第56話 聖なる差別主義者

「離れる?」


「いや、もうどちらも目視できるほどの位置にいる。ここで先に発見した群れを放置したら、多分あの乱戦の中に新手の敵として乱入しそうだ」


 俺たちにそんな気はないが、それを魔獣を押しつけられたなんて言われても面倒だ。

 幸い数も多くないことだし、さっきまでと同じ要領で倒してしまおう。


「連戦になる可能性が高そうだし、魔力は温存しながら戦おうか」


 大地はそう言って狼たちを毒状態にした。

 体に異常をきたしたことで、狼たちの動きはわずかに鈍くなる。

 そこを夢子は魔法で一気に弱らせ、最後に俺とシェリルが元気そうな狼から仕留めていく。


「さすがに、これだけの数となると時間かかるよなあ……」


 それでも被害などなく倒せたので、普段であれば十分な結果だ。

 だけど、俺たちが狼を倒し終えるまでの間に、別のパーティと狼の戦いはこちらへと近づいてきてしまっていた。


 大量の狼たちと戦っているこれまた大量の探索者たち。

 予想どおりというか、それは現聖教会と臨時のパーティたちの集まりだった。

 残念ながら、もう目と鼻の先まで近づいているため、向こうもこちらの存在に気づいている。


「ニトテキアのみなさん! ちょうどよかったです。余力があるようでしたら、加勢していただけませんか!?」


 断ることもできる。

 ダンジョンに潜った者同士、わざわざすべてを助けるなんて無理なのだから。

 だけど、厄介なのはそれなりにファンが多いパーティの現聖教会の頼みだ。

 そして、俺たちは余力が十分にあり、狼の群れも特に問題なく倒せる実力もある。


 力がある者が、苦戦している者を助ける義務なんてない。

 だけど、世間がどう思うかはまた別の問題なのだ。


「……しかたない。適当に助太刀しておくか」


「うん、変なわだかまりを持たれるよりは、最低限の助力をしたほうがよさそうだね」


「私が全部蹴散らそうか?」


 俺が嫌そうにしているからか、紫杏がそんな提案をしてくれる。

 だけど、むしろそっちのほうが俺には嫌なことだ。

 だって、こいつら絶対紫杏に助けられても礼の一つも言わないぞ。


「紫杏の力をこいつらに見せる必要なんてないよ」


「つまり、私を独占したいと! いやあ、照れるね~」


 なんか勘違いされたけど、本人が納得してくれたようならそれでいいか。


「それじゃあ、いつも以上に無理せずに最低限戦おう」


「はい! 全力で最低限戦います! ……あれ? むずかしいですね」


 首をかしげながらもシェリルはとりあえず狼の群れに突っ込んでいった。

 シェリルをサポートするように、攻撃や回避がしづらぞうな位置にいる狼に斬撃を飛ばす。

 大地と夢子は集団の状況を冷静に見定めて、できるだけ狼への被害が大きくなるように魔法を放つ。


「やるなあいつら」


「万年【中級】とはいえ、少しは俺たちも先輩らしいところ見せないとな!」


 現聖教会の正規メンバーではない探索者たちは俺たちの動きを褒めてくれて、負けじと剣や魔法で狼たちを次々と攻撃していく。

 なんだ。これなら俺たちがいなくても、時間さえかければこの程度の狼の群れ対処しきれただろうな。

 助太刀をするべきじゃなかったか? いや、でも聖女直々にお願いされてはいたからなあ……。


「防御します!」


 混戦の中でもやけに耳に届く声で、聖女が宣言する。

 すると、俺たちや他の探索者たちに障壁の魔法が展開された。


 その魔法を頼りにしているのか、中には初めから防御も回避もしないで狼に攻撃だけする者たちもいる。

 たしかにこれだけの障壁があるのなら、狼の攻撃はまったく問題にならないみたいだ。

 現に無謀な攻撃を続ける探索者を襲う狼が、障壁に弾き返されて体勢を崩してしまっている。


「さすが聖女様! こりゃあずいぶんと戦いやすい!」


 現聖教会のメンバーではない探索者たちでさえ、その障壁の恩恵には素直に感心していた。

 ……たしかに、この防御はすごい。だけど、それだけを頼り切って突っ込むのはいかがなものか。

 さっきまで盾で攻撃をさばいていた探索者のその洗練された技術は、今は見る影もない。

 狼の俊敏さに対応していたはずの探索者も、回避を捨てて攻撃に没頭している。


「……俺たちは、いつもどおり戦おう」


