第24話 偉大なる母性
「増えてる……」
「なにが?」
一晩眠ってなんとか回復した俺は、紫杏が見ていたものに目線を向ける。
あれは、カード? またレベルが上がったのか。
「これ……」
恐る恐ると俺に見せてきたカードには、たしかに昨日から変化した点があった。
【結界術:初級】。紫杏は、なぜか見たことがないスキルを習得していたのだ。
「【回復術:初級】のときと違って、俺が覚えていないスキルだな……」
前回は、俺が覚えているスキルを精気と一緒に吸収したと思っていた。
だけど、今回は俺が覚えてもいないスキルを、紫杏はなぜか習得してしまっている。
「そういえば……昨日は善に抱きしめてもらってない……」
たしかに、昨日はもう動けなくなるほど搾り取られた。
そのせいで、紫杏が夜中に抜け出せないように押さえつける余裕などなかった。
……いや、いつも押さえつけられていたの俺だけど。
「やっぱり……夜中に誰かの精気を吸いにいって、その人が覚えていたスキルまで吸収しちゃったってこと?」
「落ち着け、まだそう決まったわけじゃない」
なにか条件を満たしたから習得した? だけど、紫杏の職業はサキュバスに固定されている。
現世界で習得できるスキルはユニークスキルと職業スキルだけのはずだ。
サキュバスの職業スキルとして習得したとは考えにくいよな……。
前に急にスキルを習得したときは、俺から精気を奪っているときだった。
そして、そのスキルは俺が習得しているものだった……。
考えれば考えるほど、サキュバスとして活動しているとき、つまり精気を奪っている過程で餌のスキルを習得したというのがしっくりくる。
「今日は学校を休んでダンジョンに行こう」
というか、ダンジョンの受付さんの話を聞こう。
そう決めると、俺は紫杏を連れてさっそくダンジョンに向かった。
◇
「おはようございます。今日は朝から挑戦ですか?」
「おはようございます。ちょっと話を聞きたくて」
「話、ですか?」
平日にも関わらずダンジョンに訪れ、中に入るでもなく世間話を望んでいる。
そんな俺たちの様子を不思議そうに思いながらも、受付のお姉さんは応じてくれた。
「前話していた生命力が減少する事件ですけど」
「ああ、そのことですか! さすが、耳が早いですね。実は昨日久しぶりに被害者が出たみたいなんです」
「そう……ですか。ありがとうございました」
本当なら色々なダンジョンに行って話を聞くつもりだったが、そんな必要はなくなってしまったようだ。
「被害者の人から話を聞いたりは……できませんか?」
「すみませんが、そこまでの情報を開示するわけには……」
「わかりました。ありがとうございます」
まあ、依頼を受けたりしてるわけでもないし、俺たちに教えるのはさすがに無理か。
◇
「やっぱり、私のせいなんだよね?」
「まだわからない。証拠がないからな」
「でも、サキュバスとしての本能のままに行動しちゃったのかも」
「結局はそこなんだよなあ。俺たちはサキュバスのことを知らなすぎる」
無意識に精気を生命力を吸うほどの生き物なのか。それは生命の維持のためなのか、ただの欲求なのか。
これでは、本当にサキュバスのせいなのかも判断できない。
「気休めだけど、やっぱり拘束しよう」
「ぜ、善がしたいって言うならいいけど!?」
なんでちょっと嬉しそうなんだお前は。
「俺も紫杏に満足してもらえるように、なるべく精気を捧げるようにするからさ。二人でがんばろう」
「え、えっちな話してる……?」
「真剣な話してたよな!?」
◇
「それじゃあ、学校も休んだことだしレベルを上げるか」
「今日もコボルト?」
「最初はコボルトでレベルを上げて、その後はもう少し手強い魔獣が出るダンジョンに移ろうと思う」
それが、俺が考えていた効率よくレベルを上げる方法だ。
調子に乗っていきなり強敵に挑めば下手したら死ぬ。
だけど、最初は安全な【初級】でレベルを上げ、強くなったらダンジョンを移動して、次の獲物を狩ればいい。
それなら、比較的安全に【中級】にも挑めるんじゃないか?
