宵越しのレベルは持たない ~サキュバスになった彼女にレベルを吸われ続けるので、今日もダンジョンでレベルを上げる~

パンダプリン

第1話 彼女がサキュバスになった日のこと

 サキュバスといえば、どんな存在を思い浮かべるだろうか。

 男を誘惑し、精気を吸い取る? うん、間違いではない。

 でも今はそんな一般的なサキュバス像は忘れてもらいたい。

 これから話すのは――男嫌いのサキュバスなのだから……


    ◇


 髪は明るい金髪のショートヘア。

 顔つきが年齢よりも幼く見えるのは、きっとその天真爛漫な性格によるところが大きい。

 だけど、たまに見せる妖艶な表情のギャップは、男たちを虜にする。

 背の丈は高すぎず低すぎず、平均的な年齢相応の少女の大きさ。

 しかし、女性特有のその膨らみは豊満と呼ぶにふさわしく、やはり男たちは彼女に魅了される。


 それが彼女だ。

 彼女の名前は北原きたはら紫杏しあん

 俺の幼馴染であり、このたびサキュバスになった女の子だ。


「元々そういうタイプだとは思ってたけど、本当にサキュバスになるとはな」


「ほ~う? そういうタイプってどういう意味? もしかして、ぜんをえっちな気持ちにさせちゃってたかなぁ?」


 腕に抱きついて豊満の象徴を押しつける紫杏。

 わかっていてやってるんだこいつは。サキュバスになったからじゃない。昔からずっと俺に対してはこうなんだから、こいつがサキュバスになったのだってむしろ納得した。


 ちなみに、紫杏が言ったとおり、俺の名前は烏丸からすまぜん

 こいつとは違って何の変哲もない、平凡でつまらない男だ。


「お~い、善。善く~ん?」


 もうはるか昔の話。現世界と異世界はつながっていなかったらしい。

 異なる歴史を歩み、異なる技術が発展していったそれぞれの世界。

 それらがある日とつぜんつながった。


 当然、どちらの世界も大騒ぎだったと思う。

 文化や技術だけでなく、生態系や取り扱うエネルギー自体が別物なんだから。


 そして、常識が変わってしまったのだ。

 魔法やレベルやステータスなんて、現世界にはゲームや物語の中のできごとだったのに、現実になってしまった。


「善ってば~」


「すみません。そこで立ち止まられると他の方のご迷惑になりますので……」


「あっ、そうですよね! ほらっ、善いくよ! 考え事はもっとすみっこでやらないと」


 しまった。職員の方にやんわりと注意を受けてしまう。

 自分でも知らず知らずのうちに、浮ついた気分になってしまっていたのかもしれない。


「すみません。お邪魔しました」


 完全にこちらの落ち度なので、職員の女性に頭を下げながら俺たちは出口へと向かった。

 そんな俺の様子を見て、列に並んだ何人かの人たちはくすくすと笑う。

 恥ずかしい真似をしてしまったなと反省しつつも足を動かす。


「なんだあれ?」


「さあ、どうせスキルがハズレだったとかだろ」


 中にはガラの悪そうなやつらもいて、俺たち――というか、主に俺に対して悪意を向けてくる。

 まあ、それでもかまわない。それにはもう慣れた。

 だって、こんなかわいい幼馴染がいつもべったりとくっついているんだから、名前も知らない男たちからの妬みも当然だし、そんなものはいちいち気にしていられない。


「紫杏?」


 だけど、彼女はそうではないらしい。

 先ほどまでの人懐っこいような明るい表情はなりを潜め、まるで人形のように感情がないかのような顔へと変わる。


「あいつら、善のこと馬鹿にした?」


「してないしてない。ちょっとした軽口だよあんなもん。ほら、邪魔にならないように外に出よう」


 ちょっと強引に、腕を絡めるようにして紫杏を連れていく。

 すると、彼女はそれが嬉しかったのか、俺の腕に抱きつきながらついてきてくれた。


「もう! 善ってば、そんなに私のことが好きなのかな~?」


「はいはい。好き好き」


「むう、心がこもってないよ~?」


 こうして俺は紫杏をなかばあしらうようにしながら外に出た。


    ◇


 時代は変わった。

 年齢が十八になると成人扱いされることもその一つ。

 なぜ十八なのか、それはその年齢になるとユニークスキルと呼ばれる力に目覚めることができるからだ。


 いつからか、現世界では一人一人何らかの力を扱えるようになっていた。

 魔法を上手に扱えたり、武術の習得が早かったり、単純に力持ちだったりと、基本的にはあっても困らない便利な力。

 十八歳になると目覚めるたった一つの力。それこそがユニークスキルだ。


 中には両利きになるとか、匂いがなくなるとか、活用が難しそうな力もあるが、やはりあって邪魔にはならない。

 さっきの男たちがハズレじゃないかと言っていたが、このご時世ハズレスキルだからと差別されたりもしない。

 なので、スキル開眼が可能になったら役所まで行って手続きするのは当たり前のことであり、俺たちもその例に漏れなかった。


 さて、それらを踏まえたうえで先ほどの男たちの発言なのだが……

 まったくもって見当違いも甚だしい。

 スキルがハズレ? とんでもない。むしろ大当たりとしか言いようがない部類のスキルだ。


【必要経験値減少・極大】


 この世界にはレベルもステータスも、ついでに職業も存在している。

 レベルがすべてと言うつもりはないが、高いにこしたことはない。そんな世界で開眼した俺のユニークスキルは、字面を見る限りではレベルアップを早めるスキルなんだろう。

 これが当たりでなければ、なにが当たりなんだといえる。


 本来なら色々と検証したいし、ユニークスキルを得たことでダンジョン探索の許可も下りたので、今日は二人でダンジョンを探索する予定だ。

 だけど、内心とは裏腹に喜びを表に出さないようにしているのは、隣にいる幼馴染が原因だ。


「ん? どうしたの~? ははぁ……まさか、私に魅了されてたな」


「まったく……なんでお前より俺のほうが心配してるんだよ。自分のスキルのことなんだぞ?」


【サキュバス化】


 獣化や竜化というスキルもある。だから、これもそのたぐいのスキルであり文字通りサキュバスになってしまうスキルなんだろう。

 サキュバスといえば……あれだよな。男を誘惑して精気を奪い取る生き物だ。

 そんな生き物になってしまったら、これまでの人間だった紫杏とは別人のようになってしまうのでは……


 そんな一抹の心配は杞憂だったというかのように、目の前の幼馴染は別段なにも変わっちゃいなかった。

 なぜ、そんなにも落ち着いていられるんだろうか。


「だって……善くんは人間でもサキュバスでも私のこと好きでしょ?」


 ……こういうやつなんだ。こいつは。


「まあ……好きだけど」


「えへへ~、私も大好きだよ~」


 まあいいか。こいつがサキュバスになろうとこれまでと変わらないし、今後もこんな関係が続いていくんだろう。


「本当に大丈夫なのか?」


「だいじょぶだいじょぶ~。私はいつもどおり元気だよ」


 じろじろと全身を見てみるが、たしかにその特徴的な角と羽以外はこれまでと同じだ。

 無理したり嘘を言っているようではない。

 なんで、だんだん顔を赤らめているんだ。今さらこんなことで恥じらうやつじゃないだろお前は。


「へ、変じゃない? 邪魔ならこの頭のやつと羽、千切ろうか?」


「やめとけ」


 変なところで自分に自信がない。本当に、面倒でかわいい幼馴染だ……

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