第60話 はりぼての強さ

 なにかあったのか?

 嫌な予感が頭をよぎる。もしかして、紫杏でさえ勝てない相手なんじゃないか?

 そんな俺の心配をよそに、紫杏は狼の攻撃を軽くいなすように避け続けて、怪訝そうな顔で相手を見つめている。


「うん、やっぱり」


 なにか確信を得たのだろう。

 ただ一言。そう呟いたかと思うと、紫杏は何度か大きく跳躍をしてこちらに急いで戻ってきた。


「逃げるか!?」


 撤退するべきか即座に確認すると、紫杏は少し困ったように笑った。

 うん? なんだか、思ったよりも余裕そうだな、というかまったく切羽詰まった感じはない。

 勝てない相手だから逃げたというわけじゃないのか?


「ごめんごめん。勘違いさせちゃったね。善が私のこと大好きで一番大事なのは知ってたはずなのにね」


 いつもとまったく変わらない。

 そんな軽口を叩く余裕すらあるのなら、なおさら狼から距離をとった理由がわからない。

 ……というか、狼は狼で紫杏の動きを警戒こそしているものの、こちらに追撃しようとする意志をまるで感じない。


「どういうことだ?」


 この状況だまったく理解できないので、紫杏に改めて確認をする。

 すると、紫杏はなんだか釈然としない様子ながら、はっきりと断言した。


「う~ん……あの狼そんなに強くないよ? だから、善たちなら絶対に勝てる」


「いやいや、さすがにそれは持ち上げすぎだろ」


 たしかにみんなで協力してプレートワームはなんとかなった。

 でも、そのプレートワームですら、【上級】の魔獣にすぎない。

 それに対して、この狼は【上級】どころではないと言われるほどの魔獣だ。


「大丈夫。みんなのほうが強いから」


 だけど、紫杏は俺たちが勝利することに確信をもっているようだった。

 ……まあ、紫杏が言うのなら、きっと大丈夫だろう。


「ってことみたいだけど、みんなはどう思う?」


「……正直なところもう少し根拠はほしいけど、多分この中で一番強い紫杏が言うことだし、信じてみてもいいかもね」


「私たちへの過大評価じゃないことを祈るわ」


「なに言ってるんですか! お姉様が私たちを信頼してくれているのだから、応えるのがパーティというものでしょう!」


 気合は十分らしい。

 先ほど悔しそうに狼との戦いを諦めたからか、シェリルは自らを奮い立たせる。

 そして一人で、変異種らしき狼に向かっていってしまった。

 パーティがどうとか言ってたはずなのに、あいつ一人で行っちゃったぞ……。

 まあ、こうなったからには、あれを援護する以外は考える必要もないか。


「大地、夢子。シェリルは障壁で守られていないから、俺たちで援護するぞ」


「まったく、勝手に突っ走る癖はどうにかしてほしいね」


「とりあえず、横やり入れようとする狼を狙うわね」


 現聖教会が群れの大部分を引き受けてくれている中、シェリルはそんな集団の頭を越えるように跳躍する。

 時折顔をしかめているのは、恐らくあの変異種からの威圧に怖気づきそうになっているからだろう。


 それでも止まらないシェリルを見て、周囲の狼たちが再びボスを守るように飛びかかる。

 相手が紫杏ではないからか、狼たちは先ほどの汚名を返上するかのように、必死になってシェリルを襲う。


 そんなシェリルを守るため、俺は斬撃を飛ばして狼を空中で切断した。

 紫杏に軽く吸われはしたけど、ここにくるまでにレベルもずいぶん上がったので、上位種以外ならば一撃で倒せるまでになっている。

 大地と夢子もシェリルに触れさせないように魔法を使っているので、狼たちはシェリルを邪魔することができない。


「ありがとうございます! 部下に任せて自分では動かない怠け者なんて……私が倒してみせますよ!」


 声は震えている。まだ恐怖心を感じたままなのだろう。

 いつもはトラブルの元でしかない虚勢も、ここまで張り続けることができるのなら大したものだ。


「私こそがボスにふさわしい狼です!」


 なんか目的が変わってないか? 狼系の種族としてなにか譲れないものがあるのかもしれないな。

 その威勢を力に変えるかのように、シェリルは自慢の爪をボス狼に撃ちつける。

 しかし、そんなシェリルの攻撃を、ボス狼はその俊敏さで易々と回避してみせた。


 どう、なんだ……? 紫杏のときと違って、先入観なしで相手の力を観察する。

 あれだけのプレッシャーを発する狼だ。シェリルの攻撃を避けたのは当然といえる。

 いえるのだが……それにしては、動きはそれほど速くない?

