第28話 サンタテレサへお祈りを
「せ、先生、終わったんですか?」
「ああ、ボスインプは倒した。というか、放置してごめん」
「い、いえ、私は最初の魔法以外なにもされなかったので」
暗闇の状態異常が発症したからか、ボスインプの狙いがシェリルに向かうことはなかった。
安全を確信したとはいえ、さすがに放置したのは申し訳なくなり謝るもあっさりと許してもらえた。
なんだ、やっぱりいい子じゃないか。
「ところで、どうして途中からあんな一方的に戦えたんですか?」
「状態異常を無効化したからね」
「で、でも、状態異常がかかってる状態でも、別の状態異常を付与されましたよ?」
「多分、あのボスインプが付与できる状態異常の上限は二つなんだよ」
「二つ……?」
これが、雑魚インプとボスインプの違いだ。
「そう、状態異常が一つだけかかってる相手には、もう一つだけ付与できる。でも、状態異常が二つかかってる相手には、それ以上は付与できないんだ」
「……つまり、ボス以外のインプは、上限が一つだったということですか?」
「多分そうだろうね」
最後までいやらしいダンジョンだな。
雑魚インプ相手の場合、なにか一つ状態異常をかけておけば無力化できる。
だけど、ボスインプだけはその方法で挑むと、開幕で状態異常にかかってしまう。
紫杏がいなければ、俺はボスインプの攻撃が直撃していただろう。
「状態異常の上限値を知るためのダンジョンだったのかもな」
「な、なるほど……すみません。正確ではない情報を伝えてしまって」
「いや、俺の検証が足りなかったからシェリルのせいじゃないよ」
「先生……」
背後から大きく咳払いをされる。
「善~、かわいい彼女を放っておいて、女の子とおしゃべりは楽しい?」
「い、いや……やましい気持ちはないぞ?」
「シェリル~? 善を私から奪うってことは、私に喧嘩を売ってるってことでいい?」
「い、いえ!? 先生は、お姉さま以外の女ではふさわしくありません!」
「まったく……善、約束覚えてるよね? 今晩すごいから」
「はい……」
俺、もう紫杏以外では興奮できない体にされるかもしれない……。
◇
「そ、それよりも……けっこうレベルが上がったぞ」
「そうなんだ。やっぱり他のボスより面倒そうだから、経験値が多いのかな?」
「【初級】の中でも上の方だったんだろうな。さすがにレベルが一気に上がるほどとは思わなかったけど」
まだ確認はしていないが感覚でわかる。2~3くらいは上がったんじゃないか?
そう思いながらカードを見てみると、レベルはたしかにこれまでの最高記録となっていた。
「お~、15もある。よかったね、善」
「ああ、紫杏とシェリルのおかげ……」
「どうしました?」
レベルだけを見ていたが、よく見るとスキルが増えていた。
「【斬撃】……?」
きっと剣士としての職業スキルだよな?
しかし、斬撃……。
「散々剣持って戦っておきながら、今さら斬撃と言われてもなあ」
それじゃあ、今までの剣による攻撃はなんだったというのか。
「せっかくだし、試してみようよ」
「あんまり期待できない気がするぞ?」
紫杏に後押しされて、とりあえず剣を振ってみる。
「なんか出た!」
剣自体は何も変わっていない。振りやすくなったとか、軽くなったとかはなく、これまでどおりの軌道と力で振るわれるだけだ。
だけど、その一振りと共に薄い刃のようなものが、前方へと飛んでいったのが見えた。
「これが斬撃か? 遠くまでとはいかないけど、直接剣で斬るよりは遠距離に攻撃できるな」
あとは、これの威力がどうなっているのかが問題だ。
ちょっとだけ遠くにも攻撃できるけど、剣で斬ったほうが強いとかだと、悲しいスキルになってしまう。
「ちょうどインプの群れがきたから、試し切りしてみる?」
「する」
紫杏が魔獣の接近を知らせてくれたので、俺はインプの群れの中へと飛び込んだ。
とりあえず、普通に斬りつつ斬撃を別のインプに当ててみよう。
「それっ」
そう思い剣を振るったのだが、斬撃はインプに当たっても推進を失うことなく、直線状に並んだインプたちを切り裂いていった。
なんだこれ、ずいぶんと切れ味があるな。というか貫通力があるというべきか。
直接剣で斬ったインプなんか、剣による攻撃と斬撃でしっかりと二度の攻撃を食らったためか、そのまま絶命した。
「でも、別に切れ味がよすぎて後ろにまで届いたわけではなさそうだな」
どちらかというと、刃がすり抜けていったように見えた。
もしかして、物理的な干渉を受けないのか? だとしたら障害物に邪魔されず、軌道上にいる相手を攻撃できそうだ。
しかし、その威力は恐らく当初懸念していた通りだった。
斬撃のみが当たったインプたちは、まだまだ元気に動いている。
明らかに剣で攻撃したときよりもダメージがない。
牽制用だったり、障害物ごしに使うスキルなのだろうか?
