第6話 熟年のような若年カップル

 紫杏と二人並んで道を歩く。

 並んでというか、紫杏は俺の腕に抱きつくようにしているが、いつものことだ。

 そのまま高校へと向かうが、途中で見知った顔を見かけた。


「よう、おはよう大地だいち


「善。それと紫杏もおはよう」


 あまりにも低い身長なうえ、かわいらしいという表現があう顔立ちなので、中学生か下手したら小学生にも見える。

 だけど、この木村きむら大地だいちはれっきとした俺たちの幼馴染だ。

 小学生からの付き合いであるため、さすがの紫杏も会話くらいはできる数少ない男でもある。


「おはよう大地。夢子ゆめこを待ってるの?」


 細川ほそかわ夢子ゆめこは大地と違って、俺たちが高校に入学してからの友人だ。

 紫杏と初対面ながらもすぐに仲良くなり、その流れで俺たちとも友人となった。

 さらに言うと、いつのまにか大地と付き合うことになっていた女の子だ。


「まあね。休み中は別々にダンジョンに入ってスキルを試してたから、情報も共有しておこうと思って」


「そうなのか。そんな理由がなくても一緒に登校すればいいのに」


「どうせ学校でずっと一緒なんだから、わざわざ登校まで一緒にする必要なくない? ……うん、君たちに言っても無駄だった。忘れて」


 大地と夢子は、俺たちのようにいつもべたべたしてるわけじゃない。

 だけど、別にどちらの付き合いが正しいというわけではなく、これは互いの性格の違いなんだろうな。

 それがわかっているからこそ、大地も俺の腕に抱きついてる紫杏を見て若干呆れつつそうこぼしたのだろう。


「でも、ダンジョンまで別々に行ったんだな。せっかくなら一緒に行けばよかったのに」


「僕たちは堅実に初心者ダンジョンに行ったからね。あそこ、スライムしか出ないから危険はないけど、簡単に倒せるから二人で行く意味ないでしょ?」


「それはそうかもしれない。結局俺一人で全部倒せたし」


「私は善のかっこいいところ見れたらそれで満足だからね!」


「あはは、相変わらず愛されてるね」


 話しながら教室に入っていくと、先に到着していた夢子が俺たちに気づいて手をひらひらと振った。

 大地はそれに応じることもなく席へとつく。

 まあ、俺たちの席は近いから、わざわざ手を振り返す必要はないかもしれないけど。

 なんか、一見すると冷めた関係にさえ見えるな。


「紫杏と善も一緒だったんだね。それなら私も一緒に登校すればよかった」


「大した話もしてないし、わざわざ時間を合わせる必要はないよ」


 うん。やっぱり冷めてるというか枯れてるというか、これで二人とも互いが大好きだなんてわかりにくいにもほどがある。


「紫杏。ちょっと離れてくれないと座りにくい」


「ええっ!? 私の体に飽きたの!?」


 こいつはこいつで、俺のことが大好きだとわかりやすすぎるけどな!


「人聞き悪いこと……」


 言うなと続けようとしたけど、言葉につまってしまう。

 思い出すのは昨晩と一昨日の晩のできごと……


「飽きるわけないだろ」


「だよね! よかった~。善に見捨てられたら、どうしようかと思ったよ」


 そんな俺たちの様子に周囲は気にすることもない。

 さすがにもう同じ教室の連中には、俺たちのこのようなやり取りも慣れたものなんだろう。

 一人を除いては……


「ん~……あんたたち、もしかして」


「おっ、さすがは夢子。わかっちゃうか~! いや~恥ずかしいな~!」


 嘘をつくな。

 それが恥ずかしがってる人間の反応か。


「ああ、そういう……」


 大地は大地で夢子の発言からなにかを察したようだ。

 根掘り葉掘り聞いてくるタイプじゃないからいいのだが、本当に枯れたようなカップルだな。


    ◇


 午前中の授業を終えて、俺たちは四人で昼食をとった。

 二人は情報を共有すると言っていたので、俺たちもそれに混ぜてもらいたかったのだ。

 こいつらになら、紫杏がサキュバスになったことを相談しやすいからな。


「じゃあ、僕のスキルから、僕のスキルは【毒魔法】だったよ。それなりに馬鹿にならない効果だったけど、耐性があって通用しなかったり、解毒できる相手には苦戦するだろうね」


