第63話 僕らはオオカミ元気だぞ
「なんかいつもより近いんですけど」
「だってダンジョンの中入ったら、こうやってくっつかせてくれないじゃん」
そりゃあ俺だって、くっついていることは望むところではある。
だけど、さすがにダンジョンの中でこんなことするのは危険だからな。
「それにしても、なんで今さら……」
「別に~? 善が万が一にでも私に捨てられるなんて、ふざけたこと考えていることは関係ないけど~?」
関係あるどころか答えが出てしまった。
なるほど、紫杏の愛を疑ったことにご立腹ということか。
「ほら、もうダンジョンに入るぞ。中ではちゃんとしないと」
「外ならいいってことだよね?」
まあ、それは今さらだから拒否する理由はない。
そんなことを考えていると、俺が否定しなかったためか、紫杏は機嫌よく後ろへと下がった。
「お前ら今日もマイペースだな」
ダンジョンの入口でそんなやり取りをしていると、ちょうど探索を終えたのか、この前変異種の調査をともに行った探索者と出くわした。
「こんにちは。この前はどうも」
「ああ、と言ってもこっちこそお前らには礼を言わなきゃいけないがな。ニトテキアが変異種を倒してくれたおかげで、報酬はもらえるわダンジョンは正常に戻るわ、いいことづくめだ。ありがとな」
そうか。このダンジョンもまともな状態に戻ったのか。
それなら、この間よりも出現する狼の数も減ることだろうし、やはり今日はボスの撃破を目指したいところだ。
「ふふん! 所詮は狼の魔獣ですからね! 上位種である人狼の私には朝飯前なんですよ!」
「そうだな。一人であの狼を倒すなんて大したもんだったぞ」
「お、おぅ……?」
またも調子に乗るシェリルだったが、探索者たちに素直に称賛されたことで戸惑い大人しくなってしまった。
相変わらず褒められるのには慣れていないみたいだ。
調子に乗った発言をするくせに、いざ褒められると照れてしまうとは、難儀な性格をした子だな。
「さ、さあ! 私たちも探索しちゃいましょう!」
そんな照れくさそうに先導するシェリルについていき、俺たちはダンジョンの中へと進んでいくのだった。
◇
「たしかに、狼の数はこの前とぜんぜん違うな」
「そうだね。この前は少し進む事に群れと戦うことになっていたけど、今回はまだ一度も遭遇していない」
こうも極端に変わるものか。
これが平常時のウルフダンジョンなのだとしたら、たしかに前回は異常事態といえるな。
……にしても、いくらなんでも数が少なすぎやしないか? このままじゃ、俺のレベルが1のままボスに挑むことになるから嫌なんだが。
「う~ん。数が減るだけじゃなくて、攻撃的じゃなくなるのかなあ?」
俺と大地の会話を聞いて、紫杏がそんな言葉をつぶやいた。
たしかにボスという絶対的な存在もいたことだし、前回の狼の群れは攻撃的になっていたとしても不思議ではないが。
「なんでそう思うんだ?」
「だって、前回なら襲ってくるはずの距離なのに、いまだに様子見してるだけだから」
昨日もレベルを吸われて、紫杏はさらに強くなった。
そして強くなるたびにサキュバスとしての力も増していく。
そのためかはわからないが、紫杏の魔力の感知能力は今じゃけっこうな範囲を網羅できるようになっていた。
これって本来は、餌を効率よく探すためなのかなあ……。
ともかく、そんな紫杏だからこそ、すでに俺たちの周囲に狼がいることを把握したらしい。
「変なところで狙われても面倒だし、倒すか?」
「それなら私が一当てしましょう! 狼としての格の違いを思い知らせてやります!」
慢心したような発言だけど、わりと正しい選択でもあるんだよな。
シェリルが攻撃を仕掛けて、俺はそれをサポート。大地と夢子が広範囲を殲滅。
それだけで、狼の群れは対処可能だ。ましてや前回よりも数が少ないのなら、なおさらどうとでもなる。
「無理せず、深追いせず、調子に乗らないようにな」
「ひぇぇ、考えることがいっぱいです!」
三つしか言ってない。
「でもわかりました! がんばってきます!」
わかったんだよな? 本当に大丈夫だよな?
