第26話 とうの昔に発症していた不治の病
「いやあ、最強な私でさえも逃げだすような相手をあんなに簡単に倒しちゃうなんて」
なんだろう、もう面倒くさい。
正直な話、休憩所の探索者たちの発言はやけに冷たいなと思っていた。
だけどこの感じだと、いくら忠告しても聞き入れずにダンジョンに挑んだろ。この子。
「先生と呼ばせてもらっていいですか!」
「嫌です」
絶対に面倒な子じゃん。感謝とかはいらないので、ここで別れるのが得策だ。
「ええ~! こんな最強な美少女に慕われるんですよ~! お得ですって! 今だけですよ!?」
あ、まずい。これ以上は……。
「つまり、私に喧嘩を売ってるってことだよね?」
紫杏が獣人の女の子を冷たい目で睨む。
ふむ……こういう紫杏も綺麗だな。いつもと違う雰囲気で新鮮だ。
だけど、俺が一番好きな紫杏とはちょっと違う。
「落ち着け紫杏。俺はいつものお前のほうが好きだぞ」
「え!? しょ、しょうがないな~。私のことが好きで好きでしょうがなくて、今すぐ一緒に寝たいなんて、善のえっち!」
「あ、もうそれでいいんで、落ち着いてくれ」
かろうじて、自分がサキュバスであるような発言をしないだけ、理性的だったと言えよう。
発情した紫杏は一旦放置しておくにかぎる。
「お、大人……」
こっちはこっちで、むっつりなのか何かを想像して顔を赤らめている。
「というわけで、今回は縁がなかったということで……」
「ま、まってください! 私これでも役に立ちますよ! インプとか私には無力ですから!」
「いや……そのわりには、インプから逃げてたじゃん」
そう返すと、獣人の女の子は言葉を詰まらせる。
「うぅ……む、無力は言いすぎましたけど、あいつらの一番の得意技は効かないので……」
たしかに、言われてみればそうだ。
あれだけのインプに追われていたけど、この子は状態異常に苦しんでいる様子はなかった。
もしかして、状態異常への耐性でも持っているんだろうか?
「状態異常耐性のスキル? それとも装備?」
「おっ、さすがは先生! これだけで気づいちゃうんですね!」
獣人の少女はささやかな胸をはって、俺に自慢げに話しだした。
「でも、私は状態異常耐性も無効もありません」
「え、でもインプたちの魔法で困ってるわけじゃなかっただろ?」
「ええ、実は私インプたちの魔法の法則に気づいちゃったんです」
いやあ最強ですねと笑う少女だが、法則なんてあるのか?
もしかして、それを知れば俺たちもインプからの魔法を無効にできるかもしれない。
ベテランが初心者に情報を渡すことはあまり奨められていないが、初心者同士の情報交換はむしろ推奨されている。
なら、この子に教えてもらうことにしよう。このダンジョンの重要な情報を。
「法則って?」
「あいつらの魔法は、すでに状態異常にかかってる者には効かないんです」
「なるほど……つまり、毒に蝕まれている状態では、混乱や魅了にはならないと」
「そうですね! そして、私は最強スキルの【高揚】を取得しています! 気分が盛り上がり、どんな敵にも負けない最強の状態です!」
つまり、その【高揚】により、自ら状態異常にかかっていたせいで、インプたちの魔法は利かなかったと。
いや、でも状態異常だろ? 最強というか、むしろデメリットがある能力じゃないのか?