「う~ん……もう少し広範囲にとかできないかな」
今度は先ほどよりも大きく軌道を描くように剣を振るってみる。
すると、出てきた。剣の軌道の大きさに比例したサイズの斬撃が。
当然、サイズが大きくなったということは広範囲に攻撃できるということであり、斬撃はインプの群れ全体を巻き込む。
相変わらず威力こそ低いものの、乱戦状態で一度に全員を攻撃できる剣技と考えれば悪くない。
「わりと便利だ。いいなこれ」
「うんうん、よかったねえ」
なんか子供を褒める母親みたいな態度をとられた。
……また、スキルや検証に夢中になりすぎていたか。
やめろ、抱きついて頭をなでてくるな。
「それじゃあ、もう夜だから帰ろうね」
「あやすな」
俺は聞き分けのない子供扱いされながら、紫杏に手を引かれてダンジョンの外へ出た。
◇
「無事だったようでなによりです」
「あの、ボスを倒しました」
「ええっ!? ボスインプを? たった一日で、ですか!?」
受付さんは、驚きながらも俺たちの手を引いて個室へと移動した。
背後からざわめきが聞こえる。
「あいつら、初心者だよな……?」
「あの獣人の嬢ちゃんもいたみたいだぞ。なるほど……大口じゃなかったってことか」
「初心者三人でここを踏破したっていうのか。ああいうのが【超級】とかになるんだろうな」
「あの子おっぱいでかくね?」
なるほど、あの場では変に注目を浴びてしまうので、個室へと移動してくれたのか。
あと、紫杏のおっぱいはでかいけど俺のだぞ。
「し、失礼しました……私の考えが至らないばかりにご迷惑を……」
「いえ、すぐに移動してくれたから、多分俺たちの顔も覚えてないんじゃないですか?」
実際は場違いな初心者だし、シェリルなんかはやっぱり忠告を無視した獣人だったみたいだから、わりと印象に残ってるかもしれないけど。
変に絡んでくるような探索者はいなかったから、実害もないだろう。
多少の噂話はされるかもしれないが、大地とか夢子もすでに掲示板でたまに話題になってるし、今さらだ。
「先輩ならこんなヘマはしないんでしょうけど……」
「先輩ですか?」
「ええ、昔からここで働いている受付で、仕事を完璧にこなすすごい人です。実質ここの責任者とも言われてます」
そういえば、俺たちがこれまで挑んだダンジョンの受付さんたちって、みんな仕事ができそうなお姉さんばかりだったな。
先輩とやらも、あの人たちに負けず劣らずの優秀な受付さんだったのだろう。
「記録拝見させていただきました。たしかに、ボスインプが討伐されていますね。烏丸さんと北原さんは、踏破の記録を刻んでおきます」
その言い方だと、シェリルはやっぱり……。
「ですが、
「仕方ないですね。私は状態異常で動けませんでしたから」
「う~ん……でも、シェリルのスキルがなかったら、俺はボスを討伐できませんでしたよ?」
「せ、先生」
そうなると、あのボスインプの状態異常に翻弄されて、ろくに動けない状態で攻撃を受けて敗北していただろう。
その前に、怒った紫杏がボスインプをぶん殴るかもしれないけど、それだと紫杏だけがボスを討伐したことになっていた。
「俺のサポートをしてくれた功績を評価してもらえませんか? それに、インプの状態異常対策もシェリルのおかげですし」
「うう……判断が難しいです。先輩助けて……」
実際難しい問題だよな。
ボスを引き付けてたら活躍したのか、ボスにとどめを刺したら活躍したのか、ならボスに攻撃せず囮にもならず、パーティのサポートだけしてた者の功績はないのか。
なるほど、そういった判断まで委ねられるとなると、受付さんって大変な仕事だ。
「いいじゃないですか。彼の言うことも一理あります」
「か、管理人」
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