第57話 セッションするには音楽性が違いすぎる

 話は終わった。俺はすぐにでもこの場から離れたかったのだが、夢子がそれを止める。


「ちょっと待って、なにかおかしくない?」


「なにかって?」


「たしか現聖教会って【上級】パーティよね? そんなパーティなら、このダンジョンなんて簡単にクリアできるでしょ」


 言われてみればそのとおりだな……。

 さっきの戦いでわかったが、聖女たちの力は本物だ。

 それなのに、なぜこの場にいた探索者たちを募っているのだろうか。


「あら? 立野から、うかがっていませんでしたか?」


 俺たちの疑問は聖女にも聞こえていたらしく、聖女は不思議そうに首をかしげた。

 そうか、俺たちは学校で立野の話の途中で席を立ってしまったから、事情を最後まで聞いていなかったのか。

 さすがに、あの行動は短慮すぎたか……。


「すみませんが、俺が途中で席を立ってしまったので」


「ふふ、さっきみたいに敬語じゃなくていいんですよ?」


 本当に、人間と話すときは人当たりがいい女性としか見えない。

 この歪な二面性は、どちらかが演技によるものなのかと思ったが、どうにもどちらも本心のようだ。


「それで、現聖教会が一時的にでもパーティメンバーを増やそうとした理由って?」


「あら! うふふ、私の周りは敬語の人ばかりでしたから、そのような話し方は新鮮です」


 どうにも調子が狂うが、このままずるずると流されるつもりはない。

 質問の答えをうながすと、聖女は本題に戻ってくれた。


「あなたがたのときと同じです。このダンジョンの難度に見合わない魔獣が、出現しているみたいなんですよ」


 俺たちのときと同じ……。それはつまり、【中級】ダンジョンに現れたプレートワームのようなのが、このダンジョンにもいるということか。


「このダンジョンでも、探索者が餌にされているということか?」


「それも含めて、私たちは調査依頼を受けて派遣されたのです。もっとも、このダンジョンはただでさえ魔獣の数が多いため、人員が必要となりましたが」


 それだけでなく、現聖教会はあくまでも調査がメインであり、不測の事態にも備えて余力を残しておきたいのかもしれないな。


「どうです? 優秀な人材はいくらでも必要としていますので、よかったらお手伝いしてくれませんか?」


 そう言われると困る。

 ただの探索だったら、苦手な相手と手を組む必要なんてまったくない。

 だけど、ダンジョンの異変の解決となると、そんなわがままも言っていられないんじゃないだろうか……。

 それに、このダンジョンに【上級】の魔獣が出現しているというのなら、俺たちだけで探索をしても危険な気がする。


「……無理する必要はないぞ? 調査任務は現聖教会への依頼だ。ここで、協力を断ったとしても誰もお前らを非難することはない」


 さっきの探索者の男性は、俺が聖女を苦手としていることに気づいてるためか、そんな擁護をしてくれる。

 いっそのこと異変が解決するまで、このダンジョンのことは諦めるか?


