第16話 それは魂が汚れるような感覚

「でかっ」


「小鬼って感じじゃないねえ」


 ボスがいる部屋に入ると、そこには巨大なゴブリンらしきものがいた。

 紫杏の言うように小鬼とはほど遠い、人間よりも巨大な魔獣だ。

 手には大きな棍棒を持っているが、ゴブリン自身が大きすぎるため小さく見える。


「う~ん……これまでのゴブリンより格段に強いんだろうけど、いまいち実感がないなあ」


「善のほうが強いからね」


 まあそりゃそうか。

 レベル50相当の強さでも勝てないダンジョンのボスなんて、【中級】ならともかく【初級】ではありえない。

 この威嚇も本当ならそれだけで怖気づくようなものなんだろうけど、なんだか小動物が懸命に吠えてるようなかわいらしいものに見えてくる。


 そんな俺の様子が気に入らなかったのか、ボスゴブリンは大声で叫びながら突進してきた。

 この体の大きさだとそれだけで脅威となりそうだな。

 それがましてや肉厚な木で作られた棍棒を振り下ろすのだから、【初級】ダンジョンとはいえ、舐めてかかると大怪我をすることになる。

 ……というか、下手したら死にそうだ。


「でも、こうしてレベルというかステータスが上回っていたら関係ないけどな」


 受け止めるのは少し怖いので、横に跳躍して棍棒の攻撃をかわす。

 普通のゴブリンのときと何も変わらない。

 大ぶりな攻撃を避けてその隙をつくように反撃するだけだ。

 それが巨体になって、スピードも威力も上がっているだけのこと。


「でもさすがに一発では倒せないのか」


 ステータス差があるため、初心者用の剣でも気持ちよく相手の体の深くまでを斬り裂くことができる。

 相手は痛みにひるむもすぐに反撃をしてくるため、またかわして反撃することを繰り返す。

 それを何度か行うも、他の雑魚ゴブリンたちと違ってなかなか倒すことができない。

 これは俺のステータスがレベルのわりに低すぎるせいか、それともボスの耐久力が高いからなのか。

 後者であることを願いつつ、俺は無傷のままボスゴブリンを追い詰めることに成功した。


「がんばれ~」


 そこで視界の端に映った紫杏を見てふと気になった。

 このまま俺だけでこのボスを倒したら、紫杏のダンジョンクリアの貢献度が足りなくなるよな。

 そうなると俺だけが【初級】ダンジョンをクリアしたことになってしまう。

 これからも紫杏と一緒にいるためには、紫杏もボスへの貢献度をあげたうえでボスを倒さないとな。


「紫杏、ちょっとボスの相手してほしいんだけど。できる?」


「うんできるよ~。殴ればいいんでしょ?」


「あってるような、あってないような……」


 ちょうどボスゴブリンとの距離が離れたため、紫杏と入れ替わるように移動した。

 紫杏はそのまま前進していって……拳を軽々と振りぬいて、ボスゴブリンの腹部に深々と突き刺した。

 うわっ……あの巨体が吹っ飛ぶほどの怪力なのか……。

 紫杏は紫杏でレベルが上がったことで、元々の肉体の強さがさらに強化されてるみたいだな。


「おっ、まだ元気っぽいね~」


 ゴブリンはすぐに起き上がり紫杏に襲いかかるも、再び腹部を殴られて後方へと飛んでいく。

 多分ダメージ自体は、俺の攻撃のほうが上回っているはずだ。

 だけどなんというか……えげつない。


 起き上がる、近づく、殴られ吹っ飛ぶ。それの繰り返しだ。

 俺のときよりもボスゴブリンが不憫になってしまうのはなぜだろう。

 淡々と機械的にそれを繰り返すからか、ボスゴブリンは徐々に紫杏に恐れを抱いているようにも見える。


「ねえ、善。飽きた~」


 魔獣をぶん殴りながら言うセリフじゃないんだよなあ……。

 でも、これなら紫杏もボス攻略に貢献したってことになるはずだし、あとは二人がかりで倒してしまうか。


「あっ」


 と思ったら、紫杏に何度目となるかわからないボディブローをされたボスゴブリンが、倒れたままぐったりと動かなくなった。

 そして、体が黒い煙へと変わっていく。

 ああ、倒したのか。本当に耐久力だけは無駄に高かったな。


「つかれた~。ねえねえ、運動してお腹すいちゃった。精気ちょうだい」


「かわいく言ってもだめ。あげるのは夜だけって決めてるだろ」


「うう~、お腹が空いてもう動けない~……」


 絶対嘘だ。

 ここで甘やかしたら俺はいよいよ紫杏の肉体に溺れることになる。

 紫杏のことだから、それさえも喜びそうだし、俺がなんとか自制しなければ……。


「んん?」


「どうした紫杏?」


 俺の腕に抱きついていた紫杏が、ふと怪訝そうな声を出す。

 もしかしてボスゴブリンと戦ってるときに無茶でもしたのか?


「なんか、善から精気をもらったときみたいな感じが……」


「えっ!? ついに触ってるだけで精気を吸えるようになったのかお前」


「ち、違うよ! 善の精気ならもっと美味しいから、すぐわかるもん!」


 よかった、このままでは夜以外は、接触すら禁止しなければいけないところだった。

 でも、精気を吸ったときに似た感覚か……ああ、もしかして。


「紫杏。カード見せてくれ」


「いいよ~。はい」


 相変わらず俺を信用しているようで、あっさりとカードを見せてくれるが、そこには予想どおりの記載がされていた。


「レベルが上がってるな」


「え、それじゃあ、善のレベル下がっちゃった?」


「いや、なんでだよ。ボスゴブリン倒した経験値で上がったんだろ」


 ボスにとどめを刺したのは紫杏だ。

 だから、ボスの分の経験値を得てレベルが上がったというだけだろう。

 精気を吸ったときに似た感覚というのは、要はレベルが上がった感覚のことだったんだ。


「ええ!? 嫌だ!」


 …………なにが?

 言葉の意味を考えるもさすがに理解することはできなかった。


「嫌って……なにが?」


「善以外から精気吸いたくない!!」


「いや、精気というか経験値……」


「あんなゴブリンなんかの経験値いらない! 善の経験値がいいの!」


 そんなこと言い出したら、俺はあんなゴブリンたちの経験値を延々と稼いでいたんだが……。


「ねえ善、家帰ろう? 精気ちょうだい?」


「だから……それは夜にって」


「かわいい彼女があんな魔獣に汚されたんだよ!? 善の精気で上書きしてよ!」


 わからん……。

 サキュバスになったから、種族の違いによる認識の違いでもあるのだろうか……。

 また俺の精気を吸うための口実かと思ったが、わりと本気で嫌がっている。


 紫杏をなだめるのにやけに苦労したが、とにかくこれでこのダンジョンは攻略が完了だ。


     ◇


「すごいですね! もうここをクリアするなんて!」


 他の人たちに聞かれないように、別室で受付の女性が興奮した様子で祝福してくれて、預けていたカードが返ってくる。

 そこにはたしかにボスゴブリン討伐の記録が刻まれていた。

 カードを預けることになり、俺のスキルや紫杏がサキュバスだとばれないか少し焦ったが、どうやらこのカード持ち主が触れながら内容を確認すると意識しない限りは、ステータスやスキルは見えないらしい。

 さすがは魔法と科学力の技術の結晶なだけある。


「烏丸さんと北原さんの功績は、しっかりと刻ませていただきました。今後は初心者ではなく【初級】探索者として扱わせていただきますね」


「ありがとうございます」


 よかった。二人ともダンジョンを制覇した扱いになるようだ。

 もう一度あのボスゴブリンと戦っても、得られるものもあまりないしな。


「ボスが落とした装備品は買い取りでよろしいんですよね?」


「俺たちじゃ使えないので、それでお願いします」


 これが剣なら俺が使うことも考えられたが、よりによってあの大きな棍棒だもんな。

 紫杏なら使えなくなさそうだけど、そんなこと言ったら不機嫌になったうえでベッドの上で仕返しされるからやめておこう。


「それで、その……」


「まだなにか?」


 ちょっと恥ずかしそうにしながら、俺たちにかける言葉を吟味しているようだ。

 なんだろう。なんか言いにくそうなことでもあるのか。


「気が昂ってしまうのはわかるのですが……あまり、その……ダンジョンであまり激しい行為はやめたほうが……」


「き、キスだけなので!」


「それ以上のこともしそうだったんですか!?」


 ……あれ、たしかにおかしいな。

 紫杏との行為が当然になりすぎていた。

 なんだか、自分の中の常識が知らず知らずのうちに破壊されているなあ……。


 隣にいるサキュバスを見ると、彼女は目が合ったことに気づいて微笑んだ。

 彼女がサキュバスって大変だなあと、俺は改めてため息をつきそうになるのだった。


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