第54話 氷のように冷たい眼

「聖女様って言っても、努力の聖女と特異の聖女が有名すぎるのよね」


「やっぱり、黎明期時代の二人になっちゃうよな」


「聖女と言えば、で出てくるのその二人のどちらかだからね」


 特に特異の聖女のほうは、後の女神様ということもあって、こちらでも絶大な知名度を誇っている。

 だけど、あくまでも聖女時代での功績と考えると、それに匹敵するのは努力の聖女だ。


「その二人のおかげで、異世界の教会ってすごい権力持ってるんだっけ?」


 もはや一国なみの地位と権力を有しているらしいとは、異世界からの渡航者からもわりとよく聞く話だ。

 なので、もしも現聖教会が同じように権力を持ってしまうと面倒そうだ。

 本当に聖女様と認められてしまったら、先達の功績もあってその聖女の言動は決して無視できないものになる。


 そして、問題なのはどうやら現聖教会のメンバーは、魔族に否定的な意見であること。

 今後、シェリルや紫杏に絡んでこないといいんだけどな……。


    ◇


「そんなことがあったんですね。やはり、魔族であることは隠して、獣人のふりをするべきなんでしょうか……」


「ええ? シェリル、前みたいな変な子になっちゃうの?」


「へ、変な子って……」


 紫杏の言葉に大地も頷いた。


「魔族であることを隠さずに、現世界に溶け込もうとする今のシェリルは立派だと思うよ」


「体調でも悪いんですか? 大地が私のことを褒めるなんて」


「体調が悪くなるのはシェリルのほうだね。今からすぐにお腹を下すことになるんだから」


「すみません! これからダンジョンなので、勘弁してもらえませんかね!?」


 シェリルの調子が悪くなっても困るので、適当なところで大地を止めておく。

 なんせ、これまでのように慣れているワームダンジョンではなく、新たな【中級】ダンジョンに挑むのだから。

 ……いや、慣れてたとしても仲間の一人が毒に侵されてるとか、だめなんどけどな。


「今日はウルフダンジョンに行こうと思うんだけど」


「やっとワームから解放されるんだね……」


「ついに目を開けることができます!」


 悪かったから、そんな反応しないでくれよ。

 シェリルは、目を閉じたままワームの攻撃をすべて回避できる自分の凄さを誇ってくれ。


「狼って魔獣なの?」


「そのまんまの狼じゃなくて、ダイアウルフって魔獣が出るみたいよ。普通の狼よりデカいのが」


「シェリルとどっちが強いのかな」


「さ、さすがに私のほうが強いはずですけど!?」


 大丈夫かな。なまじ同じような種族なだけに、一度負けたら群れの下っ端にならないか心配になってきた。


 俺の心配はさておき、ウルフダンジョンに到着すると、そこはやたらとたくさんの探索者たちで賑わっている。

 ワームが不人気だっただけかもしれないが、それにしたって、こうも人だらけなものなのだろうか?


「おっ、ニトテキアだ」


「あいつらも現聖教会目当てか?」


 なんか……早くも嫌な名前が聞こえてきたぞ。

 嫌な予感がするのと同時、さっき話したばかりの人が再び俺達の前に現れた。


「早い再会でしたね。これも女神様の思し召しでしょうか?」


「立野……さん」


 こんなことなら、話を最後まで聞いておくべきだったのかもしれない。

 それなら、少なくとも再び出くわすことは避けられてのに。


「あ~、現聖教会もここを探索する予定だったんですね。それじゃあ、俺たちはまた別の日にするので……」


「いえいえ、そんなこと言わずに探索なさってはどうですか? 私たちも、他の探索者の方たちの邪魔をしたくはありませんから」


 聞こえてきたのは、男ではなく女の声。

 それは、人だかりの中から立野のほうへと近づいてくる、小柄な少女のものだった。


「はじめまして、ニトテキアの皆様。私、現聖教会のリーダーを務めさせていただいております、白戸しらと美希みきと申します」


「ということは、あなたが聖女ですか」


「まだ公認されていませんけどね? ですが、黎明期の異世界の聖女様たちのような、立派な聖女を目指しております」


 う~ん、悪い人ではなさそうなんだよなあ……。

 だけど、魔族を敵視している集団というのであれば、きっとこの人とも仲良くすることはできない。


「じゃあ、俺たちはこれで」


「そうだ。せっかくですから、一緒にパーティを組みませんか?」


 さぞ、いいことかのように提案されるも、俺たちにとってはありがた迷惑でしかない。

 そもそも、その一緒にというのには、紫杏とシェリルは含まれているんだろうか?