「先生……私は気にしていませんし、パーティを組んでもいいですよ?」


 シェリルがおずおずとしながら、俺にそんな提案をしてくれる。


「私はいつもどおり、善のやりたいと思ったことについてくよ? 別に守ってもらわなくても、自分で守れるし」


 紫杏も俺が悩んでいることを察して、シェリル同様に気にしないと言ってくれた。


「ま、まあ、お姉様は最強ですし、私もここの狼程度に負けない人狼ですから!」


「うんうん、えらいえらい」


「それに……先生が言ってくれたんじゃないですか、パーティじゃないどうでもいい人間の言葉なんて気にすることないって」


 シェリルのやつ、出会ったころからずいぶんと変わったんだな……。

 これには大地と夢子も驚いたような顔をしていた。


「善と紫杏に預けて正解だったみたいだね」


「どうせ、いつかこのダンジョンを攻略するんだし、ここで異変解決のついでにボスも倒しちゃいましょう!」


「それでも、まだ調子に乗る癖は直ってないみたいね」


 どうやら、すでに仲間たちはこのダンジョンの調査をすることを考えているようだ。

 あっけにとられていると、ぽんっと大地に背中を叩かれる。


「仲間になるなんて考えなくていいんだよ。便利な【上級】パーティがいるんだし、せいぜい利用させてもらおう」


「事故の可能性は減るわね。今のうちに先の層の様子を調べさせてもらえばいいんじゃない?」


 なるほど、聖女たちが紫杏とシェリルを敵視するのに、無理に仲間意識を持つ必要などないのか。

 大地の言うように互いが互いを利用しているくらいであれば、そこまで忌避感などは感じることもない。


「ええ、それで結構です。私たちのことをうまく使ってください。それで、パーティを組んでくれますか?」


「俺たちは、危険になったら帰還の結晶を使いますよ?」


「はい。そのときは、帰還までの時間しっかりお守りします」


 堂々と現聖教会を利用すると宣言したのに、聖女は嫌な顔一つしなかった。


「ちなみに、協力することで報酬とかないんですか?」


 大地の質問を聞いた聖女は、立野を呼ぶと二人は報酬の話を始めてしまった。

 そうか、依頼だし報酬のこともあったか。しっかりしてるなあ……。


「それでは、改めてよろしくお願いしますね。烏丸様」


「あ~、悪いけどそんなに仲良くなるつもりはないので……」


 満面の笑みで両手で手を握られてしまったので、その善意を踏みにじるような発言をするのは心が痛む。

 本当に……なんで、この態度を異種族にもとってくれないんだろうか。それがあまりにも残念な人だ。


「そうですか? でも、私は仲良くなりたいですよ? 烏丸様のように、私に敬語を使わず本音を話してくれる友人なんていませんから」


「……善は私のだよね?」


 不安になったのか、紫杏が俺の背後から抱きついて尋ねてくる。

 そう思わせてしまったこと自体、俺の不手際だな。


「安心しろ。俺は紫杏のだから」


「はい、聞いた。みんな聞いたね? つまり善は、今晩は私の言いなりになってくれるってことだね!」


 騙された……。

 シェリルは目をそらし、大地と夢子はうなずいてがんばれと言ってくる。


「いつも協力してるだろ……」


「でも、5回目くらいで休もうとするじゃん。今日は私が気がすむまでずっと続けるから」


 大地に軽く肩を叩かれる。

 その表情は、俺のせいなんだから諦めろと語っているかのようだった……。


    ◇


「? よくわかりませんが、報酬の件も話し終わったようでしたら、改めて調査を進めましょうか」


 聖女がそう仕切り直すと、現聖教会のメンバーたちは先行してダンジョンの奥へと進んでいった。

 俺や他の臨時メンバーたちは後方へと配置してもらっているため、何度か話した探索者の男性も近くに見える。


「聖女様! ダイアウルフの群れです!」


 またか。さっき倒したばかりだというのに、数もさることながら魔獣との遭遇の頻度も他のダンジョン以上じゃないか?

 聖女は先頭集団の報告を聞いて、再び魔法による防御を固めた。

 相も変わらず数も多く、多方向からの別動隊と連携までされるため、自然と戦いは乱戦状態に移行してしまう。


「こうなると、前方も後方もないな!」


 俺たちは俺たちで、他の探索者への負担を少しでも軽減すべく、目の前のダイアウルフたちの殲滅へと専念する。

 しかし……敵は数も多く機敏なため、周囲の探索者たちは何匹かのダイアウルフが味方集団の中へ侵入することを許してしまっているようだ。


「それでも、ちゃんと仕留め切るあたり、現聖教会も他の探索者たちもしっかりと強いな」


「なら、足を引っ張らないように注意しないとね」


 大地の言葉に頷き、優先して倒すべきダイアウルフを瞬時に判断して倒してを繰り返す。


 一つわかったが、聖女の障壁も完璧なものではないらしい。

 おそらく耐久値のようなものがあり、何度か攻撃を受けると破壊されてしまっているようだ。

 そのため一度障壁が破壊されたら、聖女が改めて魔法を使用している。


 それに注力していたためか。

 一匹のダイアウルフが、現聖教会たちの間をすり抜けて迫っても、聖女はまったく気がつく様子がなかった……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 この作品が面白かったと思っていただけましたら、フォローと★★★評価をいただけますと励みになりますので、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る