第59話 守護神ご出勤

「経験値稼ぎと割り切るなら、この群れの相手も楽しくなってきた」


「おい、坊主に嬢ちゃんたち、お前のところのリーダーがやばいこと言い始めたぞ」


「病気だから気にしないでください」


「そうか……病気か。なら、しかたないな」


 なぜだ。他の探索者もいるおかげで、比較的安全に狼たちを倒せるんだぞ。

 今のうちに経験値なりドロップなり、好き放題稼ぎたいじゃないか。

 というか、狩りに没頭させてくれ。そうでもないと、進むたびに増してくる圧力に心が折られてしまう。


「病気ですか? 治療いたしましょうか?」


「治らないやつなので、けっこうです」


「病気じゃない……」


 聖女にも聞こえていたらしく、治療の申し出をされるが大地がきっぱりと断る。

 きっと大地もそんな冗談でも言わないと、変異した魔獣のプレッシャーに耐えられないのだろう。

 ……冗談だよな?


「あ、あれ……経験値たちが離れていく」


「ついに経験値って言っちゃったわね……」


「せ、先生! やばそうな匂いと魔力が近づいてきます! い、いえ、所詮はダイアウルフ……人狼の私のほうが強いってことわからせてやりますよ!」


 シェリルがついに変異種の匂いをとらえた。

 彼女は怯えながらも人狼としての矜持か、自らを奮い立たせるかのように高らかに宣言する。


「……ん~? なんか、ちぐはぐしてるというか。なんだろう変な感じ」


 シェリルが感知できる距離になったためか、紫杏もおそらく相手の魔力により位置を捕捉したのだろう。

 しかし、なにか疑問を抱いているようだった。


「どうした? 紫杏」


「なんだか、威嚇してきた魔力の持ち主が見つからないというか……ごめん。よくわからない」


 珍しい。紫杏はこれまでも魔獣の魔力を感知していたのに、今回の相手はそれがわからないようだ。

 威嚇する魔力は、俺ですら感じているというのに……もしかして、本体は魔力を隠しているタイプなのか?