「だとしたら、なんでインプたちに追われてたの? 魔法も使えないインプたちなんて、雑魚じゃないの?」
紫杏の疑問に、獣人の少女は目をそらした。
「い、いやあ……それは、何と言いますか。インプたちも魔法がなくても、他の【初級】ダンジョンの魔獣よりも固いし、物理攻撃だけでもそこそこ戦えるし、数が多すぎるし……【高揚】を使って狂化状態でして……」
「つまり、その【高揚】のせいでピンチになっていたと」
「い、いえ! 強いんですよ!? 勇気が出ますし、攻撃力も実際上がってますし……まあ、ちょっと受けるダメージも上がってしまいますけど」
なるほど、受けるダメージも与えるダメージも上がる状態異常か。
メリットもあるけどデメリットもあるという、使い勝手が難しそうなスキルだな。
だけど、インプたちから受ける一方的に不利になる状態異常よりははるかにましだ。
「そ、そうだ! この【高揚】を先生たちにも使ってあげる代わりに、このダンジョンをクリアする間、私とパーティを組むというのはどうですか?」
「悪くないかもしれないな……」
「むっ」
インプの一番厄介なのは状態異常魔法だろ。
それがなければ、ちょっとしぶといだけのゴブリンやコボルトと同じだ。
状態異常対策さえできるのなら、このダンジョンの踏破のめどが立つというもの。
「そ、それじゃあさっそく!」
「ああ、頼む」
獣人の少女が俺にスキルを使おうとしたその瞬間。
紫杏が俺の手を引いて自分の元へと俺を抱き寄せた。
そして、その勢いのまま俺の唇と自身の唇を重ね……口の中を貪られる。
「え、ええ!? な、なにをしてるんですか!?」
さすがにこれには俺も、獣人の少女と同じ意見だ。
同じ意見なのだが……なんだか、紫杏がいつもよりかわいく見えてきた。
気分が若干、それこそ高揚しているような、いや、興奮しているような?
「っぷはぁ……善にはそんな変なスキルいらない」
「な、なんだ? 嫉妬しなくても、俺は紫杏のことが一番好きだぞ?」
「えへへ~ありがとう。お礼に状態異常をかけてあげたよ~」
状態異常? そんなことできたのかお前。
「【魅了】状態にしてあげたから、もう浮気はしちゃダメ」
「だから、浮気じゃないって……そっか、そんなスキルもあったのか」
多分スキルじゃない。サキュバスとしての種族による能力だ。
だけど、ここは獣人の少女の手前、スキルを使ったということにしておこう。
「そうそう、【魅了】なら、なにも影響ないでしょ? だって、善は私のこと大好きなんだから」
「まあ、あまり普段と変わらないな」
「今夜はその状態で吸うから、浮気しようとしたお仕置きだよ?」
ぼそっと、耳元で恐ろしいことを囁かれる。
え、なにされるの俺。【魅了】状態で精気吸われたらどうなるの。
「え、えっと……そうしたら、私は」
「善に変なことしないならついてきてもいいよ」
「お、お姉様!」
意外だ。どうやら、紫杏はこの子が俺たちと同行すること自体を嫌がっていたわけじゃないらしい。
単に、俺に状態異常をかけられるのが嫌だったようだ。
「あらためましてよろしくお願いします! 最強の人狼のシェリルです!」
犬じゃなかった。そうか狼の獣人となると、やけに自信に満ち溢れていたのも納得できる。
それに名前の感じから察するに、人間ではないみたいだ。
「俺は烏丸善、こっちが彼女の北原紫杏。よろしく」
「ご夫婦じゃなかったんですね! よろしくお願いします、先生、お姉様!」
シェリルの言葉に気をよくしたのか、紫杏は俺の腕に抱きついてきた。
「そっちこそ、獣人だったんだな。てっきりユニークスキルで獣人化した日本人かと思った」
名前が日本人ではなく獣人のものなので、彼女が後天的な獣人ではないとわかった。
「え、えっと……はい。亡くなったお祖母ちゃんが異世界の人狼だったんです。それで、名前もお祖母ちゃんにつけてもらいました」
「なるほど、お祖母さんの血を受け継いだんだな」
異種族同士の子どもは、ハーフが生まれるのではなく父か母の種族として生まれるからな。
それでも血はしっかりと混ざっているらしく、たまに人間同士の両親から獣人が生まれることもある。
いわゆる先祖返りというやつだが、これのスキルのみのバージョンが紫杏だ。
過去にサキュバスが先祖にいたことまでは調べられなかったが、紫杏の力は先祖返りらしいから、どこかでサキュバスの血が混ざったのだろう。
「それじゃあ、自己紹介も終わったし、光明も見えた。今日中にこのダンジョンを踏破してしまおうか」
「お~!」
「え、えっ……一日でですか? いくら最強の私でもそこまでの無茶は……」
「へいきへいき。善ならちゃちゃっとクリアしちゃうから」
「さ、さすがは先生です!」
こうして俺と紫杏は、一時的な仲間と共にインプダンジョンのボスを目指して進むことにした。
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