第2話 チュートリアルの密会
ダンジョン。これも、異世界とつながった影響で現世界に現れた存在の一つだ。
洞窟だったり地下室だったり建物だったりと、とつじょ現れた一定の広さを持つ不思議な空間。
中には異世界の魔獣と呼ばれる生き物が住んでいるらしく、当然ながら戦うことができない者が入ったら怪我ではすまない。
幸いなことに魔獣たちは決してダンジョンの外に出ないため、各国では現れたダンジョンは監視下において管理している。
そんな危険な場所なのにこれまで取り壊されたことは一度もない。
というのも、ダンジョンの中には一定周期で魔導具やら武器やら、貴重な資源が入手できるのだ。
昔の人はまるでゲームだと言っていたらしいが、俺たちにとってはもはや常識として学んでいる。
「うぉっ……さすがに人が多いな」
「みんな考えることは同じですな~」
俺たちが訪れたのは、危険な魔獣なんてまったくいない初心者ダンジョン。
だけど、そこは多くの人で賑わっていた。
俺たちと同じくユニークスキルが発現した者たちが、スキルの検証を兼ねて訪れたんだろう。
幸いダンジョンに勤める職員たちには想定内のことのようで、混雑は見事にさばかれている。
毎日こんな状態だとしたら大変だなあ……
◇
舗装されているような綺麗な石畳の道を歩く。
こうも快適に進むことができるなんて、さすがは初心者ダンジョン。危険度が上がるほどに道は険しくなっていくらしいからな。
「意外とすんなり入れたねえ」
「でも、今日登録した人は一階層だけか。それも一時間までしか入れないと」
「まあまあ、そうでもしないとあの大人数をさばききれないんだよ。きっと」
職員さんの案内でダンジョンに入場するためのカードを発行してもらった。
薄っぺらい一枚のカードだが、魔法と科学の技術を使った大切なものらしい。
ほとんどの人たちが、俺たちと同じくこのカードを発行してもらっていたので、やはり今日は完全な初心者たちが殺到する日ということだ。
「知らない人たちと集団行動しろって言われなかったのはありがたいしな」
「そうそう、紫杏ちゃん一人占めだよ~。うれしい?」
「うれしい。でも、知らない人と一緒だと紫杏が困るだろ? 特に男が相手だった場合」
「……うん、ごめんね。迷惑かけてるよね?」
「かけてないから大丈夫。俺も人が多すぎて騒がしいの嫌いだし」
紫杏は人懐っこい。人見知りするわけでもない。友人だってたくさんいる。
でも、男性が苦手なのだ。
初めて会った男性相手だと、会話こそするもののどこか距離は遠い。徐々に徐々になれていって、ようやくいつもの紫杏として会話ができるようになる。
それでもあくまで会話だけであり、指と指でも触れようものならすごい勢いで飛びのくほど、筋金入りの男性が苦手なやつなのだ。
「おっ……スライムか」
色々とありがたい。
本来の目的を考えると魔獣には早めに出現してもらいたかったし、なによりも暗い雰囲気になりそうだったので意識がそれるのは助かる。
それに、学校で習ったがスライムは誰でも倒せるような最弱の魔獣だ。初心者の俺たちにこれほど適切な魔獣は他にいない。
「それじゃあ、倒してみようか」
「うん、いってらっしゃ~い」
「え、紫杏は?」
「試したいことあるんでしょ? 私は善が満足してからにしてあげるよ~」
こちらの思いを汲んでくれたのか、あるいは本当に興味がないのか、恐らく前者だろうな。
ともかく、俺は紫杏の言葉に甘えてスライムと対峙する。
緊張からか、カードの発行とともに提供してもらった初心者用の剣がやけに重く感じる。
大丈夫。武器の扱い方も魔獣の倒し方も、すべて練習通りにやればいいだけだ。
「ふっ!」
口から息を漏らしながら、俺はスライムへと斬りかかった。
一定の距離をおいて俺たちを警戒していたらしいスライムは、直撃こそ避けたものの攻撃は効いているらしく動きが遅くなっていた。
無理はせずに一度距離をとって、同じことを二度三度と繰り返すとスライムは震えてから破裂した。
「三回か。どうなんだろうなこれは?」
最弱の相手に無事無傷で勝利しただけ、それだけではある。
初めての実践で、危なげなく魔獣を倒せたことを喜ぶべきか。それとも、最弱の魔獣程度に三度も攻撃しないといけなかったことを反省すべきか。
「さすがは善! かっこよかったよ~」
紫杏は俺の評価が甘すぎるので参考にしすぎてはいけないが、今は素直に魔獣を倒せたことを喜んでおこう。
……魔獣ってほどの大仰な存在じゃないけど。
◇
「本当にいいのか? 一緒に入場したから、紫杏の滞在時間だって俺と同じなんだぞ?」
「いいのいいの。私はかっこいい善を見れたらそれで満足なのさ。ウィンウィンってやつだね」
「いや、だけどさすがに俺一人で全部倒してしまうのは……」
「ほらほら、ここで悩んでるとせっかくの時間がなくなっていくよ? 私は明日からでいいから行ってきなよ」
多分これは本音だ。
自分のユニークスキルの検証とか、初めてのダンジョンでの成果とか、そんなものよりも俺のことを見ていたいらしい。
それじゃあ、今日のところはその言葉に甘えさせてもらおう。
「悪いな。明日からは二人でやろう」
「別に私は善を見てるだけでいいんだけどな~」
紫杏の言葉を背に受けて、俺は現れたスライムを次々と倒していく。
やることはさっきと同じだ。油断しなければなんてことはない。
たまに体当たりをしてくるやつもいるけど、落ち着いて避ければそれで終わりだ。
「おっ、レベルが上がった」
別に音がなったり体が光ったりと、そういうわかりやすい知らせがあったわけじゃない。
ただなんとなく、脳裏で自分が強くなったような、成長したような感覚があっただけだ。
だけど、これはレベルが上がったんだという確信がある。なんだか、妙な感覚だ。
「どれどれ、カードは……」
「善! もう一匹きてる!」
ステータスの確認をしようとするが、その前にスライムが追加で現れた。
ついでだから倒しておくかと、これまた今までと同じく剣で斬りかかると、スライムは一撃で破裂した。
「あれっ、一発で倒せた」
「さすがだねえ。もう強くなったんだ」
多分レベルが上がったからだよな?
改めてカードに刻まれたステータスを確認すると、たしかに俺のレベルは一つ上がっていた。それにともないステータスもわずかに上がっている。
「っと、もう時間か」
そこで時間がきてしまったようだ。
俺たちの周りに魔法陣が発生したかと思うと、俺と紫杏はダンジョンの入口へと転移した。
本当ならもう少しレベルを上げてみたかったけど、まあ初日だし成果としては十分だろう。
満足した俺の顔を、紫杏はにこにこと見つめていた。
職員さんが温かい目で俺たちを見ていたことに気がつき、なんだか急に気恥ずかしくなった俺は、紫杏の手を取って帰路へとつくのだった。
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