「毒か……毒舌な大地にはぴったりだな」


「思ったことを言ってるだけだよ」


 ニコニコと笑ってる顔は、年上のお姉様方に人気がありそうだが、その裏で何を考えているかわからない。

 いや、今回は俺の軽口に若干の威圧をしている笑顔だな。


「あちゃあ、魔法同士かぶっちゃったか~。私のスキルは【炎魔法】だった。このままだとどっちも後衛になっちゃうね」


「いいよ別に、僕が前衛で戦うから」


 当然だとばかりにそう決めると、大地は俺たちに聞いてきた。


「それで、二人はどんなスキルだったの?」


「えっと、俺のほうは【必要経験値減少】の【極大】ってやつだった」


「!」


 夢子が驚き大声を上げそうになるが、すんでのところで自ら口を押さえて言葉を飲みこんだ。

 大地も珍しく驚いた顔でこちらを見ている。


「【必要経験値減少】って、超級の探索者と同じスキルよね……?」


「そっちは【大】だったはずだよ。【極大】って……もしもダンジョンの階位と同じってことなら、それ以上のスキルってことになるね」


 大地の言うように、ダンジョンには階位と呼ばれる順位付けがされている。

 【初級】【中級】【上級】【超級】【極級】そして、異世界にしか存在しない【神級】。

 俺たちが行った初心者ダンジョンは、【初級】のうちの一つで、その中でも最も危険度が低い。


 問題なのは、極という字だ。俺のスキルと階位が同じ意味であれば、それは現世界では最大の効果を持つことになる。

 ……その辺も色々と検証していきたいんだけど、今はそんなことより紫杏の体質の変化のほうを優先したいからな。


「でも、それなら善のレベルって相当上がったんじゃない? 元々レベル上げみたいな作業好きでしょ?」


「いや、それで相談なんだけど……」


 俺は二人にカードとレベルを見せると、二人とも先ほどではないが驚いていた。


「1……。意外だね。善なら一日中、魔獣を狩ってレベルを上げると思っていた」


「相談って言ったわね。もしかして、紫杏のスキルに関することかしら?」


 夢子はそう言って紫杏を、紫杏に生えていた角や翼をじろじろと見つめる。

 紫杏の恥ずかしそうなかわいた笑いが聞こえるが、ここからが本題だ。


「私のスキル、【サキュバス化】だったんだよね~」


「まあ、そんなところでしょうね。見た目変わってるし」


「【悪魔化】とか【魔王化】とかも考えたけどね。そっか、サキュバス……ね」


 あっさりと紫杏の種族の変化が受け入れられる。

 心配はしていなかったが、やはりそのことがとても嬉しく感じる。

 しかし、大地の反応が気になるな。サキュバスになにか思うところがあるかのようだ。


「大地? なにか心当たりでもあるのか?」


「う~ん……あんまり愉快な話じゃないよ?」


 珍しい。いつもずけずけと物を言う大地が口ごもるなんて。

 でも、今はどんな情報でもほしい。

 紫杏のほうを見ると目が合い頷いたので、俺は大地に続きを促した。


「大丈夫。今はなんでもいいから情報がほしい」


「そう……淫魔戦争のことは聞いたことあるでしょ?」


「淫魔の女王が、異世界中の種族を支配しようとしたって昔話だろ?」


 俺もサキュバスについて調べたけど、結局そんな大昔の話しかわからなかった。


「うん。結局色々な種族たちが協力して、英雄と呼ばれる者たちが女王を倒した。でも、淫魔の女王は逃げ出したとか、封印されただけとか、その最期には色々な説があるらしいんだ」


「そうだったのか。てっきり打倒されました。めでたしめでたしかと思っていた」


「そう言われてる理由なんだけど、淫魔の女王は他の淫魔の体に魂を移す力を持っていたらしいんだ」


 それは、初耳だ。


「じゃあ、淫魔たちが現世界に一人もきてない理由って……」


「淫魔の女王が体に潜んでいたら大問題だからね。異世界でさえ滅びかけた。現世界なんて餌場にすぎないんじゃないかな?」


「で、でも紫杏は人間だぞ?」


「僕たちだって人間の血は濃いけど、遠い先祖がどんな種族だったかわからないよね? 紫杏を疑うわけじゃないけど、念のためできる限りは調べたほうがいいんじゃないかな?」


 大地の言うことは正しい。

 異なる種族同士で子を作ったとき、種族同士が混ざった子が産まれることはほとんどない。

 母親か父親の種族として生まれてくることになる。

 そのせいか、自分の先祖を遡っていくと思いもよらぬ種族だった、なんてことは決して珍しい話ではない。


「だから言ったじゃない。愉快な話じゃないって」


「ううん、ありがとう大地。大丈夫、善は私が人間でもサキュバスでも好きなんだもんね~?」


「まあ、そこは否定しないけどさ。もうちょっと真剣に考えろって、自分のことなんだぞ?」


「真剣だよ? 私にとってはそれが一番大切なの」


 また、そんな曇りのない目で見つめてきて……


「ところで、善のレベルが1なのって、やっぱり紫杏に吸われたからなの?」


「さっすが夢子! 大正解!」


 そこまで言っちゃうの!?

 その後は夢子はからかうように、大地はほほえましそうに見られてしまい、なんとも居心地の悪い思いで午後の授業を迎えるのだった。


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