第25話 まだまだ仮免のひよこたち
「しかし、こうなってくると軽い気持ちでこのダンジョンには挑めないな」
「今までと違って、遠くから嫌なことしてくるやつらだからね」
弓とか攻撃魔法を使う魔獣も遠くからではあったが、避けたり受けたりが比較的簡単だった。
それに、最悪当たったとしても問題ない程度のステータス差だったのも大きい。
インプの魔法は当たってしまうと、そこからなすすべなく突き崩されていきそうなのが怖いな。
最悪の場合撤退も必要だろうな。大地の言うとおり帰還の結晶を準備しておいてよかった。
「一回戻る?」
「それもいいかもしれないな。やっぱり装備かスキルで耐性を……」
今は無理だが再挑戦するための手段を考えていたら、急に悲鳴があがった。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 無理ですから! 勘弁してください!」
まだ幼さを感じさせる少女の声が、しきりに誰かへの謝罪を繰り返す。
遠くから聞こえていたその声は次第に大きくなっていき、俺たちへとどんどん接近しているような……。
「うわっ、なんだあれ」
まがり角から現れたのは、犬耳としっぽが特徴的な、いわゆる犬獣人と呼ばれる種族の女の子だ。
それはいい。そっちはいいのだが、その少女は数匹のインプに追われてこっちに迫ってきている。
「あの獣人の子だけ狙ってるみたいだな」
「助ける?」
「今ならこっちに魔法を使う可能性は低そうだな……耐久力とかも知っておきたいし、倒すか」
全部で5匹。ゴブリンやコボルトと同じ耐久力なら問題ない。
これで硬かったら、本気でこのダンジョンが嫌いになりそうだな……。
「紫杏も手伝ってくれると助かる」
「りょうか~い」
左右に分かれてインプへと攻撃を仕掛ける。
剣で斬る……が、二発の攻撃を必要とすることがわかった。一階層でレベル25相当なのに、二回も攻撃が必要なのか……。
でも、一撃を食らったらふらふらと瀕死の状態になるようだし、もう少しレベルが上がれば一発で倒せるようになるか?
「善~、こいつらなんかしぶといよ~」
紫杏のほうも同じようだな。
一撃で顔が陥没してるけど、インプはまだ生きているようなので、二発目でとどめを刺している。
……紫杏の攻撃力でも無理なのか?
たしか今の紫杏のレベルは22だったよな。ステータスだけなら俺よりもはるかに上のはずだ。
それなのに、インプは一撃で倒せていない。
「ねえねえ善。最後の一匹も私が倒しちゃっていい?」
「別にいいけど、珍しいな。紫杏が積極的に魔獣を倒したがるなんて」
「私もちょっと試したいことがあって」
そう言って、紫杏は最後のインプめがけて拳を振るう。
インプは仲間が全滅したことに混乱していたのか、魔法を使用する準備中に顔面が潰される。
でも、やっぱりまだ生きているな。
それよりも、気になるのは今の紫杏の一撃だ。
さきほどまでと違って、殴られたインプの様子から威力が桁違いだったように見える。
レベルが上がったのか? それとも、これが紫杏が言った試したいことなのか?
