第58話 警告……近づくべからず

「あぶなっ!!」


 咄嗟に斬撃を飛ばして狼を迎撃する。

 だが、余計なお世話だったかもしれない。なんせ彼女には自慢の障壁があるのだから。

 その証拠に、彼女はすぐ目の前まで迫ったダイアウルフの巨体を見ても、まるでそこにいないもののように無視していた。


「あら、大丈夫ですか? 烏丸様」


「いや、俺というか……まあいいか」


 あげく俺のほうを心配してくるあたり、なんとも肝が据わっているものだ。

 それか、ダイアウルフ程度では彼女の脅威になり得ないのかもしれない。

 現に、避けることも防ぐこともせずに、淡々と他の探索者たちへ障壁魔法をかけ直していたからな。


「すみません、烏丸さん! 私たちが仕留め切れなかった分のしりぬぐいをさせてしまって!」


「いえ、一応臨時とはいえパーティではありますから」


 焦ったように走ってきたのは、立野……さんだった。

 どうやら、現聖教会にとっても今のダイアウルフの襲撃は、想定外のできごとだったらしい。


「聖女様。魔獣の群れは殲滅しました」


「そうですか。では、先を進みましょう」


 聖女は、魔獣に襲われかけたというのにケロリとした様子で指示を出す。

 なんとも、豪胆な聖女様なことだ。


「そういえば、このダンジョンの狼ってやけに多いみたいですけど、これが普通なんですか?」


 少し気になったので、隣を歩く探索者の男性に尋ねてみた。


 前もって調べていた情報では、たしかにここはいきなり狼の群れが出るという書き込みはあった。

 個体は弱くても、数の暴力がここの特色だなんて注意されている。

 しかし、それにしてもこの魔獣の数は多すぎやしないだろうか。


「いや、ここ最近急に増えたみたいでな。管理人に報告してすぐに現聖教会が調査に来てくれたんだよ」


「強い個体が出たから調査してるんじゃなくて、数が異常だから調査してるってことですか?」


「そもそも数が増えてるのが腑に落ちない。こいつらは群れの仲間同士で争うことはないが、別の群れを見かけたら同族だろうがかまわず襲いかかるような連中だ」


 そんなに凶暴な魔獣だったのか。

 人間を襲うのはどの魔獣も同じことだが、まさか同じ種族同士で争うほどとは。


「じゃあ、数が増えたら魔獣同士で争って勝手に数を減らしていたと?」


「そうだな。だけど今じゃ数は増える一方で、別の群れ同士が連携して動いている。あれは、そもそも別の群れじゃないのかもしれない。つまり、このダンジョンの狼すべてを統率するボスが現れたのかもしれないな」


