第5話 夜の男女、濃厚な味する語らい
俺のレベルだけがなぜか下がるという不思議な現象に頭を悩ませていると、かわいらしい腹の音が聞こえた。
紫杏のほうを見てみると、やはり恥ずかしそうに赤くした顔を伏せていた。
「まだ足りなかった?」
「ご、ごめん。なんだか昨日からずっとお腹が空いちゃって……」
「いいよ、ほら」
俺は再び紫杏に精気を与えるために抱きしめた。
その途端、足に力が入らなくなり、そのまま紫杏を押し倒すようにして倒れてしまう。
「な……なんだ……これ」
「ぜ、善! ごめんね、すぐに離れるから!」
体に力が入らない。さっきまでそんな予兆さえなかったのに、急激に気力や体力が根こそぎ奪われたかのようだ。
これってまさか、紫杏のサキュバスとしての力なのか……?
「大丈夫!? なにかできることある?」
焦る紫杏の言葉に答えようとするも、口が思うように開かない。
まずい。意識がなくなりそうだ……体が睡眠を欲しているのか、強制的に眠りにつこうとしている気がする。
◇
「夜か……」
「善!」
窓の外はもう暗い。まだ昼間だったはずなのに、俺はそんなに眠ってしまっていたのか。
俺に抱きつく紫杏の力は俺を気遣っているのか、ほとんど力を込めていない。
「ああ、なんかもう大丈夫っぽい」
倒れる寸前にあった倦怠感みたいなものはもうなくなっている。
なんだったんだ。眠って治ったってことは睡眠不足だったのかな。
「お医者さんに診てもらったけど、生命力が減っていたせいで昏倒したって言ってた……」
「生命力……もしかして、精気をあげすぎた?」
「多分そうだと思う……ごめん、私のせいだよ。もう善から精気をもらわないから……」
「いや、他の男からもらうくらいなら全部俺が渡すって」
「大丈夫。他の男となんて考えるも嫌だから。ちょっとお腹が空いたのくらい私が我慢すればいいんだよ」
ちょっとではないだろ……
昨日の夜はお前のほうこそ倒れそうだったじゃないか。
そうだ、昨日の夜は精気を渡してもこんな風にはならなかった。
というか、渡してる最中ならともかく、あんな変なタイミングで倒れた理由はなんだ?
精気を渡して足りなくなったというのなら、渡してる間に徐々に疲労や倦怠感を感じるはずだろ。
……最初は生命力以外のものを与えていたけど、それが足りなくなったせいで途中から生命力を奪われた?
「もしかして、レベルを食べてる?」
「えっ?」
それなら色々と納得できる。
俺のレベルが毎回1になっているのも、紫杏のレベルだけが上がっているのも、俺のレベルを精気として吸収した結果なんじゃないか?
そして、先ほど急激に生命力が減ったというのは、与えるためのレベルがなくなったことで、次は生命力を吸収されたから。
だとすれば、俺のレベルがもっと高ければ、紫杏は飢えずにすむんじゃないか?
「ちょっと、レベル上げてくる!」
「ぜ、善! もう夜だよ! ちょっと!」
◇
「すみません! ダンジョンに入らせてください!」
「か、烏丸さん!? あなた、お昼に倒れたって聞きましたが、大丈夫なんですか!?」
これで対応してもらうのも三度目となる職員さんは、驚いた様子でたずねてきた。
そうか、お医者さんに診てもらったって言ってたけど、ダンジョンの回復術師のことだったのか。
たしかに、今回は普通の医者に診てもらうより、そっちのほうがよかったな。
「大丈夫です! ちょっとレベル上げたらすぐに戻りますから!」
「そ、そんなすぐには無理ですって! あ、あれ……北原さんも一緒ってことでいいんですよね?」
紫杏? 紫杏なら置いてきてしまった……ぞ……
俺は職員さんが見ているほうに顔を向けると、そこにはオーガがいた。
オーガかと思った。怒れる紫杏は、それほどまでに恐ろしい雰囲気を纏っているのだ。
「善……私に言うことは?」
「ごめんなさい。先走りました……」
「まったく、帰るよ?」
「いや、レベルをあと2せめてあと1だけでも上げさせてくれ!」
「……危ないと思ったら腹パンしてでも連れて帰るからね?」
「は~い……」
本気だ。紫杏は俺のために行動してくれることが多いが、決して俺に従順というわけじゃない。
危険と思ったら暴力をもってして、俺を黙らせることも厭わない。
