第29話 深層に居座るサキュバス的衝動
突然部屋に入ってきた眼鏡をかけたお兄さんにそう言われた。
管理人ってことは、このダンジョンのお偉いさんってことか。
というか……俺たちの話聞こえてたの? 個室に移って内緒話ってもしかしてできないのか?
「初めまして、インプダンジョンの管理人の
「烏丸です。こっちは北原です」
「月宮で~す……」
う~ん、イケメンだ。優秀なイケメンとか、同性には嫉妬されそうなタイプだな。
でも、俺は紫杏がこの人に靡かないって知ってるから、余裕をもって接することができる。
「月宮さんに一つ聞きたいのですが、あなたはまだ、最強の自分ならこんなダンジョン一人で踏破できると思っていますか?」
「うっ……それは、その、若気の至りと言いますか~……」
「できないと思っているんですか?」
「はいぃ……私一人じゃ数年かかっても無理です。調子に乗ってすみません……」
「それがわかったのなら、彼女にもあげていいと思いますよ。ダンジョン踏破の証」
ダンジョンの管理者にまで伝わってるとか、どんな発言したんだシェリルのやつ。
だけど、その鼻っ柱がへし折れたおかげか、シェリルも今回の功労者と認めてもらえるみたいだな。
元々、功績云々は探索者の被害を減らすための制度だ。
身の丈に合ったダンジョンでないと怪我をするし最悪は死ぬ。
それを主観だけではなく客観的にも判断して、ダンジョンの入場を制限することで、ようやく探索者の被害は減少している。
特に、俺やシェリルみたいな初心者は、調子に乗って高難度のダンジョンに挑んでしまいかねないからな。
【中級】や【上級】は強さだけでなく、そのあたりの自己分析も重要と定められている。
今回、シェリルはしっかりと自分の力量がダンジョンで通じるか判断できたので、管理人さんはシェリルを認めてくれたのだろう。
「ほ、本当ですか!? せ、先生のおかげで私も踏破できました! ありがとうございます!」
「うん、シェリルには助けてもらったからな」
「い、いや~、さすが私ですね。さすが最強の人狼。これならすぐにでも有名な探索者に……」
「やっぱり、踏破の証刻むのやめましょうか?」
一条さんがニッコリと笑うけど、俺はこの笑顔を知っている。
笑顔なのにやたらとプレッシャーを感じるこの表情は、下手な怒りよりも相手を威圧するのだ。
「わ~! うそうそ! ごめんなさい! 調子に乗りました!」
「まったく……そこを直さないと上へはいけませんよ」
「はい、すみません……」
自信過剰? お調子者? でも、まあ嫌なやつってわけではないな。だからこそ難儀な性格だなあ。
「それでは、みなさんにカードをお返しします」
返却されたカードには、ボス討伐の証が追加されていた。
そして、これまでと違い少しだけデザインが豪華になっている。
「おめでとうございます。みなさんは【中級】探索者へ昇格いたしました。今後は【中級】ダンジョンの立ち入りと【中級】までの掲示板の情報の閲覧が許可されます」
おお、それはありがたい。
それなら、改めてサキュバスの情報を探すことができるな。
「【中級】の情報を閲覧するには、ご使用の端末の魔法読み取り機能でカードをスキャンしてくださいね」
受付さんが説明を補足してくれる。
これまでの【初級】の閲覧では、カードのスキャンもいらなかったから、念のためにというやつだろう。
「それでは、本日はお疲れさまでした」
伝えることは伝えたのか、一条さんは来たときと同じく、静かに部屋を出て行った。
俺たちも用件はすんだので、インプダンジョンに別れを告げることにする。
「いやあ、今年の探索者は私が最強かと思っていたんですが、上には上がいるんですねえ」
「そうだよ。善は一番かっこいいんだから、惚れない程度に尊敬してよね」
「それはもちろん! 先生は尊敬しますし、お姉様と先生の邪魔をするものは私がこの爪でひっかきます!」
「よしよし、いい子だね~」
なんだかんだでこの二人も仲良くなった。
だけど、紫杏のいいなりになられるとトラブルの要因となりそうなので、ほどほどにしてもらいたいものだ。
「それでは、お世話になりました! 明日からはお互い【中級】探索者としてがんばりましょう。【中級】……うふふふふ、私が【中級】」
「あ、ああ……あまり無茶しないよう気をつけてくれ」
「わかってますって! なんせ、私は【中級】探索者なんですからね!」
手を振って去っていくシェリルの姿はどうにも不安だった。
あいつ……また、調子に乗って無茶しそうだな。
さてと……職業スキル【斬撃】の習得条件に、【中級】で閲覧可能なサキュバスに関する情報、【中級】ダンジョンの情報と、随分と調べたいことが増えてしまった。
だけど、今日はさすがに疲れたな。調べものは明日にして、ゆっくりと休むことにしよう。
「約束覚えてるよね?」
「え……」
獲物を狙う目をした紫杏は、決して俺を逃がさないというように抱きしめてきた。
人目もない夜の道だからか、遠慮なく力を込めてくる。
あ、そういえば、俺まだ魅了を解いてもらってない……。
「今夜は今までで一番激しいから」
耳元で囁かれた声にさえ、体が反応してしまうのは魅了のせいか、紫杏自身のせいかわからない。
明日動けるかな……。
これまでで一番捧げるレベルの量が多かったこともあってか、その晩の紫杏はまさしくサキュバスそのものだった。
そんな状態だというのに、しっかりとアキサメで買った魔法のロープで紫杏を縛ってから倒れた俺は偉いと思う。
◇
「良質ね。とてもすばらしい精気だわ」
日はとうに落ち、ほとんどの生き物が眠りに落ちた深夜の時間帯。
男どころか同性である女さえも惑わすような魔族が嗤った。
「ただの魅了だけだとこうはいかない。面白いわ、心を食べるのって」
これまで食べてきた精気とは大違いだ。
魅了して惚れさせた相手を命ごと食べたことは何度もある。
だけど、魅了を使わずに心の底から惚れさせた相手からの精気とは、かくも美味なものであると知らなかった。
「そう考えると、自分の体じゃなくて面倒という意見も撤回しないとね」
女は体の持ち主が決して浮かべないであろう妖しい顔で嗤っていた。
「今後もせいぜい、くだらない恋愛ごっこを楽しむといいわ。その心ごと美味しく食べてあげるから」
かつて異世界の征服は失敗した。
そこで肉体を失いなんとか生き延びたが、存外悪いことばかりではないようだ。
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