第61話 人間至上主義のヘイト・ユー
今回の変異した魔獣はプレートワーム以上の強敵だと覚悟していたが、終わってみればシェリルが単独で撃破に成功した。
単純な強さだけでなく、自分を強く見せることに特化している魔獣だなんて、魔獣にも色々なやつがいるもんだな。
「ニトテキアの皆さま。変異種を討伐していただきありがとうございます。皆さまの活躍は現聖教会の代表にも報告させていただきます」
立野から礼を言われるが、一つ気になることがある。
現聖教会の代表にも報告って……そこの聖女が代表じゃなかったのか?
「代表、ですか?」
「ええ、教皇様です。探索チームのリーダーである聖女様は、彼女の娘なんです」
どうやら、この探索チームだけが現聖教会というわけではないようだ。
もしかして、本当に異世界の教会のように大きな組織が、現世界にも作られているということなんだろうか。
「じゃあ、今回の依頼を受けたのもその教皇様ということですか?」
「正確にはお母様が異変をいち早くつきとめて、管理局へと報告したんです。そして管理局が出した依頼を私たちが受理しました」
聖女が誇らしげにそう教えてくれた。
この様子だと、ずいぶんと母を尊敬しているみたいだな。母親のすごさを語るときの彼女はどこか自慢げであった。
「それで、皆さんもお母様にお会いするんですよね? ところで、ニトテキアのどなたが倒してくれたんですか?」
見てなかったのか? まあ、無理もないか。現聖教会たちもそれぞれ狼の群れの対処をしていたからな。
俺はシェリルを指差そうとすると、立野が話を遮るように言葉を発した。
「まあ、それも含めて教皇様へと報告することにしましょう。それでは、ニトテキアの皆さまはすみませんが、ついてきてくれますか?」
「俺たちへの報酬も忘れないでくれよ?」
「ええ、もちろんです」
◇
その後、ダンジョンの入り口まで戻ると、立野は今回の調査に協力した探索者たちへの報酬を約束した。
俺たちはというと、現聖教会のお偉いさんに今回の活躍の報告と、特別な報酬をもらえるとのことで教会へと向かうこととなった。
なったのだが……行きたくない。
「報酬だけ後で渡してもらうとかにできませんか? どうも、俺たちは現聖教会の方針と合わない気がするので」
「ずいぶんと嫌われてしまいましたね……」
まあ、仲間を悪く思うような人たちに好意はもてないわな。
それなのに、人間である俺たちにはやけに距離を詰めてこようとするのは、はっきり言って不気味だ。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、立野は観念したように本心を語り始めた。
「たしかに私たちは皆、異種族を仲間と思うことはできません」
はっきりと言うんだな。
まあ言わなくても態度を見ればそんなことは百も承知だけど。
「ですが、何の根拠もなくその思想に至ったというわけではないのです。烏丸さん、あなたは現世界の人間が異種族の被害にあったという話は聞いたことはありませんか?」
「それは……」
ないとは言えない。だけど、それは人間と異種族だからというわけでなく、どんな種族にも良い人もいれば悪い人もいるというだけの話だ。
「探索チーム現聖教会のメンバーは、異種族による被害者の集まりです」
立野さんの発言を否定しようとする前に、話は続けられた。
被害者……。ということは、立野さんも、聖女も、今日探索した全員がということか。
「異世界の異種族が、現世界の人間を襲った……ということですか?」
「ええ、両世界の管理局の働きにより、速やかに犯罪者として処分を受けましたけどね」
今もそんな事件はそれなりの頻度で発生している。
例えば、サキュバスのせいだなんて噂されている例の事件も、その一つとして考えられているはずだ。
異世界との交流により、様々なものがもたらされたが、必ずしも良い結果だけが残るわけではない。
世界の発展の裏では、現聖教会のメンバーのような被害者だっていることは事実だろう。
「だけど、それは異種族だからじゃなくて、その人たちが悪人だっただけなんじゃ……」
「あいつは、私の両親を殺すときに人間ごときが獣人に逆らうなと言っていましたよ? 少なくとも人間同士であれば、こんな発言はしないでしょうね」
だめだ。俺の言葉程度では立野さんも、現聖教会の人たちも、きっと意見を変えることなんてしないだろう。
坊主憎けりゃ袈裟までというわけか、納得できるわけではないが、この人たちが異種族を差別する理由は理解した。
そのうえで、やはり俺たちは相容れないんだろう。
「それでも、紫杏とシェリルはその悪人たちとは無関係です」
俺の言葉を頭では理解できているのだろう。
立野さんからも、他のメンバーたちからも、異論の声はなかった。
それがわかったうえで、それでも人間以外と共に行動することはできないってことか……。
「とりあえず、面倒だからその教皇様と話だけして終わりにしちゃえば?」
まあ、それがいいかもしれないな。
別に向こうに行ったからなにかされるわけではないし、一応俺たちへ褒美を渡すだけなのだから、さっさとすませて現聖教会との関係を切ってしまおう。
他の三人に確認をすると、それで問題がないようで頷きが返ってきた。
「わかりました。それじゃあ、教会に案内してもらえますか?」
「ええ、きっと教皇様もお喜びになられます」
◇
「報告は聞いております。このたびは大変お世話になりました。ニトテキアの皆さま」
やけに堅苦しい建物の奥まで案内され、迎えてくれたのはこちらを友好的に歓迎する女性だった。
どこか親しみやすい雰囲気だが、この人が教皇様ということになるのだろう。
つまり、人間以外を差別している元締めともいえる人だ。
さすがに最低限の挨拶くらいはすませるが、意外にも教皇様は紫杏とシェリルにもまともに挨拶を交わした。
一応、今回は俺たちが現聖教会に協力した立場なので、表立って魔族である二人を差別する態度は見せないってわけか。
その考え、部下にも徹底してくれないかなあ……。
「ダイアウルフを倒すだけでなく、あのまがい物を倒していただけるなんて、本当に優秀なパーティなのですね。いかがでしょう? 正式に現聖教会の探索パーティに加入いたしませんか?」
「お断りします。俺たちは俺たちだけで探索したいので」
「うちの美希なら、悪魔や狼獣人なんかよりも優秀ですよ?」
「あなたのところの聖女よりも、俺は紫杏とシェリルのほうが好きなので」
勧誘するなら、せめてこちらの心証をよくしてもらえないものだろうか。
まあ、それでも俺たちがここの傘下になんてことは考えていないんだけど。
「……そんなに、魔族が大切ですか?」
「ええ、俺の大切な仲間です」
最初に会ったときのような親しみやすい雰囲気はどこへやら。
表情も言葉もまったく変わっていないのに、なんだか空気がピリピリとしている気がする。
そんな中、俺と教皇は互いに目をそらさずにいると、ふいに俺の隣からむぎゅっと柔らかな感触がくっついてきた。
「そんな女なんかと見つめ合うなら、私と見つめ合うべきでしょうが!」
「あ、はい……」
見つめ合うというか……まあいいや。
紫杏の場違いな発言のおかげか、先ほどの空気は霧散して教皇も諦めたようだ。
俺たちは、報酬として多額の金銭を受け取ると、教会を後にするのだった。
◇
「立野」
「はっ!」
「たしかに勧誘は無理そうですね。諦めましょう。ですが……邪魔ですね。あれ」
「し、しかし、彼は人間ですよ?」
「邪魔ですね……あれ」
改めて同じことを言ってから、教皇は立野に退室を命じる。
そのまま立野は眉間にシワを寄せるほどに悩みながら、教会内の私室へと戻るのだった。
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