そして、紫杏のレベルはすでに3。かつての紫杏以上の腕力ならば、俺はあっさりと気絶させられるだろう。
絶対に無茶はしないようにしよう。
そう思いながら、俺と紫杏は今日二度目の初心者ダンジョンに挑むことにした。
背後から、職員さんが俺たちを引き留める声聞こえたが、これっきりにするので許してください。
「ちょっと、烏丸さん!? 今からじゃそんなに上げるの無理ですってば~!」
◇
「2に上げるのはすぐだったんだけどなあ」
なんとかレベルを3に上げた俺は紫杏と一緒に帰路につく。
わかったことがいくつかある。
レベルを2にする程度なら、スライム5匹程度倒せばすぐだ。
だけど、3に上げるにはけっこうな数のスライムを倒すことになった。
まあ、単純に5匹につき、1レベルなんて楽な話ではないってことだろう。
そして、俺のレベルについてだ。
ダンジョンを出てからも、帰り道で定期的に確認しても、やはり俺のレベルは3のまま。
レベルが下がった理由は、少なくともダンジョンの外に出たからではないということになる。
「あ~……紫杏」
「ん、どうしたの?」
「家に帰ったら、その……もう一回精気を食べてくれないか?」
「~~~~~!!!」
そうお願いしたときの紫杏は、すごい葛藤と戦っているようだった。
まだまだ空腹だから精気は食べたい。でも、昼間に俺が倒れたから食べてもいいものかと迷っている。
だから、俺は紫杏にお願いすることにする。これは、俺からの頼みだと思えば、紫杏も気兼ねなく精気を食べられるだろう。
「俺が、紫杏に食べてほしいんだ」
「も、もう!! 自分が何言ってるかわかってるの!? そんなこと言われたら、私も遠慮しないからね!」
自分が何を言ってるか……?
紫杏に精気を食べてくれとお願いしただけ……いや、待てよ。
その手段は、限りなく俺たちが想像するサキュバス的な行為なわけであって……
俺が紫杏にそれをお願いしたってことは……
セクハラじゃねえか!!
「ご、ごめん! 違う! いや、違くないけど!」
「だ、大丈夫? なんか、すごく真っ赤だよ?」
俺たちは気まずい雰囲気のまま言葉もなく、家へと帰るのだった。
◇
「うん、やっぱり1になってる」
「善の言うとおり、私のレベルは4になってるね」
「さすがにそのまま5にはならないか」
これでわかった。紫杏はやっぱり俺からレベルを奪っている。
そして、奪うレベルがなくなって初めて生命力を奪うんだ。
なら、紫杏の飢餓感を与えない方法は簡単だ。
俺がレベルを上げればいい。5でも10でもレベルを上げて、毎日紫杏に食べさせればいいだけだ。
「方針は決まったな」
「でも、それだと善のレベルが……」
「なに言ってんだ? 紫杏の健康第一だろ?」
紫杏のためなら、俺のレベルなんて些細なことだ。
俺の言葉を聞いた紫杏は、嬉しそうに俺に抱きついてきた。
指摘こそしないものの、わずかに腹の音が聞こえてきたので、まだまだ与えるレベルが足りてないことはわかっている。
「もうちょっと、レベル上げがんばらないとなあ……」
「無理だけはしないでよ?」
「わかってるって」
紫杏が俺のレベルを食べると言っても、単純に与えたレベルが紫杏のレベルに加算されるわけではない。
3から1に下がったということは、紫杏にはレベル2に相当する精気を与えたはずだ。
それなのに、紫杏のレベルは3から4にしか上がらなかった。
きっと俺が稼いで経験値の総量が、そのまま紫杏に渡っていると考えたほうがいいだろう。
「でも、このまま毎日精気を食べさせると、紫杏が強くなりそうだな」
「じゃあ、私が善を守るよ」
それは頼もしいが……最後の手段かな。
「どうしようもない時だけ頼む。なるべく俺が魔獣を倒したほうが、紫杏に渡せる精気が増えるはずだから」
「なるほど……つまり、善はできるだけ私に精気を渡したいんだね。えっち……」
「お前のためでもあるだろうが!?」
「えへへ、わかってるよ~。こんなに愛されてて幸せだな~」
本当にわかってんのかこいつ。明日からの生活に若干の不安を抱えつつも、俺たちは眠ることにした。
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