第62話 よみがえる聖女伝説

「今日はウルフダンジョン踏破しちゃおうか」


「一応、前回の調査であのダンジョンの上位種の強さもわかったからね」


「問題があるとしたら、前回と違って他の探索者たちと一緒に行動していないってことだけど、魔獣の数も減ってるはずだから、なんとかなりそうね」


 俺の提案に大地はわりと肯定的な言葉を返してくれた。

 夢子のほうも少し懸念点こそあるものの、概ね賛成してくれているようだ。

 紫杏は俺にくっついているし、シェリルはむしろノリノリでダンジョンに挑むだろう。

 それじゃあ、今日は改めて様子見でダンジョンに潜り、問題なければそのままボスを倒すのが理想的だな。


「へえ、問題が解決したばかりでもう次の調査か……それに、これはちょっと」


 大地が端末をいじりながら、そんなことをつぶやく。興味深い情報でも見つけたんだろうか?


「なにか面白い記事でもあったのか?」


「ほら、これ」


 そう言って、俺たちに見せてくれた端末にはとある記事が掲載されている。

 こうして見ると、やはりわりと有名なパーティというか組織なんだよな。現聖教会って。


「魔獣や異種族に襲われた人間を助ける現代の聖女か……」


「立野みたいな経緯の人間が、探索パーティ以外にも大勢いるみたいね」


 たしかにやっていることは、昔から存在する異世界の教会と同じだ。

 人々を魔獣や災害から守る。そして、魔獣を倒して危機を排除したり、怪我人や病人を治療する。

 始まりの四女神の一人。治療の女神アリシア様がまだ人間だったころ、聖女として同じことをしていたと言われている。

 その役目は次代へと引き継がれ、今もなお異世界の教会は人々のために在り続けている。


 だからこそ、その効果は現代の人々にも非常に有効だ。

 かつての聖女と同じ存在が現代にもいるというのなら、その力で守られるという安全はあまりにも魅力的だ。

 直接かかわりがない人たちでさえ、そんな思いが浮かぶだろう。

 それならば、危機から救ってもらった人々が現聖教会に尽くすために所属するのも当然かもしれない。


「これから、現聖教会はさらに大規模な組織になりそうだな」


 とはいっても、もはや俺たちと現聖教会とは無関係だ。

 巨大な組織になったら運営も大変そうだなとか、異世界の教会のように一つの国家に匹敵する存在となると、今度は世界中のお偉いさんが大変だななんて思うけど、悪いが他人事でしかない。

 そのまま記事の続きを読んでいくと、現聖教会の直近の成果として例のウルフダンジョンの調査結果が発表されていた。


「【中級】の探索者たちの協力によって異変は解決。特に、【中級】チームのニトテキアは、変異した魔獣の討伐までしていただき、非常に貢献してくれた……か」


 なんだか、こうして自分たちのチーム名が掲載されているのは不思議な気分だ。

 だけど、今後さらに上の探索者を目指しているので、こういった評価をしてもらえるのはありがたくもある。


「問題はその先だね」


「その先?」


 記事の続きを読み進めていくと、ウルフダンジョンの調査は完了したことと、今後の調査について書かれていた。

 なんでも、今後は現世界の異種族が、人間に被害を及ぼさないように可能な限り動いていくらしい。

 あくまでも危険な異種族のみが対象であり、異種族と人間の共存の難しさについての発言がまとめられている。


 この発言は、主に異種族の人たちにとって気分のいい物ではないため、記事のコメント欄はなかなかの盛り上がりとなっている。

 何様のつもりだと憤る意見もあれば、共存のために互いの種族の違いは考えるべきというコメントもある。

 驚いたことに、わりと賛否両論な意見が飛び交った盛り上がり方だ。


 だけど、俺はそんなことよりも、その先に記載されている発言が気になって仕方がなかった。


「現在判明している事件の一つ。原因不明の生命力消失事件も、人間が起こしたものとは考えにくく、異種族が原因という前提で調査を進めていく予定……」


 これにも、決めつけるなと怒りを露にするコメントがいくつも書き込まれているが……。

 もしも、もしもこの犯人が紫杏だったとしたら、俺たちは再び現聖教会にかかわることになるのかもしれない。


 背後から俺を抱きしめていた両腕に、ぎゅっと力がこもる。


「大丈夫。紫杏には俺以外の精気なんか吸わせない」


「……うん。ありがとう」


 一番いいのは、事件が無事解決して、犯人がやっぱり紫杏ではなかったとなることだ。

 俺はそうであってほしいと願わずにはいられなかった。


    ◇


「それなら、あいつらが解決してくれるのでラッキーですね」


 放課後になり、合流したシェリルにそれまでの情報を共有すると、返ってきたのはそんな言葉だった。

 俺たちは、普段なにごとにも動じない紫杏ですら、ぽかんとしてシェリルを見つめてしまう。


「な、なんですか? 私おかしなこと言いました?」


「いや、シェリルは、紫杏が犯人じゃないって信じてくれているんだな」


 俺のそんな弱気な言葉を聞いたからか、シェリルはまたいつものように興奮気味に俺にまくし立ててくる。


「なに言ってるんですか!? ふだんのお姉様と先生を見れば、お姉様が先生以外と交尾しないことは一目瞭然です! そんなお姉様が他のオスと交わるはずないじゃないですか!」


「ああ、うん。ごめん。わかったから、あまり大声でそういうこと言わないで」


 幸いサキュバスを匂わせるような発言こそしていないものの、それ以外に普通に聞かれて恥ずかしいことを大声で言われてしまっている。

 でも、そうか……ちゃんと俺たちのことを見ていてくれているな。


「紫杏は俺のこと大好きだからな」


「そのとおりです!」


 シェリルは嬉しそうに俺の発言に首を縦に振った。

 そんなこと俺が一番知っている。俺は紫杏が、紫杏は俺が大好きなのだから、他の異性とそんなことするはずがない。

 なら、きっと犯人は紫杏じゃない。無意識に精気を吸った? 無意識の紫杏なら、他の男じゃなくて俺の精気を追加で吸うだろう。


「よし、決めた」


 万が一。万が一、紫杏が吸収している精気が少なくて、無意識で行動してしまうとしよう。

 ならば、紫杏が満足できるまで、俺がそのぶん精気を与えればいいだけじゃないか。


「今日から本格的に、毎日レベル上げまくる」


「唐突……でもないのかな? もしかして、紫杏を満腹にするため?」


「い、言い方! 人が毎日腹ペコみたいに!」


 まあ、あってる。

 紫杏は不服らしいが、要するに俺がふがいなくて、紫杏がひもじい思いをしている可能性があるというわけだ。

 俺の稼ぎが少ないせいで、紫杏が飢えてしまう。それはあまりにもよろしくない。


「紫杏のことは、俺が養うべきだからな」


「そうねえ。ちゃんと甲斐性があるってことを見せないと、紫杏に捨てられるわよ」


「捨てません!」


 それは怖い。それじゃあせいぜい捨てられないように、今日もレベルを上げに励むとしようじゃないか。

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