第53話 ぼくらは人間の子
「なんかやけに騒がしいな」
「そうだね。なにかあったのかな?」
登校すると、なんだか学校全体が妙に色めき立っているような雰囲気だった。
廊下も教室も、いつもよりも話の熱量が大きいように思える。
「烏丸! 木村! 聞いたか!?」
俺たちが教室に入ってきたことに気づいた一人のクラスメイトが、やや興奮気味な様子で話しかけてくる。
「聖女様のパーティがきているみたいだぞ!」
「聖女か~……」
「なんだよ烏丸。聖女様に会えるかもしれないのに、なんでそんな冷めてんだよ!」
そりゃあ、俺だって本物の聖女様に会えるのなら、多少なりとも気分は盛り上がるよ?
でも、その聖女様って管理局公認じゃないからなあ……。
それに……たしかに聖女様は一部では人気だけど、やけに嫌われているような発言も少なくない。
「そもそも聖女様って、異世界にすらもう何十年も現れていないんだよね?」
「うっ、それはそうだけど……だからこそ、現世界のほうに初めて現れた聖女様かもしれないだろ?」
「たしか現聖教会だっけ? 聖女を名乗るリーダーと、現世界の教会として活動してるとかいうパーティ」
聖女様は、現世界でも異世界でも非常に人気がある。
それも当然だ。始まりの四女神様の一人が聖女様だったんだから。
だけど、あまりにも人気なためか、現世界でも異世界でも自称聖女がたびたび現れる。
傷を癒したり、人々を守ったり、危険な生物を退治したり、かつての聖女様の偉業が自分にも行えたため、本気で勘違いしていた人さえいたらしい。
現聖教会というパーティが発足されてからも、どうせその手の類だろうと、初めは冷ややかな目で見られていた。
しかし、ダンジョンを順調に攻略し、その過程で幾人もの探索者を救ったことから、カルト的な人気が増えていった。
さらにくだんの聖女様が、奥ゆかしく礼儀正しい美少女ということで、ある種のアイドルのようにも扱われている。
「まあ、騒ぐ気持ちもわからなくもないか」
「だろ!? なにしにきたんだろうな? もしかして、俺たちも今年から探索できるようになったし、有望な探索者として勧誘してくれるんじゃないか!?」
たしかに、そんな噂が飛び交っているのであれば、学校中も騒ぐはずだな。
「俺たちはもうパーティ組んでるし、関係ないな」
「そもそも、善は紫杏がいるから聖女様に興味ないでしょ」
前に聖女様の姿をテレビかどこかで見たことはある。
でも、紫杏のほうが美人だったからな。
「今日は聖女みたいにしてあげようか?」
お前サキュバスなんだから、聖女とは真逆だろ。
腕に抱きついてくる紫杏を見て、先程まで話しかけていたクラスメイトは気を使って話を切り上げてくれた。
「いいよなあ、お前には北原がいるから」
たしかに、もしも紫杏がいなかったら、俺もその聖女とやらを気にしていたかもしれないな。
そんなことを考えていると、教室の外が騒がしくなってきた。
それから間もなく戸が開かれると、騒ぎの中心にいた人物がこちらへと歩み寄ってくる。
教室内は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返るも、堪えきれなかったかのように誰かがつぶやく。
「あ、あの姿。現聖教会だ……」
なぜか俺たちの目の前にいる一条さんみたいな真面目そうな男性。
たしかにこの男性の意匠は、現聖教会の共通のものと同じだ。
俺たちもパーティメンバーで統一の装備とかマークとか、考えた方がいいのかな。
「はじめまして、私は現聖教会の
「え、ええ。そうですけど、俺たちになにか用ですか?」
意外だ。現聖教会のメンバーですら、俺たちのことを知っているなんて。
だけど接点もないのに、わざわざ学校にまで訪れるほどの用件なんてないはずだぞ。
心当たりが思い当たらずにいると、立野さんは続いて告げた。
「申し訳ありませんが、応接室まできていただけますか?」
「ここじゃだめなんですか?」
「込み入った話になりますので、できれば人目が少ないほうが……」
さてどうするか。
相変わらずなにも心当たりがない。ならば話だけでも聞いてみるか?
