第9話 頼みの綱の資格奨励金
「ねえねえ、善。私の鉄拳成長してたよ」
向こうが悪いとはいえ、暴力を嬉々として報告しないでもらいたい……
「それはそうだろ。紫杏はレベルもステータスも前より上がっているんだから、くれぐれも力加減に気をつけてくれよ?」
「違うの。たしかに私のすごいパワーも成長したけど、それだけのパワーをちゃんと制御できたんだよ? だってあの男、重症じゃなかったでしょ?」
……たしかに。
見た目こそ派手なパンチだったけど、頬を腫らした男は気絶しているだけだったように見えた。
顎の骨とか折れたような嫌な音は聞こえてないし、致命的なダメージを受けている様子ではない。
「……まあ、一応紫杏も成長しているってことか?」
あとは、もう少しだけ沸点をなんとかしてほしい。
言葉に拳をもって答えるのは獣のやり方だ。
「いや、でもそんな加減の練習とかしてないよな? ……あっ」
いつも一緒にいるから、紫杏がそんな特殊な特訓していないのは知っている。
ならばなぜ急に力加減ができるようになったのか。
それには一つだけ心当たりがあった。
「紫杏。ステータスどうなってる?」
「えっ? そういえば昨日は確認してないや」
そう言いながら紫杏はカードを取り出すと、やはり想像していたとおりの記載がされていた。
レベル6という数字、サキュバス化したことで強制的に固定された職業にはサキュバスの文字。
そして、スキル【魔力制御】。
思えば、さっき紫杏が男を殴り飛ばしたとき、その魔力はいつもよりもかなり少なめだった。
ありあまる魔力を、全力で使うしかできないはずの紫杏がだ。
「なるほど、つまり私はやりすぎない範囲で、善の敵を痛めつけることができると」
「言いかた」
認識は間違っていないだけにたちが悪い。
お前はやりすぎるから、その拳は使わないようにしなさいと言っていたのに、このスキルのせいで暴力による解決をするようになるかもしれない。
……こいつ、サキュバスじゃなくて獣人なんじゃないか?
「これまでどおりで頼む。人間には言葉があるんだ」
「わかった。肉体言語だね」
なにもわかってないが、きっとわかってくれていると信じよう。
【魔力制御】のせいで、俺が紫杏を制御できなくなりそうなのだが、そのスキルなかったことにできないだろうか……
◇
「でも、紫杏ばかりじゃなくて、俺も職業スキルを会得しないと」
そう息巻いてやってきたのは初心者ダンジョン。
もうほとんどの人たちは自分に合った【初級】ダンジョンに行っている。
ここに通ってるの俺たちくらいなんじゃないか?
「どうも烏丸さんに北原さん。今日も仲が良いですね?」
「はい! ラブラブです!」
ついに、そう認識されてしまった。
いや、元々そんな目で見られていたような気もするし今さらか。
「今日はちょっと遅くまで潜らせてもらいます」
「そうですか。気をつけてくださいね?」
「はい、ありがとうございます」
と言っても、スライムしか出ないけどね。
むしろ、油断や慢心をしないように気をつけよう。
「職員さん綺麗だよね」
「まあ、そうだね」
「そこは、紫杏のほうが綺麗だよって言うところじゃない!?」
「俺は紫杏のほうが好きだけど、どっちが綺麗かと言われると判断できないかな」
「も、もう! しかたないなあ、善は」
望む答えではないが、俺が紫杏のほうが好きなのは伝わったのか、怒りながらでれでれするという器用な真似をされる。
そういえば、こうやって手に抱きついてくる力も以前より加減されていて、痛みはなく柔らかさだけが伝わってくる。
なるほど……やるじゃないか【魔力制御】。
さて……しばらくスライムを狩るか。
◇
「善って作業に集中すると感情なくなったみたいだよね~」
スライムを倒す機械になって数時間。
ようやくレベルが5に上がったため、俺は作業を終了した。
紫杏は俺の邪魔をしないようにするためか、作業中は一切話しかけず接触してこなかった。
「なんて理解のある彼女なんだ……」
「なんか、なにもしてないだけなのを、そこまでありがたがられると複雑というかですね……」
「でも、おかげで思っていた以上の速さで目標のレベルになったぞ」
「うん、それはおめでとう。そしてごめんなさい。多分そのレベルもおいしくいただきます……」
それは別にかまわない。
俺の今日の目的は、レベルが上がったことで得られるスキルのほうなんだから。
「俺のレベルを食べる分には別にかまわないさ」
「ほほう、つまり俺以外の男のことは見るなと? いやあ、善が嫉妬してくれるなんて嬉しいなあ。当然、善以外の男なんて食べるはずないけどね!」
そうなのか? そうなのか。まあ、何割かは嫉妬かもしれないし、いちいち否定はしないでいいや。
「ところで、善はどんなスキルを覚えたの?」
紫杏が覚えた【魔力制御】はサキュバスの職業スキルだ。
だけど、俺は探索者なので別のスキルを入手している。
「【環境適応力:ダンジョン】だな」
「ダンジョンが居心地よくなるってこと?」
「いや、ダンジョン内にいるとステータスが上がるスキルだよ」
俺たちが戦うのは、例外を除いて全てダンジョンの中でとなる。
だから学校でも最初に探索者を選び、このスキルの習得を推奨しているのだろう。
というか、それは紫杏も習ったはずだけど……多分、この様子だと忘れてるな。
「へえ、便利だねえ。それじゃあ、善のレベルが1になっても前より強くなってるってことだね」
「そうだな。問題はレベルが1になっても、ちゃんとこのスキルが残るかどうかだけど……」
なんせ、レベルが下がるなんて現世界では聞いたこともないからな。
習得したスキルだけは、レベルの減少によって失われないといいんだけど、試してみないことにはわからない。
「ということで、今日は少なくともレベルが4以下になるように吸ってくれるか?」
「任せて! どうせ、我慢できなくて全部吸っちゃうから!」
「そこは、自信たっぷりに言わないでほしかったかなあ……」
少し顔を上気させたように、俺に抱きついてくる紫杏。
やっぱり今までと違って、抱きつかれてもやわらかくて気持ちがいいだけだった。
こうして絶妙な力加減を覚えることで、サキュバスは精気を搾り取りやすくしてるのかもなあ……
案の定、その日の晩は俺のレベルは根こそぎ奪われるのだった。
そして、下がったレベル以外もカードの内容を確認していく。
「スキル【環境適応力:ダンジョン】……」
ちゃんとある。
これで、レベルがリセットされる生活にも、なんとか光明を見出せそうだ。
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