第55話 わんわんぱらだいす
案の定というか、狼ダンジョンは砂地ではなかった。
だけど下手したら砂地より面倒かもしれない。
雪の中に沈んでいく足を見ながら、俺はそんなことを考える。
「相変わらず足場が悪いのは、どうにかならないのかな」
「戦いにくい環境も、難度に含まれているのかもね」
だとしたら、俺は今後まともな場所で剣を振るうことはできないのかもしれない。
というか、勇み足で適応力の砂地版をとらなくてよかった。
せっかくレベルを上げたスキルが、次のダンジョンでは使えないとなるとさすがに落ち込むぞ。
「寒いね~。善専用の人肌がここにあるよ~。抱きつこうか?」
「……やめておく」
「迷ったわね」
きっとあれだ。寒さで思考力が低下しているんだ。
つまりこんなダンジョンなのが悪い。
「だいたいなんで雪原なんだよ。狼なんだから草原でいいだろ」
「そもそも、ダイアウルフって魔獣なの?」
「現世界のダイアウルフとは関係ないみたいだよ。なんか大きな狼型の魔獣だから、そう名付けられただけみたいだね」
わりといい加減だな管理局。
しかし、大きな狼ね……。
ちらりとシェリルを見てしまう。
「シェリルより大きいのかな」
「い、一緒にしないでください! 私はダイアウルフより強い人狼のシェリルです!」
心外だというように、シェリルに怒られてしまった。
その直後、シェリルは鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ始める。
もしかして、魔獣の匂いでも見つけたか?
「げっ、いきなり群れてます。ほら、群れなきゃ戦えない、そんなやつらなんですよ。所詮は!」
「対抗意識がすごいな」
「シェリルが吠えてる方から、10匹くらい走ってきてるね」
シェリルがいち早く敵の接近に気づく。
ただし、届きもしない声で煽り散らかすだけなので、もう少し詳しい内容は紫杏が教えてくれた。
「いきなり群れと戦うことになるのか、今までのダンジョンとは違うみたいだな」
たとえ狼たちがゴブリン程度の強さだとしても、力の入れにくい足場といきなりの集団戦ということで、【初級】のころではなすすべなくやられてしまっていただろう。
「集団なら私の出番ね。こんな雪原に生息しているなら、火にも弱そうだし」
「獣系なら僕の毒も効きやすいだろうからね。そこの狼みたいに」
「ぴえっ! 先生~、大地がいじめてきます!」
「よしよし、今回は二人に削ってもらって、俺とシェリルは残ったのを狩ろうな」
「先生! 特にいじめられてないけど、あなたの彼女もなでてほしそうです!」
「……まあ、いいか」
大地と夢子が魔法の準備をしている間、俺はシェリルと紫杏をなでることになった。
魔法組にまたかという視線を向けられたが、俺に責任はないと思う。
「さすがにワームよりは耐久力は低いんでしょうね」
「こんな浅瀬でワームの群れなみの魔獣が出たら、【中級】でも上位のダンジョンになるよ」
夢子の腕を払うようなしぐさで、前方の広範囲に炎が出現する。
雪の中でも炎は勢いよく燃え盛り、前方から迫っていた狼の群れはその中へと突っ込んでしまった。
そこに追従したのは、大地の毒魔法。
見るからに危険な色の霧は、炎よりも広範囲に出現して狼たちを呑み込んだ。
「ああ、やっぱり狼には効きやすいね」
「ええ、よく燃えてくれるから助かるわ」
「私を見て、言わないでもらえます!?」
たしかに、狼の一頭一頭はシェリルくらいには大きい。
人間大の狼となると、戦闘能力もそれ相応に高いんだろうな。
そんな狼たちが、炎で焼かれて毒で吐血して、みるみるうちに瀕死へと追い込まれている。
「やっぱり、頼りになるなあ」
「魔法が効きやすくて耐久力も低いからね。僕たちにとって相性がよかっただけだよ」
「それよりも、そろそろその辺のダイアウルフ死ぬわよ。善が倒してレベル上げちゃったら?」
焼肉中に、その肉もう焼けてるよと言われるくらいの気軽さで、魔獣を殺せと言われた。
なるほど……なんだか、ワームにひたすらとどめを刺させていたときの気分がわかったような気がする。
「まあ、倒させてもらうけどな」
斬撃でひと思いに介錯してやった。
そう思うことにしよう。そもそも、見た目は狼だけどれっきとした魔獣だ。
かわいそうだなんて思うと、こっちがあっさりと殺される。
◇
「ひととおり倒してみたけど、当然ながら一頭の強さは一番弱いワーム以下だね」
「でも、コボルトよりはさすがに強いし機敏だったわ」
「一掃しちゃったからわからないけど、群れとして連携されると面倒かもな」
上位種の群れが出た場合、連携してこちらの死角ばかり攻撃されることもありうる。
そうなると、さすがに楽観視はできない……そもそも、こいつらの攻撃はどの程度のものなんだろう。
無傷で倒したことにより、そのあたりはわからなかったな。
まあ、ダメージは受けないにこしたことはないけど。
「とりあえず、少しずつ進んでいくとしようか。数が増えすぎたら面倒かもしれないし、確実に殲滅していこう」
「そうだね。どうも数の暴力こそが向こうの最大の強みってことになりそうだし」
数の暴力か。
そういう意味では、現聖教会たちのほうもそんな状態になっているな。
やっぱり、向こうについていかなくてよかったかもしれない。
敵も味方も大人数となると、慣れない集団戦となって変に疲れそうだ。
「先生! 今度は15……いえ、左右から隠れて近づいているのが5頭ずつなので、25頭が近づいています!」
今度はまじめに報告してくれたシェリルの言葉を聞いて、俺たちは新手の狼たちを迎え撃った。
とりあえずレベルも上がったことだし、【剣筋倍加】で増えた斬撃を左右に飛ばすと、狼たちは悲鳴を上げて消滅した。
「シェリルの鼻がすごい便利だ」
今さらではあるが、匂いだけで遠方の敵が把握できるってすごいよな。
ワームダンジョンで常に目を閉じて嗅覚だけで行動していたので、その辺に磨きがかかったのかもしれない。
「はい、人狼ですから! 先生とお姉様の匂いが、毎日複雑に混ざり合ってるのもお見通しです!」
「そこは、見通さなくていいかな……」
「今日もいっぱい匂いを混ぜようね!」
シェリルの余計な一言が、紫杏をはりきらせてしまった……。
今晩もまたすごいことになってしまいそうだ。
「せめて、狼を倒してレベルを上げておこう……」
俺にできる備えはそれくらいしかなかった。
大地と夢子が、俺に優先的に瀕死の狼をあてがってくれるのが、なんだか悲しい。
◇
「それにしても、現聖教会たちの気配がまったくないな」
気配というか、あれだけの大所帯なのに物音一つこちらに聞こえてこない。
それだけこのダンジョンが広いということもあるのだろうけど、なんだか不気味だな。
それとも、すでに階層を移動してしまったため、向こうとは別の区画にいるのだろうか?
「先生! 次は50です!」
「多いな……」
狼たちは奥に進んでも強くはならない。だけど、その数がどんどん増えていく。
もはや、一度戦うごとに乱戦ともいえる状況になりつつある。
これ、他のグループの戦いと混ざったら、とんでもなく面倒な状況になりそうだぞ。
「先生! 別の場所からも狼……いえ、すでに別の探索者たちと戦闘中です!」
面倒ごとが、近づいてきているみたいだ。
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