「いいえ、おかまいなく」


「ですが、このダンジョンは群れをなした狼だらけなので、人数が多いほうが戦いやすいですよ? それに私は聖女ですから、パーティ全員を守って癒すなんて得意中の得意なんです」


 聖女は、胸を張って少々子供のようにそう言った。

 周囲の探索者は、その様子を好意的に見ているみたいだ。


「遠慮するなよニトテキア。俺たちも今日だけ組むつもりだし、連携なんて気にしなくても平気だぞ? それぞれ、好きなように戦って余裕があれば、サポートすればいいんだから」


「すみませんが、俺たちは慣れていない状況だと、うまく戦える自信がないので……」


「そうか? ずいぶんと慎重なんだな。新人上がりの探索者なのに大したもんだ」


 俺たちに気遣ってくれたらしい探索者の男性は、そう笑いながら現聖教会の集まりに戻っていった。


「じゃあ、俺たちはこれで」


「おう、気をつけろよ」


 やっぱり、あの探索者たちは悪い人ではなさそうだ。

 かといって現聖教会は悪い人なんだろうか?

 なんかうまく言えない気持ち悪さがある。いっそ、ワームダンジョンの探索者や樋道のやつのほうがわかりやすいぶん楽だったかもしれない。


「気が変わったら、いつでも声をかけてくださいね? 烏丸さん」


 ああ、やっぱりそうか。紫杏とシェリルには一瞥もせずに、俺だけと会話するんだな。

 聖女様は悪意の欠片もなく、魔族の二人をごく自然に自身の認識から除外していた。


    ◇


「……気にすることないからな?」


「いえ……気にしますよ」


 やっぱりそうか……。

 シェリルだって、あんなにあからさまに無視されたら気分が悪いだろう。


「言っておきますけど、ダイアウルフなんて所詮は群れないと戦えない狼族の下っ端ですから! 最強の道を歩む人狼とは比ぶべくもないと、先生に見せてあげましょう!」


「ん?」


「はい?」


 シェリルは、先ほどの聖女のことなどみじんも気にしておらず、まだ見ぬダイアウルフたちへ謎の対抗意識を燃やしているようだった。


「えっと……さっきの聖女の言葉とか、気にしてないのか?」


 言ってから余計なことを聞いたと反省する。

 わざわざ本人が別の話題をしているのだから、俺が根掘り葉掘り聞くべきことではなかったのに。


「当然です! なんせ、あの女は私のパーティじゃありませんから! 私が気にするのは、私のパーティの言葉だけです!」


「そっか……そりゃあ最強の道を一歩進んだな」


 出会ったころの周囲のことばかり気にしていた人狼は、いつのまにかたくましくなっていたようだ。


「シェリル偉い! 偉いから、頭をなでてあげます!」


「わ~い」


 そして、紫杏も当然ながら聖女の言葉など一切気にしていない。

 というか、まともに聞いていたかすら怪しいな。こいつの場合。


「それじゃあ、パーティの一員である僕や夢子の言葉も少しは聞いてくれるんだよね?」


「うっ……語るに落ちました! 先生ヘルプ! 腹黒がなんか私に、いかがわしいことしようとしています!」


「さすがにここで毒は使わないけど、シェリルが失言すればするほど、ダンジョンの外に出た瞬間にかかる毒の種類は増えるからね?」


「もう毒にかかることは前提の言い方じゃないですか!」


 うん。やっぱり慣れない別のパーティと組む必要はないな。

 俺たちは俺たちで、このまま楽しく効率よくダンジョンを踏破していこうじゃないか。

 しかし……これだけ騒いでいたら、狼たちに気づかれるんじゃないだろうか?


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