しているため、シェリルは低く唸ってから俺と紫杏に泣きついてくる。


「シェリルが残念なのは置いとくとして」


「お姉様!?」


 突然の見放すような発言にシェリルはショックを受けて、体全体で悲壮感を表している。

 仕方なく俺があやしておくが、紫杏がなにか思いついたらしく、どうにもそちらも気になる。


「なにか思いついたのか?」


「シェリルを回復していて思ったんだけど、私はこれから回復役になるのはどうかな?」


 なるほど……悪くはない。

 紫杏にはいつも最後の切り札のようにしてもらっていたし、これまではダンジョンで極力戦わずにいてもらった。

 だけどこれから先は紫杏にもなんらかの手助けをしてもらわないと、魔獣との戦いは厳しくなりそうだ。

 紫杏の魔力もレベルも今や膨大な数に達している。

 なら、その魔力で俺たちを回復してくれるのなら、非常に心強い。


「俺は賛成だな」


「いいんじゃない? ちょうど足りない役割だし」


 俺の賛同に皆も続いてくれる。

 思いがけずパーティが補強される形となったので、シェリルには感謝しておこう。


「失態を褒められても嬉しくないんですけどお!?」


 だめだったようだ。


    ◇


「お帰りなさい。無事ボスを撃破したんですね。さすがはニトテキアの皆さんです」


 受付嬢さんは、特に心配をした様子もなく、俺たちを出迎えてくれた。

 きっと、このダンジョンで変異種の調査という経験があったので、通常の探索はさして心配ではなかったのだろう。


「よう、どうやら無事にボスを倒せたみたいだな」


 常連の探索者たちも、俺たちのことを祝福してくれた。そうだよな。こういうのが普通のダンジョンだ。

 常連の探索者と管理人がグルになって、他の探索者を文字通り食い物にするようなダンジョンがおかしいだけだな。


「ありがとうございます。とりあえず、ボス討伐の記録の確認がとれたらまた潜るので」


「いや、待て。さすがに無茶しない方が……いや、お前らの場合無茶じゃないのか? だめだ、止めるべきなのかわからねえ……」


 紫杏のためにもまだまだレベルを上げたかったのだが、結局その日は大地と夢子に止められてしまった。

 まだ、大丈夫なんだけどなあ……。


    ◇


「無理してない?」


「全然。もう狼たちには慣れたことだし、明日はもっと効率よくレベルを上げられると思うぞ?」


 隣に座る紫杏に尋ねられるが、本当に大丈夫なのだ。

 心配してもらっているところ悪いが、パーティで戦ってある程度までレベルが上がってしまえば、あとは作業のようにレベル上げに勤しめる。

 お前がサキュバスとしての衝動を抑えられないのであれば、その衝動はすべて俺が受け止める。


「私は、善以外から精気を吸うつもりはないよ」


「俺も、紫杏に俺以外の精気を吸わせるつもりはないぞ」


「わかってるなら、無茶はしちゃ嫌だよ?」


 紫杏にまで、そう見えたのだろうか?