 ケチをつける気はないが、俺は自分に展開されている障壁がないものと思いながら戦いを続けることにした。


    ◇


「いやあ、ニトテキアの連中もやるもんだな。噂どおりの少数精鋭のパーティだ!」


「ありがとうございます。そちらの盾の扱いも最初はすごかったですね」


「ははは、聖女様と組んでいる間は無意味な技術だったみたいだけどな」


 それでいいんですか? と聞きそうになったが、その言葉はぐっと飲みこむことにした。

 やめよう。自分たちで言っていたとおり、この人は俺たちの先輩ともいえる探索歴なんだ。

 その人がそれでいいと判断したのなら、下手に俺が口出しすべきではない。


「すみません。ニトテキアの皆さまを巻き込むことになってしまって……」


 聖女が息を切らして近づいてくる。

 あれだけの大人数に、常時と言えるほどの障壁を張り続けたのだから、さすがに疲れも出ているのだろう。


「ところで、怪我はされていませんか? 必要であれば治療しますが」


「いえ、大丈夫です。それでは俺たちは先に進むので」


 会話は最低限。俺は一刻も早くこの場から離れたかった。

 はっきり言ってしまうと気分が悪い。


「待ってください。先ほどの戦いでも、私たちはうまく協力できていたと思います。ここは魔獣の数も多いことですし、やはり一時的にパーティを組みませんか?」


「結構です」


 改めての申し出に、俺は他のメンバーへの確認をすることもなく、即座に断りの言葉を返す。

 聖女は俺の言葉をしばらく考えるも理解できなかったようで、疑問を口にした。


「……どうしてですか? そのほうが安全に効率よく探索できると思うのですが」


「仮にパーティを組んだとして、あなたはニトテキアのメンバーのサポートをしてくれるんですか?」


 聖女はやはり俺の言葉の意味が理解できていないらしい。

 少しの間をおいても、問いかけの意味が本気でわからないというように返答する。


「それはもちろんです。現に、先ほどもニトテキアの人間に障壁を使ったじゃないですか?」


「それだよ。なんで、俺にしか障壁を使ってないんだ」


 張られた障壁は俺に対してだけだった。

 紫杏と大地と夢子はまだわからなくはない。みんな後衛であり狼たちの攻撃範囲の外にいたのだから、無駄な魔力は使用したくないと言われたらそれまでだ。

 だけど、シェリルの場合はそれは通じない。この子は単身で狼の群れに飛び込んで戦い続けていた。

 仮とはいえパーティを組んだというのなら、そのシェリルを守るのはあんたの役目じゃないのか。


「……ニトテキアのことは守りましたよ?」


 だめだ。まったく話が通じていない。

 ここまで徹底して存在を無視されると、差別とかそんな次元ですらない。

 この女には、そもそもシェリルと紫杏がそこにいるものとして認識されていないかのようだ。


「それが答えなら、俺があんたとパーティを組むことは絶対にない」


「そうですか……。それは残念です」


 聖女は、俺がなぜ怒っているのかさえも理解できていないようだ。

 俺はいまだに不思議そうにしている聖女をおいて、パーティの仲間たちとこの場を離れようとした。


「お、おい……ニトテキア。なんというか、その。不快な思いにさせて悪かったな」


「いえ、あなたは別に現聖教会のメンバーではありませんから……」


「それでも、一時的にとはいえ、パーティメンバーがすまなかった」


 そんな俺たちに向かって、探索者の一人が俺たちに頭を下げてくれる。


「なんというか、あの聖女様は極端みたいだな。人間にはまさしく聖女様だが、異種族なんか眼中にないのかもしれない」


「それでも、この先も組み続けるんですか?」


「まあ……人間にとっては恩恵があるからな。俺も今日は随分と戦いやすいし、悪人ってわけではないと思うんだ。もっとも、お前にとってはそうはいかないかもしれないけどな」


 なんだか、聖女様の人気が極端な理由がわかったような気がする。

 実力はある。性格もいい。だけどそれは人間に対してだけだ。

 徹底的な差別主義者。聖女様に憧れている一般の人々は、これを目の当たりにしても聖女様に憧れたままなのだろうか……。


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