 シェリルをあなどって、あえて遅く避けたという可能性もあるにはあるのだが……。


 違うな。きっと、こいつの最大の武器は、今もなお感じるこの威圧感だけだ。

 さてはこいつ、紫杏の言うとおり本当にそこまで強い魔獣ってわけじゃないな。

 相手を威圧して戦う前に勝利する。戦いになっても、その威圧で敵を怯ませ動きを鈍らせる。

 それこそが、異変の元凶であるボス狼の力だったというわけだ。


「シェリル! そいつ、ただのこけおどしだ! お前なら倒せるぞ!」


「お、おいっ! そっちの悪魔の嬢ちゃんならともかく、あの獣人の嬢ちゃん一人じゃさすがに無茶だろ!」


 変異種をたった一人で倒せと言った俺に、探索者の男性はぎょっとして忠告してくれる。

 でも違う。たぶんあいつは威圧する力がすごいだけで、実力そのものは大したことない魔獣なんだ。

 それこそ、【中級】探索者である俺たちが、一対一で戦っても勝てそうなくらいには。


「あ、あれ……たしかに、あの嬢ちゃん一人で追い詰めてるな。なんだ? あの嬢ちゃんも、そんなにすごかったのか?」


 周りの雑魚は俺たちが対処するので、シェリルはボス狼だけに集中して戦えている。

 そうなってしまえば、あとは地力が上回ってる方が勝つはずだ。

 そして、あの狼はやっぱりシェリルの動きについていけなくなっている。


「なるほど、そういうことでしたか。それなら先に言っておいてほしかったですね……」


 大量の群れを相手取りながらも、立野さんは一人でボスに挑むシェリルを見てそうつぶやいた。

 それはすまないと思う。でも、俺たちもあのボス狼が威圧だけのこけおどしだとは知らなかったんだ。


「お姉様の手を煩わせるまでもありません! すでに煩わせた後ですけど!」


 相手が格下であり、この威圧はこけおどしでしかない。

 そうわかったためか、シェリルの動きを邪魔する要因はなくなり、どんどん速度が上がっていく。

 ボス狼はすでに、完全にシェリルに翻弄されてしまっている。

 攻撃はすべて回避され、そのたびに何度も斬り裂かれていく、いつものシェリルの得意の戦法だ。


「はあ……はあ……どうですか! これで誰が群れのボスかよ~くわかったでしょう!!」


 シェリルのその叫びは誰に向けたものだったのか。

 自身を差別する現聖教会に対してか、ボスの座を奪われた群れに対してか。

 ともかく、シェリルは一騎打ちのすえに見事に変異種であるボス狼を倒してみせたのだ。


 どうにもおかしな変異種ではあったものの、これでこのダンジョンでの異変は解決できそうだな。


「ダイアウルフたちが混乱しています! 今のうちに殲滅しますよ!」


 立野の指示に従って現聖教会のメンバーたちは、狼たちに向かって一糸乱れぬ統率力で反撃へと転じた。

 元々あのボス狼の統率のもとであろうと、攻撃をふせがれて攻めあぐねている状態だったため、ボスを失い混乱している今の状況では、ただ一方的にしとめられていくしかなかった。


「シェリルやったな。まさか一人で倒せるとは思わなかった」


「い、いえ、お姉様が私でも勝てると教えてくれましたし、先生たちが援護してくれましたので……」


 おや、めずらしいな。

 いつもみたいに自分が最強だからとか、あんな狼大したことないとか、言われるかと思ったのだが、やけに殊勝なことを言うじゃないか。

 照れくさそうに顔を赤くしながら、彼女は耳と尻尾を動かしていた。

 前々から思っていたのだが、こっちが本来のシェリルの性格なのかもしれないな。


「いや、本当に大したもんだ嬢ちゃん。あのおかしな狼は倒してもらえたし、増えすぎた他の狼たちも現聖教会が対処してくれた。これで、このダンジョンもようやく正常な場所に戻りそうだ」


「そうでしょう! なんせ、私はニトテキアの人狼枠のシェリルですからね!」


 うん。もうこの虚勢というかお調子者な感じは、彼女に根付いているんだろう。

 せっかく褒めてくれたのに台無しだと軽く頭を抑えると、探索者の人たちは笑って許してくれた。


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