第15話 バランス調整ミスとしか思えない
「今日からこの【初級】ダンジョンのクリアを目指そうと思う」
「お~、私も戦おうか?」
「そうだなあ……やばそうだったらお願いするよ」
すでに紫杏のレベルは10になっている。
このレベルは、攻略難易度の低い【初級】ダンジョンのクリアが狙える値だ。
しかもそれは標準的な強さの人を基準にした話で、紫杏のようにフィジカルモンスターならばもっと低いレベルでもクリアできるだろう。
つまり、紫杏さえいればクリア自体は容易に行えるのだ。
だけど、それでは俺自身の強さの証明にはならない。
ダンジョンで倒したモンスターや戦った際の情報は、すべてカードを通して職員にチェックされる。
そのため、紫杏という強力なお助けキャラ頼りの攻略をしても、紫杏だけが【初級】ダンジョンをクリアした扱いになってしまうだろう。
「道中はこれまでどおり俺が魔獣を倒していって、ダンジョンボスも途中までは俺が削るから、紫杏にはとどめをお願いしたい」
「おっけ~、でもそれだとボスの経験値私がもらっちゃうけどいいの?」
「どっちにしろ夜になればボスと言わず、すべての経験値を渡すことになるからな。遅いか早いかの違いだよ」
「……夜にいっぱい吸ってあげなくていいの?」
妖艶な笑みでそう言われてしまう。
たまにサキュバスの本性が出てくるのか、俺のことをこうやって誘惑するようになってきた。
紫杏のくせに生意気な。
「はいはい、それはまた今度な」
「もう! つれないんだから!」
いや……けっこう心が揺らいだ……。
だけど、それを言ったら調子にのるから黙っておこう。
「けっ、初心者がダンジョンなめんじゃねえぞ」
「デート気分でクリア目指すとか、痛い目にでもあえばいいんだ」
「2年目の俺たちだってまだクリアできてないんだぞ」
いかん、休憩所だというのにいちゃつきすぎた。
俺へのやっかみも混ざっているが、ダンジョンを甘く見るなというもっともな忠告をされる。
変なトラブルになる前にダンジョンの中へ入ってしまうか。
「紫杏、行くぞ」
「でもあいつら」
落ち着け。ここから俺たちへの罵倒になるというのなら話は別だが、今のところ向こうの言うことも正しいから。
だから、その表情が消えた顔はやめてくれ。
「俺はいつもの紫杏のほうが好きだぞ」
周りに聞こえないように紫杏にそう囁くと、あっさりと上機嫌になった。
「え~? しかたないな~。善が私のことを好きで好きでしょうがないのは知ってるけど、こんなところで口説かれたら困っちゃうな~」
よし、いつも通りだな。
これ以上は本当に周りの人に絡まれかねないので、さっさと奥へと進むことにしよう。
「大好きな紫杏ちゃんとえっちなことをする権利をあげよう!」
よかった。この発言をする前になんとか人がいない場所にくることができて。
幸いなことに紫杏の頭の悪い発言は、ゴブリンしか聞いていなかった。
「その権利、初日からフリーパスでもらってんだよなあ……」
◇
「まずはゴブリンたちを何匹か倒してレベルを上げて……」
「わあ、完全に作業だ~」
もうこのゴブリンたちから得られる情報はないしな。
悪いが、上層への足掛かりにさせてもらうだけの存在だ。
「レベル5、それでスキルは……【環境適応力:ダンジョンLv5】になったな」
じゃあ、もうこの階には用はない。
レベル25相当なわけだし、このダンジョンも苦労なく制覇できるだろう。
ダンジョンは奥の階層に進むほどに強い魔獣が出る。
そのため、これまでは浅い階層で検証とレベル上げしかしていなかったが、今日はこれまで立ち入っていなかった階層にも進んでしまおう。
「お、普通のゴブリンじゃなくなったか」
すると、出現する魔獣の種類が変わった。
ゴブリンであることには違いはないのだが、これまで見ていたようなあからさまに頭が悪い個体とは違う。
こちらの姿を認識して、がむしゃらに突っ込んでくるようなことはせずに、こちらの様子を注意深く観察しているようだ。
「なら、こっちから仕掛けさせてもらうか!」
レベルが高ければ身体能力も高くなる。
敵はこちらと十分な距離をとっていると思っているようだが、今の俺ならこの程度の距離なんてことはない。
駆け寄って新種のゴブリンに斬りかかる。
相手も途中で俺の行動に反応したようだが、俺が剣を振り下ろす速度のほうが勝っていた。
「すご~い。一撃だ~」
紫杏の言葉どおり、魔獣は俺の攻撃を防ぐことができず一刀両断にされた。
左右に分かれた体が、黒い煙となって消えていく。
「問題ないな。どんどん進んでいこう」
調子よく進んでいくと、やはり敵も奥に行くほど手ごわくなっていく。
先ほどの新種のゴブリンが、より強力な武器や防具を身につけて現れるようになった。
1体ずつしか現れなかったのに、徐々に数が増えて群れを成すようになった。
好き勝手に動いていたゴブリンたちの群れを統率するリーダーが現れた。
弓や魔法を扱う後衛担当のゴブリンまで現れるようになった。
「どんどん敵の様子が変わっていくな。これ、普通に攻略しようとしていたら大変だったんじゃないか?」
「普通じゃないからねえ。善も私も」
敵が強くなっていき、その数が増えていく、というのは悪いことばかりではない。
それだけ倒したときに得られる経験値も増えていくということなのだから。
きっと本来ならば出現する敵が変わるごとに、レベルなりスキルなり装備なりを変えていく必要があるのだろう。
だけど、俺はそれを必要としなかった。
「強くなった敵を倒したら、一気にレベルが上がるようになったからなあ……敵の強さと俺のレベルアップの速度が釣り合ってないみたいだ」
【必要経験値減少・極大】のおかげなのか、【環境適応力:ダンジョンLv5】のおかげなのか……。
きっと、その両方がうまくかみ合ってくれて、俺をとんでもない速度で成長させてくれているのだろう。
レベルはすでに10。レベルだけならば紫杏をも上回ってしまった。
そして、ダンジョンの中だけであれば紫杏よりも強くなったはずだ。
……これだけのことをしないと勝てない紫杏の強さのほうが気になるが、まあ今は忘れることにしよう。
「あ、リーダーっぽいやつ」
紫杏は発見したゴブリンをまるで虫でも叩き潰すかのように拳で沈めた。
あれ、他の個体よりも明らかに強いし、武器も防具もいいものを身につけているから、それなりに手ごわそうなんだけどなあ。
レベル50相当の俺にとっては、よくわからないが、紫杏はスキルの補正もないからレベル10のままのはずなのに……。
「一撃で倒すのか……やっぱり紫杏って強いんだな」
「え~? 善も強いじゃん。私なんて善には敵わないよ。困ったな~。このまま善が私を押し倒したら抵抗できないな~」
ちらちらこっちを見るな。
ダンジョンの最奥部でしないぞそんなこと。
そう、ダンジョンの最奥部だ。
これまでと違って仰々しい大きな扉が俺たちの目の前にある。
この中にはダンジョンボスがいて、その討伐をもってはれたダンジョン制覇となるわけだ。
「それじゃあ、最後まで油断しないでいこうか」
「は~い」
気の抜けた返事を聞きながら、俺と紫杏はダンジョンボスへと挑むことにした。
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