「う~ん、うまくいったけど一発じゃ倒せないか~」
紫杏はぴくぴくと痙攣するインプにとどめを刺した。
「最後の攻撃、なんか威力が上がってなかった?」
「お? やっぱり気づいちゃう? さすがは善、私のこと大好きだからよく見てるね~」
うるさいな。お前だって俺のこと大好きだろうが。
「ほら、【感度強化】ってあったでしょ? あの、善が必死に我慢しようとして失敗して、かわいい反応するスキル」
「うるさいな! なんで、ベッドの上ではドSなんだよお前!」
「愛してるからしかたないのさ。いろんな善を見たくなっちゃうんだよ」
初日は紫杏だってあんなに恥ずかしがってたくせに、これだからサキュバスは……。
「そのとき気づいたんだけど、つねったときにいつもより痛がってたでしょ?」
「いや、それ以上に気持ちよすぎてもうなにもわからなかった」
「ほほう、つまり今夜もいじめてほしいと……」
「なんでそうなるんだよ……」
女神様、男神様、もっと優しい彼女が欲しいです……。
でも紫杏以外は嫌なので、紫杏を優しい子にしてください。
「それで?」
「それで、痛みを増幅できるんじゃないかなあと思って、インプに使ってみたらいつもより痛そうにしてたよ」
たしかに、最初の二匹のときよりもインプはよろめき苦痛の叫び声をあげていた。
のたうち回る様子からは、明らかに先の二匹よりも大きなダメージを受けたように見えた。
「なるほどなあ……俺をいじめるためだけのスキルじゃなかったわけだ」
「失敬だね! 善のことはかわいがってるんじゃない!」
かわいがり方がサドなんだよ。夜の紫杏は……。
「でも、結局一撃では倒せなかったね。痛がるだけで威力は変わってないのかも」
「いや、そもそもインプの能力なんじゃないかと思ったんだが」
「能力?」
「ああ、俺の攻撃も二発必要だったし、紫杏の攻撃も二発必要だった。だけど、どちらの攻撃も一発受けたら瀕死になってた」
威力が同じというのなら、そういうこともあるかもしれない。
だけど、明らかに威力が勝る紫杏の攻撃も二発耐えられるというのなら、俺の攻撃で瀕死になるのはおかしい。
「だから、インプは一撃で死ぬ場合はこらえることができる能力でもあるんじゃないか?」
「なるほど~、じゃあ二発殴ればいいんだね!」
「まあ、そうなるか……」
あってるだろうけど、なんか考えが脳筋な気がする。
でも、現状ではそれが一番いい方法なんだろうな。
しかし……必ず二発の攻撃が必要だとしたら、ますます厄介だな。
ただでさえいやらしい魔法を使うというのに、倒すには二撃必要だというのなら、油断していると魔法を発動される可能性が高い。
一撃で瀕死にして動けないだろうからと後回しにすると、そいつが魔法を使用してくる。
なんだか、今から集団戦が嫌になってきそうな魔獣だ。
「そもそも、インプの情報って掲示板とかに載ってないの?」
「載ってるだろうな。でも、見れないよ」
「どうして?」
「【初級】ダンジョンまでは自力で情報を集めて踏破しないと、その先のダンジョンでやっていけないからな。だから、掲示板の閲覧に制限がかかっているんだよ」
もっとも、人づてに聞くことは可能なので、完全に情報を遮断されているわけではない。
だけど、それらの情報を知っている人は、その情報で楽して【中級】のダンジョンへの資格を得ることの危険性は理解している。
攻撃方法や弱点などの情報までは教えないように徹底しているはずだ。
「なんだか面倒だねえ。それじゃあ、この先もずっと自分たちで調べないといけないんだ」
「いや、さすがに【中級】からはある程度の情報が解禁されるらしい。調子に乗って無謀な挑戦はしない探索者であるっていうのも、【中級】になる指標の一つだからな」
「ふ~ん……でも、授業でそんなこと習ったっけ?」
「この辺は、それこそ掲示板から集めた情報だな。探索者になる前に色々と情報を集めようとして知ったんだよ」
「善は、ダンジョン好きだからねえ」
思えば、このダンジョンの休憩所で俺たちに忠告してくれた人たちも、具体的な忠告はしていなかった。
まあたしかに、インプが状態異常を使うぞとか、攻撃は絶対二発必要だぞなんて忠告しても、調子に乗ってる初心者は聞き入れないかもしれないしな。
俺の攻撃なら一撃で倒せるとか、状態異常なんて大したことないと進んでいく探索者の面倒まで見る気はないんだろう。
それで、その面倒な探索者らしき話をしていたな。
獣人の嬢ちゃんとか言ってなかったっけ?
……いるな。目の前に獣人で女の子で俺たちより若そうな子が。
「す、すごいです!」
キラキラとした目で、俺と紫杏を見つめる犬の獣人からは、どことなくお調子者っぽい雰囲気を感じた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この作品が面白かったと思っていただけましたら、フォローと★★★評価をいただけますと励みになりますので、よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます