第64話 燃やし尽くした忠誠心

「あちゃ~……」


「こ、この裏切者! ボスは私でしょうが!?」


 ボス部屋に入った瞬間それは起こった。

 出現したボスらしきダイアウルフ。見た目はやっぱり他の個体と何も違いはない。

 しかし、そいつが遠吠えした瞬間に、そいつの取り巻きのような別の個体が次々と現れた。

 そこまではいいのだが……その遠吠えを聞いたシェリルに付き従ってた狼たちは、ボス狼のほうに行ってしまったのだ。


 まあ、所詮は魔獣だったということか……。

 それか、これこそがここのボスの力ということだろう。

 絶対的なボスとして君臨して、群れを統率して探索者と戦う。きっとそんな魔獣なのだこいつは。

 なら、ボス部屋に引きこもってないで、お前があの変異種なんとかしろよと思わなくもない。

 だけど、ボスがボス部屋から出るなんて異常事態まで発生されても困るし、こいつはこのままでいいのかもしれないな。


「だから、毒で皆殺しにしておけばよかったのに……シェリルごと」


「ついに、名指しで殺そうとしやがりましたね!? この暗黒ショタ!!」


「あとで毒魔法かけるから、先にトイレに入っておいた方がいいよ」


 さようならシェリルの尊厳。

 ボスとしての尊厳も人狼としての尊厳も失ったシェリルは、その原因である狼たちになおも食ってかかった。


「ふ、ふん! そんなやつより、私のほうがボスにふさわしいってわからせてやりますからね!!」


 俺にとってはみんな同じ狼に見えるのだが、シェリルは匂いを嗅ぎ分けているのか、ボスを狙って飛びかかった。

 ああ、またそんな無茶して……。一応、周りの狼が邪魔しないように、変異種のときみたいに斬撃でサポートするか。

 どれがシェリルの元部下かわからないけど、全部敵だしどれでもいいか。


「見てなさい! これが群れの長にふさわしい人狼の一撃です! 【両断】!!」


 おい、それはさすがにまずい。

 俺はシェリルがスキルを使用した瞬間に、紫杏のほうを見た。

 紫杏も俺が頼みたいことは理解しているようで、すでに準備を完了しているみたいだ。


「紫杏! シェリルに結界を張ってくれ!」


「了解! シェリル後でお説教とお仕置きと毒だからね!!」


「ぴぎゃっ!!」


 シェリルの情けない叫び声がボス部屋に響く。

 紫杏の言葉に怯えたというわけではなく、頭に血が昇ったのか変なタイミングでスキルを使用したところ、ボス狼にカウンター気味に突進されたのだ。

 【両断】は威力こそ高いスキルのようだが、その代償として防御力が消失するという諸刃の剣だ。

 そんなスキルを考えなしに使ったら、そりゃあ手痛い反撃を受けるだろうに……。

 というか、紫杏の結界が間に合ってなかったら、下手しなくても戦闘不能になってたと思うぞ。


「お、お腹が……まだ大地の毒は食らってないはずなのに……」


 その痛みは、毒で腹を下したんじゃなくて、狼が腹に突進した痛みだからな?

