第7話 捕食者の本能的衝動

「紫杏のレベルがもう4になってるのは、そういう理由だったんだね」


「愛だね!」


「間違っちゃいないけど、食欲と言ったほうが正解に近いと思う……」


 いや、そりゃあ愛もすごかったけどさ。

 それ以上に栄養補給というか、命を維持するための行動のようだったよ、あれは。


「だから、あんたずっとお腹鳴ってるのね。一日に1レベルでも足りないって、善が相手じゃなかったら餓死してたんじゃないの?」


「つまり、私と善は運命で結ばれていると!」


「はいはい、お似合いよあんたたち」


 じゃれ合う紫杏と夢子を傍目に、俺は一つ気になったことを聞く。


「やっぱり、俺のレベルが上がる速度って早いほうなのか?」


「初心者ダンジョンで少し狩ってただけでしょ? 異常だよ、その速度。だって、僕たちはまだレベル1だから」


 なるほど……ちゃんと俺のスキルは役目を果たしてくれていたようだ。

 レベルとかステータスの平均値って、学校では教えないようになってるからなあ。

 自分がどの位置にいるのかわからなかったんだ。


 まあ、気軽に情報を開示するなってことなんだけど、この二人が相手なら問題はない。

 向こうだって、包み隠さずこちらに情報をくれているわけだしな。


「さっき言っていた【超級】の探索者って、どれくらいのレベルなんだろうな」


「さあ、見当もつかないね……100とかいってるかもしれない」


 となると、俺が【超級】の探索者になるのは無理だな。

 これから俺のレベルは毎日紫杏に捧げるつもりだし。

 いや……少しだけ残してもらうこととかできるか? 今晩試してみるか。


「紫杏」


「ん? どうしたの、善」


「今日は俺のレベルが2になったら、レベルを吸うのをやめてもらえるか?」


「も、もう! そんなに私にレベル吸われるの楽しみにしてるの? 善のえっち!」


 ……あまりよくない勘違いをされてしまったが、言われてみればそのとおりだ。

 これじゃあ、まだ日も落ちてないのに、紫杏とのことばかりを考えてるみたいじゃないか。


「その発言ができるってことは、これから初心者ダンジョンに行って、レベルを3まで上げられるってことだよね……うん、やっぱりそのスキルとんでもないと思うよ」


    ◇


「さあ、今日もスライム狩りだ」


 俺のレベルは1になっているため、安全を考えると結局ここが一番だと思う。

 ということで、三日連続で俺と紫杏は初心者ダンジョンへ入場した。

 職員のお姉さんに、浮足立っていないようでなによりですと褒められたが、スキルがなかったら俺も他のダンジョンに通うことになってたかもしれないな。


「地道な作業は嫌いじゃないしな。上げられるだけ上げてみるか」


 といっても、現在はすでに午後の三時。ここから夕飯までこもったとしても三時間程度か……

 レベルは3か4あたりになれば、いいほうかもしれないな。


「しかし、代わり映えしないな」


「つまり、善はもっとドキドキしたいと。私が後ろから抱きついたりするのはどうかな?」


「ドキドキの意味合いが変わるし、さすがに魔獣を前にふざけるのは遠慮したいかな」


 紫杏も暇なのか、そんな冗談を……冗談じゃないかもしれないな。

 だけど、いくらスライムしか出ないとはいえ、ダンジョンでふざけるような悪癖はつけたくない。

 ここだからいいけど、他だと怪我をする場合だってあるし、【中級】以上は死ぬことだってあるのだから。


「もっと真剣に戦わないとな」


 気を引き締めなおして、改めてスライムと対峙する。

 攻撃はしっかりと避けて、剣で切りつけるだけ。

 そうしているうちに、とあることに気がついた。


「なんか、昨日よりも戦いやすくなってるかも」


「もうレベルが上がったの?」


「いや、レベルとステータスは変わってないな」


 要は慣れたんだろう。

 スライムと戦い続けたことで、スライムの行動パターンを体が覚えたんだ。

 ステータスには何も変わりはないのだが、見えない部分で強くなったってことだろう。


「この辺は勘違いしがちだから、忘れないようにしないとなあ」


 レベルが上の探索者が、なめてかかった相手に返り討ちにされることだってあり得る。

 なにもわかりやすいステータスやレベルだけが強さじゃないのだが……

 どうにも、わかりやすい指標があるせいか、そのことがついつい頭から抜け落ちてしまうことが多いのだ。


 裏を返せば、俺のレベルが1だったとしても、決してレベル差がある相手に太刀打ちできないってわけじゃない。


「おっと……4になったけど、もうこんな時間か」


 できれば5にしたかったが、無理はしないほうがいいだろう。

 当初の予定通りの時間で切り上げて、俺たちは家へと帰ることにした。


    ◇


「えっと……」


 もじもじと照れくさそうにする紫杏。

 だが、こっちだって恥ずかしいのを我慢しているのだ。

 そちらがそんな態度だと、その恥ずかしさが俺にまで伝染しそうだ。


「いただきます……」


 それをごまかすためか、紫杏はあくまでこれを食事と割り切るためにそう言った。

 そして、さすがはサキュバスだ。

 気を抜くと意識を失いそうになってしまう。


 体から徐々に力が失っていくのがなんとなく理解できる。

 特に大きな喪失感を感じたときは、やっぱりレベルが1下がっている。

 これですでに俺はレベルを2も紫杏に捧げたってわけだ。


 そして追加でさらにレベルが失われていくのがわかった。

 カードを見ると、俺のレベルはすでに2になっていた。

 ここまでだ。一度これで切り上げさせてもらうよう紫杏に頼まないと……


「善、どこ見てるの? もっと私を見て?」


 抗えない。

 なんだか頭の中がぼんやりとして、思考がにぶくなってしまう。


「し、紫杏……今日はこれで……」


「だめ。もっとちょうだい?」


 結局、俺はその日に溜めたレベルのすべてを紫杏に奪われた。


    ◇


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


「いや、しょうがないよ。なんか紫杏も普通じゃなかったから」


 俺の言うことを聞かずに、欲望のままに俺のレベルを貪った。

 その事実に紫杏は反省して謝り続けている。

 だけど、これが原因で今後俺のレベルを食べるのをやめるとか言い出したら、そちらのほうが心配だ。


「おいしすぎて我慢できなかった……」


「でも、レベルが1になったらきっかりとやめてくれたな」


「だって、それ以上やると善が危険だってなんとなくわかるから」


 つまり、生命活動へ支障が出るほどは吸われないというわけだ。

 だけど、レベルならば根こそぎ吸い尽くすほどには、その欲求には抗いにくと……

 あれかな。サキュバスも餌に死なれたら困るから、殺すまでは吸わないようにできているのかもしれないな。


「となると、毎日レベルは1まで下がると思ったほうがいいかもしれないな」


 謝ろうとする紫杏を止めながら、俺はそう結論を出すことにするのだった。


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