 もしかしたら、回復役を買って出てくれたのも、俺の負担を減らそうと考えてくれたのかもしれない。


「無茶はしてないつもりなんだけどなあ……単純にレベル上げるの楽しんでるし」


「なら、よし!」


 しばらく俺の顔をじろじろと見ると、紫杏は納得したように俺を胸に抱きよせた。

 相変わらずでかいな、こいつ……。


「回復術で体力も回復できないかなあ?」


 珍しい。夜になっても精気を吸うでもなく、探索に関する会話を続けるなんて。

 そう思いながらも、たしかにと思うところはある。回復術ではさすがに疲れは取れないからな。

 もしも疲労も怪我も回復できるのなら、魔力が続く限り戦い続けられるわけだし、さすがにそこまで都合はよくない。


「そうすれば、夜明けまで善から精気もらえるのにね?」


 あ、違う。こいつもう俺を捕食する気しかない。

 上げたレベルは41。それをこれから一晩中ねっとりと吸われるわけだ……。

 なるほど、通りで大地と夢子が止めるわけだな。上げた分は全部吸われる。

 そんなことは俺が一番知っていたはずなのに…………


    ◇


「言わんこっちゃない」


「むしろ、それが目当てだったんじゃないの? いやあ、善も男の子だね~」


 言ってない。言ってたら俺だって自重した。

 でも、俺のレベルが1になったときの紫杏の満足そうな顔を見てしまうと、またレベルを上げようという気にはなってしまうのだ……。

 やっぱり、普段のレベル提供だけでは満足できていなかったんだろうな。


「至福の時間だったよ~」


「なんかいつもよりぽわぽわしてるわね」


「魔獣を獲物にしている善を捕食するわけだから、食物連鎖の頂点だよね。サキュバスって」


 まあ、否定はできない。

 よくよく考えると、レベルを吸うとかとてつもないことしてるからな。

 そりゃあ、昔にサキュバスの女王様が異世界の敵として認定もされるはずだ。


「それで、今日も狼を倒してレベルを上げるの?」


「いや、あそこはもうボスも倒したことだし、別のダンジョンにも行ってみないか?」


「そうねえ。言っちゃなんだけど、ボスを倒したときにがっかりするダンジョンだったからね」


 ウルフダンジョンは魔獣を倒しやすく、経験値もそれなりにもらえて、魔獣も多く出現する。

 レベルを上げることだけを考えると、わりとおいしいダンジョンといえるだろう。


 しかし、すでにボスを倒したので、ここではそれ以上の功績は認められることはない。

 レベルは上げたい。でも、あくまでも俺たちの目標は異世界への渡航許可だ。

 ならば、レベルを上げつつも未踏破のダンジョンを探索するのが一番だ。


 ……というか、あれはないだろう。

 なんだよ、見た目が他のダイアウルフと同じだから、ボスのドロップまで雑魚狼と同じって。

 宝箱から何の変哲もないダイアウルフの牙が出てきたとき、どれだけ残念だったことか。

 常連の探索者の人たちにも話したが笑っていたので、恐らくそれが普通のことなんだろう。

 あの人たち、それならどうやって稼いでいるんだろう?


「どこに行くかはもう決めてるの?」


 顎を頭に乗せて喋られているせいか、なんか直に骨に声が響いてる気がする。

 そんな紫杏の問いかけだが、すでに候補は見繕ってある。


「ゴーレムか、ゴーストかな」


「よりによってなんでまた? どっちも物理が通用しにくいって話じゃなかったっけ?」


 そう、掲示板を見る限り物理職には辛いダンジョン二つだ。

 だからこそ、あえて選んだ。

 というのも、このまま物理職に有利なダンジョンだけを踏破しても、もらえないんじゃないかと思ったのだ。

 【上級】パーティとしての証を。


「【上級】以降だと、相性だけで簡単に探索することもできなくなるんだろ? だから、物理にも魔法にも対応できるっていう証を示しつつ、実績を積んでおきたい」


「一応、【中級】のダンジョンをいくつも踏破すれば、次に上がることもできるはずだよ?」


 それはそのとおりだろう。

 だけど、果たしてその先で通用するのかという話でもある。

 プレートワームは斬撃で鎧を壊して、中身を魔法で攻撃することで撃破できた。

 物理も魔法も組み合わせてやっと有効打を与えられる相手だったのだ。

 【上級】どころか【極級】を目指すのであれば、そういった戦い方も身につけておくべきだろう。


 そのことを三人に話すと、大地と夢子は納得してどちらに行くべきか話し合ってくれた。


「どっちがいいんだろうね~?」


「紫杏はどっちがいいと思う?」


 二人の話し合いを邪魔しないように、こちらはこちらで意見を交わしてみる。

 あまり興味はなさそうだが、せっかく紫杏がダンジョンのことを考えているわけだしな。


「う~ん……ゴーレム?」


「理由は?」


「最悪私が殴れるから!」


 俺の彼女はサキュバスで脳筋だった。

 サキュバスって、もしかして脳筋な種族なんだろうか……。


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