 ともあれ、そんな軽口を叩けるようならシェリルは無事と考えて問題ないか。


「紫杏。ちょっとシェリルのこと回復しておいてくれる?」


「しょうがないな~……あとでしつけ……お説教だからね?」


「は、はいぃ……」


 シェリルは一旦戦線を離脱させて、紫杏に任せよう。


「ということで、ここからは久しぶりに俺が前衛を担当して、大地と夢子に狼の群れごと魔法を使ってもらおうと思うんだけど」


「そうだね。それが一番だと思うよ」


「なんかごめんね。うちの馬鹿犬が……」


 まあ、こんなこともあるだろう。

 前回が上手く行きすぎたというだけで、ちょっとした判断ミスで撤退を余儀なくされる、なんてことはこれからもあるはずだ。

 それでも、致命傷を受けたわけでもないし、次に活かしていけばいいだけの話。

 幸いシェリルは回復されながら、紫杏にお説教を受けているので、きっとまたしばらくは慎重な人狼のシェリルに戻ることだろう。


「まあ、なんとかなるだろ」


 ボス狼はボス狼で、シェリルを撃退したことで満足したのか、あるいは部下への示しがついたのか、後方に陣取り部下をけしかけるだけだった。

 舐められていると思わなくもないが、そのほうがありがたいのもまた事実。

 お前が部下を戦わせるというのなら、俺はありがたくお前の部下の経験値でレベルを上げさせてもらおう。


「まずは斬撃で牽制してっ……!」


 近づいてくる狼たちに横薙ぎに剣を振るう。

 剣の軌道のままに巨大な斬撃が同時に三本放たれて、さすがの狼たちの俊敏さでもすべてを回避しきれなかった。

 まだ生きてるな。じゃあ、ダメージを負って動きが鈍くなったやつに追加で斬撃を……。


「よし、数が多くて素早いけどワームより脆い」


 斬撃のレベルを上げておいてよかった。

 レベル1のときよりも範囲が広がっているおかげで、狼たちには楽に命中する。


 そのまま、近づく前に攻撃することを繰り返していると、さすがに向こうも一斉に多方向から襲いかかってくる。

 だけど、もう遅いぞ。大地も夢子もすでに魔法の発動の準備は完了している。

 ……俺はここであることを思いつく。いけるかな? いけるよな。


「夢子! 数秒は耐えるから、俺ごと狼を殲滅できないか!?」


「えっ!? ……ああ、そういうことね。いけるわ!」


 夢子はすぐにこちらのやりたいことを理解したらしく、遠慮なく広範囲を焼き尽くす炎魔法が放たれる。

 俺を避けるようにして魔法を発動していたら、きっとここまでの範囲と火力にはならなかっただろう。

 なので、この戦法は今度も有効だろうから、覚えておくとしよう。


「【板金鎧】!」


 数秒間だけ無敵になるといっても遜色のないスキルを発動する。

 おかげで、狼たちを焼き尽くすほどの魔法の中心にいても、まるでこちらへの被害はない。

 あのワームのやつ、こんな防御があったのなら、そりゃあ強いよなあ……。


「2……1……0」


 夢子は、こちらのスキルを発動してからカウントしてくれていたらしく、0の瞬間に炎の魔法と【板金鎧】の効果が切れた。

 そんなギリギリじゃなくてもいいんだぞ? 夢子を信用していないわけではないが、失敗したら俺が燃えるから。


「それじゃあ、僕のほうはボスだけに集中するね」


 そう言って大地は、もはや真っ黒と言える毒の塊を一匹だけ残っていたボス狼に発動した。

 さすがにボス狼も回避しようと動き回るが、その毒はアメーバのように姿を変化させて、まるで生きているようにボスを襲う。

 時間をかけて魔力を練っていたことで、大地はえげつない魔法を使用できたようだ。


 大地の毒魔法が直撃したことで、ボス狼は一気に動きが鈍くなり、そのまま毒に侵されて倒れてしまった。

 インプのときと同じだ。ボスだからか、それなりに耐久力は高いのだが、こうなってしまうと後は消滅を待つだけとなる。


「もともと群れで戦うのが得意だったんだろうな。それなのに、部下が急に全滅して、毒に襲われて、なんだかいいとこなかったなこいつ」


「シェリルに一撃入れたときだけ輝いていたわね」


「狼って、慢心しやすいんじゃないの? そこの狼みたいに」


 紫杏のお説教も終わり、大地と夢子の皮肉が聞こえたのか、シェリルはしょんぼりとして耳と尻尾を垂らしている。


「次から気をつければいいさ」


「甘やかしちゃダメ」


 だから、せめて俺だけは味方になろうとしたら、紫杏に注意されてしまった。

 なぜだ……。俺はシェリルがかわいそうだと思っただけなのに。


「なんだか、娘を甘やかす夫と、ちゃんとしつけをしたい妻みたいだね」


「ええ~? そう見える? そう見えちゃう?」


 大地が余計なことを言ったせいで、紫杏は一気に上機嫌となり、シェリルはお説教から解放される。

 結果として助け舟を出すことになった大地に対して、お礼を言うべきかシェリルはしばらく苦悩し続けるのだった。


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