発言と本心と行動が合っていないせいで、どう判断すればいいのか難しい。
それでも、シェリルも馬鹿じゃないから、勝てそうなら戦うし、負けそうならちゃんと逃げるはずだ。
そう結論づけて、俺たちは先行したシェリルの後を追うことにした。
「ひ、ひえ~!」
訂正しよう……。
情けない声が聞こえたので、急いで駆けることにする。
◇
「なんなんですか、あなたたちは!」
すぐに追いついた俺たちの目の前には、予想外の光景があった。
狼の群れはたしかにいた。俺でも目視できるほど近い距離にいる。
というか、シェリルのすぐ後ろにいるのだが……。
「なんでダイアウルフを引き連れてるんだ?」
「知りませんよ! そんなこと!」
魔獣たちはシェリルにも俺たちにも襲いかかることはなく、うろうろと逃げ回るシェリルのあとをついてきている。
これってなんだか……。
「群れのボスみたいだね」
紫杏の言葉にシェリルが、ぎょっとしたように素早く振り向いた。
ああ、やっぱり他の人にもそう見えるか。
「よかったな。念願のボス狼の座を手に入れたみたいだぞ」
「嘘でしょう!?」
いや、かなり真面目にそう思っている。
こいつらって、たぶん前回の探索で戦わなかったけど、遠くからボス狼とシェリルの戦いを見ていたんじゃないか?
きっと一対一の決闘でシェリルが勝ったから、シェリルを新しいボスだと認めたんだと思う。
「どうする? 集まってるし範囲魔法で一網打尽にする? ボスもろとも」
「なんてこと言うんですか!? 無抵抗の生き物を陰険な毒で殺そうなんて……あれ? ボスごとって言いました? 私のこと毒殺しようとしてますよね!?」
さすがにそっちは冗談だろうけど、狼のほうはなあ……。
まさか魔獣を従えることになるなんて思わなかったし、倒していいものか判断に困るな。
「どうするの? 危害はなさそうだし、このままボスだけ倒しに行く?」
慈悲なく魔獣を殺そうとした大地と違い、夢子はシェリルたちの味方のようだ。
でも、たしかに魔獣とはいえ無抵抗な相手を倒すのは気が引けるし、無視してボスのところまで行くのがいいかもしれない。
「一応言っておくけど、僕たちが倒さなくても魔獣は魔獣だから、他の探索者に倒されるんだよ?」
きっと大地が正しい。シェリルだって、大地の言うことは重々承知だろう。
それでも、今回はボスだけを倒すことにさせてもらい、シェリルはぞろぞろと狼を引き連れて進むことになった。
◇
「ここの魔獣は見た目が変わらないのが厄介だよな」
「強さだけ違うからね。群れで戦われると、どれが強い個体なのかわかりにくくてしょうがないよ」
結局、狼たちには襲われた。
といっても、シェリルに従ってる狼たちにではなく、別の群れに遭遇するとそちらは普通に俺たちを襲ってきたのだ。
ちょっとだけほっとしている。このまますべての狼がシェリルの配下となって、倒しにくい状況になってしまっていたら、俺はレベルが1のままボスに挑むことになりそうだったから。
「どうですか! あなたたちのボスはこんなに強いんですよ!」
シェリルはすっかりとボスとして、配下の狼たちにいいところを見せようと奮闘している。
そして、狼たちも群れ同士の戦いに慣れているのか、シェリルをサポートするかのように、見事な立ち回りを見せてくれた。
便利だ……。思いがけず、このダンジョンだけのお助けキャラが仲間になったかのようだ。
「ここが変異していない、本物のボス狼の部屋ですね! それでは、あなたたちのボスのすごさを見せてあげますよ!」
レベル上げは順調。余力も十分。よくわからない助っ人までいる。
それじゃあ、ボス狼に挑むとするか。
やる気満々なシェリルの後に続き、なんだか俺たちまでシェリルの群れの一員みたいだなあ、なんて考えてしまった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この作品が面白かったと思っていただけましたら、フォローと★★★評価をいただけますと励みになりますので、よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます