第8話 現世界に灯された秋の雨

「その様子だと、レベルはまた1に?」


 俺の表情からうまくいかなかったことを汲み取ったのか、大地にそうたずねられる。


「ああ、俺は毎晩レベルが1になると思って行動したほうがよさそうだ」


「ごめん。私の……」


「紫杏は悪くないし、俺があげたいからそれはいいんだけど」


 レベルが低すぎるから、まだまだ与える精気が不足して抑えが効かなくなってるのかもしれない。

 紫杏がサキュバスの体質に慣れていないせいで、これから慣れてきたらレベルを吸う量も調整できるかもしれない。

 そもそも、レベルが低いなら低いなりの方法でスキルを活用すればいいじゃないか。

 だから、紫杏が気に病む必要は一切ない。


「あ、そうだ。今日はレベルを5まで上げてみよう」


「うん、善ならきっとすぐだよ」


「……とんでもない会話なんだよねえ。もうちょっと自覚して?」


「私も大地も別々に上げてるけど、ようやく昨日2になったところだよ?」


 そこはまあ、どうせ1になるので勘弁してほしい。


「でも、5まで上げるってことは職業スキルのほうを試すってこと?」


 現世界の者たちは、【剣士】や【魔法使い】のような役割の加護を得ることができ、その状態でレベルを上げることで職業ごとの力が成長する。

 大地の言う職業スキルというのも、その力の一つでありレベルを一定値まで上げることで授かることができる。

 レベル5を目指したのは、その職業スキルを最初に得るために必要なレベルだったからだ。


「そうだな。学校の教えのとおり、今の職業はみんなと同じ【探索者】だけど、場合によっては別の職業を試すとかもいいかもしれない」


 【探索者】は学校側に推奨されている職業で、ダンジョンに挑む際に有利な職業となっている。

 現時点ではよっぽどひねくれものでもないかぎり、学生はみんなこの職業だろう。


「そういえば、装備品はもう買ったの?」


 そう聞いてくる夢子のほうを見ると、そういえば昨日は身につけていなかった腕輪をしている。

 このぶんだと、武器も支給されたものではなく、自分たちで買ったものを使っていそうだ。


「そこまでは、まだ考えていなかったな」


「じゃあ、紫杏にプレゼントしてあげれば? 善が選んだものならなんでも喜ぶでしょ?」


「うん! 私一生大切にするよ!」


「だから、うかつなもの選べないんだよ……あとで新調しようとしても、絶対前買った装備外さないだろお前」


「そりゃあまあ、善がくれたものですから? 墓場まで持っていくね」


 ほら、これだ。

 紫杏のこの発言には、提案した夢子も苦笑いするしかなかった。


「でも見るだけ見てもいいんじゃない? アキサメなら僕たち学生の懐にもやさしいよ」


「アキサメか~。あそこ安物も高級品も取り扱ってるから、混んでるんじゃないか?」


「その辺は、しっかりと客をさばいてたよ。さすがは一番古い異世界の商会ギルドなだけあってね」


 異世界からわざわざ現世界に進出してきた商会だもんな。

 歴史と実績が他とは違う。

 ともあれ、せっかく二人から勧められたことだし、買うかどうかは別として行ってみるか。


    ◇


 放課後になり、俺と紫杏は電車に乗って隣駅まで移動した。

 駅の構内からでも確認できる巨大なビルが今回の目的だ。

 でかでかと商会ギルドアキサメと書かれているので間違いない。


「こりゃあ、相当稼いでいるんだろうなあ」


「老舗だからね」


 それが根拠になるかはわからないが、現世界と異世界が初めて交流してすぐにできた商会だ。

 今や世界間の商業のボスのような存在だし、稼いでいるのも老舗なのも間違いではないはず。


「武器、武器、武器、あった!」


 支給品と同じようなサイズの剣の売り場を見つけた。

 たしかに、こうして見るともう少しまともな武器が欲しくなってくる。

 特に、俺はこれからレベルやステータスを伸ばせない可能性があるし、武器だけでも強くしていくのも悪くはないだろう。


「これなんか良さそう……うえっ、高い!」


 値段を見て思わず大声で叫んでしまう。

 何事かと、店内の人たちにじろじろと見られてしまい恥ずかしい。

 すると、店員の一人がニコニコと笑いながら近づいてきた。


「お客様。そちらの商品はお客様には不釣り合いかと存じます」


 貧乏人の学生にはふさわしくないようだ。

 これについては、店内で品物の値段を批判するように大声をあげた俺が悪い。

 なんなら同業他社の嫌がらせみたいな行為だし、追い出されずに嫌味を言われただけならマシなほうだ。


「す、すみません」


「ごめんなさい、私の善がご迷惑を……」


 紫杏まで謝らせてしまったことに、ただただ反省するばかりだ。

 だから、その私の善って言葉にはつっこまないぞ。


「まったく、騒々しいな。これだから貧乏人用の商品を取り扱うなと言っているんだ」


 先ほどの店員とは別に、嫌味っぽい男の声が聞こえてくる。


「さっさと出て行ってくれないか? どうせ、遊び半分でダンジョンに挑むつもりなんだろう?」


 ……わりと当たってる部分もあるだけに批判しにくいな。

 初心者ダンジョンでスキル検証、レベル検証、紫杏の体質検証としてきたが、どれも楽しんでたし。

 遊び半分というか、ふざけていたつもりはないけど、楽しんでいたのは事実だ。


「ん? そこの君、そんな貧乏人の男より僕と組まないか?」


 そいつは、紫杏を見るなり俺への興味を失ったらしく、あろうことか紫杏をナンパし始めた。


「組まない。紫杏は俺の彼女だから、お前と組むことは一生ない。でも、紫杏がかわいくてつい声をかけてしまうって気持ちはわかるぞ」


 だから、その行為自体は咎めるつもりはない。

 紫杏が嫌がるから止めはするけど。


「はあ? お前みたいなみずぼらしい男が? どうせ大したユニークスキルでもないし、レベルも低いんだろう? 彼女を束縛するなよ」


「えいっ!」


 ああ!? まだ俺に文句を言っている途中だった男がふっとんでいった。

 やったのは、紫杏だ。右手で力強く握りこぶしを作っているので間違いない。

 お前、男は苦手なのに、なんでいつも暴力だけは許容範囲なんだよ!?


「し、紫杏!」


「あいつ、善を馬鹿にした」


 いや、褒めてほしそうに上目遣いをするな。

 せめてもっと人目のないところでやらないと、店員さんに思いっきり目撃されてるじゃないか。


「すごいパンチでしたね」


「い、いえその……」


「まあ、今回はあちらのお客様が言いがかりをつけてきたわけですし、私はなにも見ませんでした」


「あ、ありがとうございます……」


 だけどこれ以上ここにいるわけにもいかない。

 俺は紫杏の手を引くと急いで店を出て行くのだった。


「次からはなにか買ってくださいね? お客様は神様ですが当商会のモットーですので」


 嫌味っぽい人かと思ってのだが、善良なお客様にとってはいい人なのかも?

 きっと、俺が大声で他の客の邪魔をしたり、あの男が他の客である俺に絡んだから辛辣だったんだろうな。

 次からはいい客でいられるように気をつけないと……


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