 ダンジョンの狼すべてが、そのボス狼が率いる一つの群れになっているということか。

 それはなんというか……。


「一番奥の層にいる、本当のボス狼がかわいそうですね」


 ボスの魔獣はボス部屋から出ることはない。

 なら、突然現れた変異種のような狼に、ボスという名前を奪われということになってしまう。


「まあ、本物のボスはボスで自分の群れを率いているから問題ないだろ」


 いっそそいつらで潰し合ってくれないかな。

 無理か。ボス部屋とそれ以外でくっきりと縄張りが分かれてしまっているもんな。


「調査対象のボスの姿を見た人っていないんですか?」


「俺たちも何度か探索しているが、そこまでたどり着けたことはない。数が多すぎてやってらんねえよ」


 それで今回の臨時のパーティというわけだ。

 よかった。あのまま、俺たちだけで探索してたらけっこう危険だったかもしれない。

 次からは、断るにしてもちゃんと最後まで話を聞かないとな……。


    ◇


 その後もダンジョンの最奥を目指して俺たちは進む。

 一度に出くわす群れの狼の数は、おそらく100を超えている。

 少し進むたびにこれだけの狼と戦うことになるなんて、たまったもんじゃない。

 そりゃあ異常事態として調査依頼もされるわけだ。


 もうすでに層を進んだことにより現れる、上位種らしき狼とも遭遇している。

 らしきというのは、その狼が本当に上位種なのか自信がなかったためだ。

 なんせ見た目が他の狼とまったく同じなのだから。


「ここの上位種の魔獣って、さっきの狼なんですよね?」


「ああ、見ただけじゃわからないが、群れを統率しているより強い個体。群れのリーダーがここの上位種だ」


 たしかに、さっきの戦闘ではより統率された群れと戦うことになった。

 本来ならそこまでですむのだが、今回はそのリーダーさえも率いるであろうボスが存在する。

 まるで連隊だ。独立した部隊を一つ一つ相手取るのとは難易度が段違いになっている。


「それでも、さすがは【上級】のパーティってとこだな」


「なんだかんだで、防御も治療も全部一人でこなしてますからね」


 紫杏とシェリル以外はと頭につくが。

 幸い俺たちは怪我していないけど、下手したら紫杏とシェリルの治療はしてもらえないかもしれない。


「聖女様だけじゃないぞ。現聖教会のやつら、狼相手に布陣を崩すこともなく撃退し続けている」


 たしかに、聖女の防御を抜きにしてもあれは大したものだ。あの布陣を抜けていく狼はわずかにいるものの、それも俺たちで撃退できている。

 というよりも、俺たちの仕事のほとんどは、そのたまに布陣を抜ける数匹の狼を倒すだけなのだ。

 それほどまでに、堅牢なあの布陣はまるで要塞のように見えてくる。


「これなら、少なくとも異変の元凶の顔を見るくらいならできそうだな」


「先生! また、新手の群れです!」


「数は?」


「リーダーらしき匂いが15……」


 おいおい、いよいよとんでもない数になっているな。

 俺だけでなく、このダンジョンに慣れているはずの探索者もそう思ったらしく、真剣な表情で戦いに備え始める。


「いよいよ近そうだ……な……」


 身構えていたはずの探索者が立ち止まる。

 他の探索者どころか、これまで順調に進んでいたはずの現聖教会のメンバーでさえも一様に同じ反応を示す。

 わかる。なんだかやばいやつがこの先にいる。

 鋭い方ではない俺でさえ、その魔力から感じる圧力に足がすくみそうになってしまう。


「どうしました? 先に進みますよ、皆さん」


 聖女だけは、そんなことおかまいないに先へ進んでしまう。

 どうもこの聖女のことを甘く見ていた気がする。

 このプレッシャーの中、平然と前に進めるほどの強者だったということなのか……。


「せ、聖女様……ダイアウルフの数が異常です。ここは引き返したほうが……」


 さすがに立野……さんも、探索を続行しようとする聖女を止めようとした。

 しかし、聖女は不思議そうに首をかしげて問いかける。


「もしかして、私は皆様を守れていませんでしたか?」


「い、いえ……聖女様の結界術は完璧でした」


「そうですか。では、これからも私が守るので問題ありませんね?」


 聖女を信頼しているのか、それとも聖女に逆らえないのか、さすがにそれ以上は何も言い返せないようだ。

 現聖教会のメンバーたちは、気を取り直してこの圧力の中を進むことを決意したらしい。


「お、おい……本気でこの奥に進むのかよ」


「我々には聖女様がついています。それに、ここまできて引き返してはなんの意味もありません。あなた方もこのダンジョンの異変の解決を望んでいるのでしょう?」


 すでに現聖教会の考えは決まってしまった。あとは俺たちが進むか戻るかだ。

 まだ敵の姿は見えない。シェリルの鼻でも感知できないほど遠方にいる。

 にもかかわらず、これだけのプレッシャーを放つ魔獣を目指して進む?

 行きつく先は全滅なんじゃないだろうか……。


「帰還の準備は常にしておいてください。最悪の場合は、私たちが時間を稼ぎます」


 その言葉を聞いて、他の探索者たちもなんとか前へと進み始めた。

 果たして、時間を稼げるような相手なんだろうか……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 この作品が面白かったと思っていただけましたら、フォローと★★★評価をいただけますと励みになりますので、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る