「聖女様! 前方から、群れのリーダーを率いているダイアウルフが接近しています! 見た目は他の狼と同じですが、おそらく変異種と思われます!」


「そうですか。それでは、変異種を最優先で討伐しましょう。それで群れも瓦解するはずです」


 きた。これまで感じていたプレッシャーが最大限になり、心がくじけそうになる。

 聖女に報告していた現聖教会の一員も、心なしか声が震えているようだった。


「な、なんだよあいつ……【上級】どころじゃないだろ。【超級】か、もしかして【極級】の魔獣なんじゃないか……?」


 探索者の一人がそんな弱音を吐くも、誰もそれを責めることはできなかった。

 ここらが限界だろ。こんなとんでもないプレッシャーの中で、まともに戦うことなんてできっこない。

 そう提案したかったが、聖女はこの威圧に何も感じていないかのように、これまでどおりダイアウルフの群れを迎え撃とうとする。


「お、おい! 変異種は確認できたんだから、帰還するべきじゃないのか!?」


 この空気の中でも大声で意見を示せた彼は立派だと思う。さすがはベテランの探索者だ。

 だけど現聖教会のメンバーは、聖女が戦う意志を見せている以上は撤退はできないらしい。


「できれば、もう少しおつきあいいただけると助かりますが……無理強いはできません。我々はあの変異種と戦うつもりですが、帰還したい方は帰還してください」


 立野さんが申し訳なさそうに言う。残る者、迷う者、帰還する者、探索者たちの判断は様々だった。

 俺たちも……狼退治は諦めるべきだな。できれば、現聖教会がいるうちに変異種をなんとかしたかったのだけど……。

 残念ながらリタイアするか。そう決めた俺に紫杏が話しかけてきた。


「私が倒してこようか?」


「……もしかして、紫杏なら倒せるってことか?」


「わかんないけど、きっと大丈夫。だってあれ全然怖くないもん」


 今の紫杏は、あのレベルの魔獣さえも倒せるようになっていたのか。

 残念ながら、俺たちには太刀打ちできない魔獣だ。ここは紫杏に任せるのが最善なのかもしれない。


「あまり紫杏頼りで探索したくはなかったけど、今回は例外だ。俺は紫杏に任せようと思う」


「なんか、いつも例外に巻き込まれてる気がするけど、いいんじゃないの? さすがに、私はあれをなんとかできる自信ないし」


「善と紫杏が納得してるみたいだし、危険はなさそうだけど。一応帰還の準備はしておくよ?」


 大地と夢子も納得したようで、紫杏にあの狼の討伐を任せることにした。

 二人とも特に紫杏を疑うことはない。強さを知っているからではなく、紫杏がこういうときに嘘は言わないと知っているんだろう。


「一応言っておくけど、無茶するなよ。危なくなったら【板金鎧】を使って、すぐに帰還しろよ?」


「はいは~い。傷一つつけずに倒しちゃうよ。なんせ、私の体は善のものだからね!」


「そうだぞ。だから無傷で勝てそうになかったらすぐ帰るぞ」


「えへへ。愛されてるねえ、私」


「そういうことは、自分で言わないようにな」


 ダンジョン内でなにしてんだこいつらという視線が突き刺さるが、特に気にすることもなく俺は紫杏を送り出した。

 ……ちょっと吸われたけど、それであの狼をより安全に倒せるというのなら、何も問題はない。


「うぅ……! お姉様! 悔しいですが、私では勝てない相手です。私の代わりにお姉様がこらしめてやってください!」


「うん、本当はシェリルが倒したかったんだね。大丈夫。うちの群れのほうが強いって教えてくるから」


 そう言って、紫杏は変異種の元へと散歩でもするかのように歩いていった。

 現聖教会が紫杏を気にすることはないが、他の探索者たちはさすがにその姿に驚きを隠せずにいる。


「お、おいっ! あの嬢ちゃん一人でどうにかなる相手じゃないだろ!?」


 探索者の男性が心配して俺たちにそう叫ぶ。

 たしかに、紫杏はこれまで戦ってもいなかったし、この人たちから見ればただの自殺行為に見えるんだろうなあ。

 でも、問題ない。だって、紫杏が大丈夫だと言ったんだから。


「大丈夫です。俺の彼女は強いので」


 さすがに狼たちも黙って紫杏を通すことはない。

 ボスを守るためなのか、ボスに命令されたからなのかはわからないが、次々と紫杏に飛びかかる。

 中には上位種らしき狼も混ざっていたかもしれない。

 でも、紫杏はそんな狼たちを一匹ずつ殴り飛ばしていった。


 狼たちは、もう起き上がることはできないだろうけど、まだ消滅したわけではない。

 【中級】ともなると、経験値も多いから万が一にでもレベルアップをしたくないんだろう。


「加減してるよ……経験値得たくないんだろうなあ」


 パーティメンバーにだけ聞こえるように、小声でそう呟く。

 シェリルはよくわからなさそうな顔をしていたが、大地と夢子には話していたので呆れたように笑っていた。


「愛されてるね。善」


「それはそうだけど、この感覚だけはよくわからん」


 サキュバス的な嗜好の問題なのかしらないが、魔獣を倒してレベルを上げたくないってどういう感情なんだろう。

 というか、俺はいいのだろうか。お前が吸ってる俺のレベルは、元は魔獣から得た経験値だぞ。


 そんなどうでもいいことを考えていると、紫杏に襲いかかる狼たちはいなくなっていた。

 獣だもんなあ。本能でこいつには勝てないと思ってしまったのかもしれない。


 しかし、ボス狼はそういうわけにはいかない。

 敗北するということは、群れのボスの座を引きずり降ろされるということだ。

 紫杏の前に立つ狼は、見た目こそ他と同じだが紫杏を前に敵意をみせた。


 そいつは他の狼よりも強かった。

 動きが他よりも速く、攻撃もきっと他よりも強い。

 きっと耐久力だって他よりもあるはずで、まさしく他の狼の上位互換のような存在だ。


 だけど、その狼が素早く飛びかかっても、紫杏は余裕をもってそれを撃退できるようだ。

 拳を構えて一撃で狼を叩き落そうと振るう。

 ……その寸前で、紫杏は攻撃を中断した。狼の攻撃を撃退するではなく回避することを選んだのだ。


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