万が一この人が俺たちに何らかの危害を加えようとしているのなら、わざわざ学校にきて目立つような行動もとらないだろう。
少なくとも学校内であれば、中には【上級】の教師もいるし、下手に外で会うよりも安全だよな。
「俺は話すくらいはいいと思うけど、みんなはどうする?」
「ここで話すのは、僕もかまわないよ」
「そうね。わざわざ学校に来てくれたんだし、問題ないでしょ」
大地と夢子も、学校でなら変な行動には出ないだろうと判断したようだ。
そして紫杏はというと……。
「善がいいなら、別にいいよ」
一応、それなりに有名なパーティのメンバーがきているのに、いつもの紫杏のままだった。
まあ、それは俺たちも同じことか。
◇
「すみません。授業の邪魔をしてしまって」
「かまいませんよ。探索者になってからは、出欠はわりと自由なんで」
何気ない話を交わすと立野さんは本題に入ろうとしているのか、柔らかな笑みから真面目な表情へと変わる。
「それでは、さっそくですが本題を。ニトテキアの人間のみなさん。我々現聖教会に加入しませんか?」
「ずいぶんと突然ですね……」
「それについては謝罪します。ですが、あなた方は聖女様直々に勧誘するように指名されたのです」
聖女に? なんでまた……俺たちがプレートワームを倒した噂でも聞いたのか?
いや、そもそもそんな大事な話なら、まずはパーティ全員で聞かないとだめだろ。
「あの、俺たちのパーティメンバーはもう一人いるんですけど」
「ええ、知っています。ですが、人狼ですよね? 魔族の」
……なんか、嫌な言い方だな。
「現聖教会は、聖女様が人間を守るために発足したパーティです。人間以外は必要としていません。ましてや、魔族など相容れぬ敵ですからね」
なるほど、魔族に対して偏見を持っている集団ってわけか。
なら、話にならないな。
「そうですか。ではお断りします」
「……悪い話ではないと思うのですが?」
「シェリルは俺たちの仲間なので、そのシェリルを相容れないのであれば、一緒に探索なんてできませんから」
「魔族ですよ?」
だめだ。ここまで魔族否定派の集団だとは思わなかった。
この人は本気で不思議そうに俺たちに尋ねている。
なぜ、魔族なんかのために、自分たちのパーティへの加入を蹴るのかと。
「……さっき、ニトテキアの人間って言いましたよね?」
俺と立野さんでは話が平行線になると思ったのか、大地が会話に割って入る。
そこで俺も気がついた。ああ、そういうことか。それは絶対にダメだ。
「ええ、ですから烏丸さんと木村さんと細川さんをお誘いしています」
そこには、当然のように紫杏とシェリルの名前が入っていない。
なんだそれは。そんな条件で俺が本当に加入するとでも思ったのか。
「話はそれだけですよね? それじゃあ、俺たちは授業があるので失礼します」
「これは名誉なことなんですよ? そんな悪魔や人狼のために話をふいに……」
「そんな悪魔も人狼も、俺は聖女なんかよりも大切なんだよ」
あれ以上発言を続けさせると、紫杏やシェリルに不快なことを言われそうな気がした。
そのため、途中で遮ったのだが、どうにもすでに俺は頭にきていたらしく、ついつい言葉が強くなってしまった。
立野は最後まで俺の言動を理解できないといった様子だった。
◇
「よかったの? 聖女様と仲良くなれたかもしれないよ~?」
「わかって言ってるだろ……俺は聖女より紫杏がいいの」
「だよね~」
教室に戻る間、紫杏がいつにもまして上機嫌でべたべたとくっついてきた。
しかし、教室に戻っても周囲はいつものことかと慣れているようで、特に言及してくることはなかった。
さすが長年同じクラスだっただけあって、みんなにとっては今さらだったみたいだな……。
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