まあ、今は【中級】に挑むための許可は下りてないけど、ゆくゆくはこうする必要もあるだろう。
今日はその予行演習としてしまおう。
本当なら、サキュバスが関与しているであろう事件の調査をしたかったけど、一発目で被害の噂を聞くことができ、詳細は明かせないと言われてしまえば手詰まりだ。
「今日は5まで上げてから、インプダンジョンに移ろう」
「なんか、すごい嫌われてるダンジョンだよね」
「【初級】で一番厄介なダンジョンみたいだからな。だからこそ、インプダンジョンをクリアしたら、【中級】への近道になるはずだ」
「必ず異世界へ行く許可をもらって、サキュバスのことを調べる」
改めて俺たちの目標を口にすると、紫杏はなぜか頬をふくらませた。
「毎晩抱いてるサキュバスがいるのに、他のサキュバスまで必要なの!? 浮気できないように、徹底的に搾り取らなきゃ……」
「あのなあ……」
「嘘嘘、わかってるよ。私のために異世界を目指してくれてるんだよね……ありがとう、善」
耳元に口を近づけて囁くようにお礼を言われる。
……毎晩一緒に寝てわかってるのに、いい匂いにくらくらしそうになった。
「じゃあ、さっさとコボルト倒すぞ」
「は~い、がんばって~」
◇
無事に【剣術:初級Lv3】を習得し、俺たちはくだんのインプダンジョンへと訪れた。
「仲間から話は聞いています。あなたたちが烏丸さんと北原さんですね」
「最強夫婦です」
「ただの探索者です。結婚もまだです」
インプダンジョンには、意外なほど人がいた。
しかし、さすがに探索者になりたての新人の顔は見えない。なんとなくダンジョンに慣れた探索者ばかりに見える。
きっと新人を卒業した者や、何年も【初級】を続けている者たちだけが挑むような、それだけ難度が高いダンジョンということだろう。
「今年も無謀な新人探索者が挑戦する季節か」
「おい、そこの二人。無理だと思ったらすぐに引き返せよ」
調子に乗った新人を疎ましく思う者はまったくいない。
それどころか、親切にも忠告をしてくれる人までいる。
それがかえって不気味だ。忠告した人でなく、このダンジョンのことだが。
「ありがとうございます。まずは一階層目で様子を見て判断します」
俺の言葉に満足したのか、経験が豊富そうな探索者の人たちは俺たちを見送ってくれた。
「全員この二人みたいならいいんだがな」
「ああ、あの獣人の嬢ちゃんみたいに反発しても、いいことねえからな」
「そういえば、あの子が入ってずいぶんと経つけど戻ってきてないな」
「忠告はした。それ以上のことは自己責任だろ」
なんか……嫌な言葉が聞こえてきたな。
【初級】の中でも曲者なダンジョン。
俺はなんとなくトラブルの雰囲気を感じつつも、前へと進むのだった。
◇
「ところで、インプの何がそんなに厄介なの?」
「なんでも、個体ごとにいろんな魔法を使うらしいんだが、単純な攻撃魔法だけじゃないらしい」
攻撃魔法だけならば、魔術師のようなゴブリンも使ってきた。
だけど、インプが厄介と言われるのは、むしろ攻撃魔法以外が原因と言われている。
「混乱、幻覚、魅了、興奮、それに毒。とにかくいやらしい魔法ばかりなんだって」
「魅了と興奮は私以外からは効かないから安心だね」
「そりゃあ、紫杏以外には魅了されたくないし、興奮したくないけど……好き嫌いの問題じゃないんだよ」
そんな気持ち一つで防げるなら苦労しない……いや、紫杏の場合、本気でそんな理由で防ぎそうだ。
「状態異常耐性みたいな装備かスキルが必要かもしれないけど、まずは実際に戦ってみよう」
「善は魔獣狩るの好きだからね~」
「まあ、嫌いではないか」
「私のほうが好かれてるけどね!」
ついに相手もいないのに張り合いだした。
かわいいから放っておこう。
「おっ、話をしてたら出てきたな……」
小さな悪魔のような魔獣。あれがインプか。
これまでと違い、相手の出方を待つのはむしろ悪手だ。
俺は可能な限りの速度で相手へと駆けていく。
しかし、インプが手をぐるぐると動かすと、接敵するよりも先に魔法が発動してしまった。
「まずいかも」
インプへの敵対心が急速に薄れていく。
攻撃をしてはいけない。味方のような、好ましい相手のような、そんな認識が……。
「浮気しちゃだめって言ってるでしょ!」
紫杏が俺を後ろから抱きしめた。
背中にでかくて柔らかいものがぎゅっと押しつけられる。
……よし、落ち着いた。
「結果としては、魅了魔法のインプが相手で助かったな」
魅了魔法が成功したはずなのに、なぜか剣を振り下ろす俺を見て、インプは混乱したまま絶命した。
「ふふん、あんな悪魔より淫魔のおっぱいのほうが強いのさ!」
「それに助けられたから、今回ばかりは何も言えない……」
俺は紫杏の胸に感謝を込めて拝むことしかできなかった。
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