第3話 溢れた愛が最高の調味料のようで

「そういえば、スキルの検証まではできなかったな」


 スライムを何匹か倒したらレベルは上がったけど、そもそも普通はどれだけのスライムを倒せばレベルが上がるのかわからない。

 ちょっと調べてみるか。そう思って、俺はスマホで掲示板を眺めることにした。

 きっと今ごろ俺と同じように、初めてダンジョンに挑んだ人たちが感想や情報を書き込んでいるはずだ。


 適当な掲示板を見ようとすると、窓からコンコンとノックするような音がした。

 きっと紫杏だ。俺と紫杏の家は隣同士で、ベランダを通れば互いの家を移動できるほどに近い。

 そのため、紫杏はこうして玄関を通らずに、窓から俺の部屋にくることのほうが多かった。


「開いてるから入っていいぞ」


 それもあって、俺は窓に鍵をすることはほとんどない。

 声は聞こえたらしく、紫杏は窓からゆっくりと入ってきた。

 ……なんだかやけに大人しいな?


「善……」


「どうした? 体調が悪いのなら病院か治療士のところに……」


「おなかすいた……」


 こけそうになる。

 いや、子供じゃないんだから……腹減ったならなにか食べればいいし、食べるものがないのならコンビニにでも行けよ。


「しょうがない……なんか作ってやるから、そこで待って……」


「違うの。食べ物を食べても満たされなくて」


 なんとかそれだけを伝えると、紫杏は倒れてしまった。


「お、おい! 紫杏!」


 救急車? スキルかダンジョンの影響? それなら、ダンジョン管理局に?

 どこに連絡すべきかおろおろと迷っていると、急に突き飛ばされるようにベッドの上に倒される。

 な、なんだ!?


「ねえ、善……精気ちょうだい?」


「は?」


    ◇


 ……これだけは言っておく。衝動的だろうとなんだろうと、俺は嫌じゃなかったし、紫杏だって嫌だとは思っていないはずだ。

 いいじゃないか。だいたい恋人同士だし、遅かれ早かれそういう関係にはなるはずだったんだから。


「ご、ごめん善……私、がまんできなくて……」


「いや! 紫杏が謝る必要はない! それより体調大丈夫なのか?」


「はい。おかげさまで……」


 どうやら本当のことを言ってるようで、紫杏の様子はここにきたときとはまるで違う。

 空腹を訴えていたし、飢餓状態か栄養不足かで今のも倒れそうだったというのに、食事ではなく俺の精気を吸うことで回復した?

 そもそも、あの状態は空腹とかではなく、本当に精気そのものが不足していただけなのか?


「サキュバスになった影響ってことか?」


「うん、たぶんそうだと思う。なんか、善がご馳走みたいに見えたから」


「サキュバスの生態とか、詳しく調べないといけないかもなあ……」


 もしもあれが日常的に起きるとしたら?

 そのとき俺がいなかったら? 紫杏はそこら辺の男に襲いかかるのか?


「…………絶対嫌だ」


「な、なにが!?」


「精気不足になった紫杏が、俺以外を襲うなんて耐えられない」


「し、しないよ! そんなこと!」


「でもなあ……さすがに死にそうなほど飢えたら、しかたなく苦手な食べ物だって食べるだろ?」


 選り好みしていられない状況になったら、嫌いな物を食べてでも生きようとするのが普通だ。

 そのまま、餓死を選ぶような生き物はほとんどいないと思う。


「無理無理無理! 善以外の男なんて、絶対に無理!」


「いや、でもさすがに死ぬくらいなら……」


「じゃあ聞くけど、善は餓死寸前だからって、うん……汚物にまみれた腐敗した肉を食べれるの!?」


 ……おい、今なにを言いかけた。まあ、とにかくニュアンスは伝わった。

 どうだろう。本当に飢餓状態のときは、それでも食べられるかもしれないが……

 可能であれば遠慮したい。


「そこら中を歩く腐敗した食べ物と、すぐに食べられるご馳走なら、私はご馳走だけ食べ続けるからね?」


 とんでもない宣言をされた気がする。

 でもその言葉に安心してしまっている俺がいる。


「そっか、じゃあお腹がすいたらいつでもきてくれ」


「ぜ、善!」


 俺が許可したことが嬉しかったのか、紫杏は今度はやさしく抱きついてきた。

 さっきは、力づくで押し倒されたからな……こいつ、こんなに力が強かったっけ?


    ◇


 翌朝になって、俺たちは再び初心者ダンジョンを訪れた。

 魔獣を倒してレベル上げと検証を行うというのも目的の一つだが、なによりもサキュバスについて知っておきたいのだ。


 昨晩、俺はサキュバスについて調べてみたのだが、有力な情報はなにもなかった。

 厳しい審査こそ必要だが、世界間を渡ることは格段に楽になっている。

 にもかかわらず、サキュバスだけは過去に一度もこちらへ訪れていないらしいのだ。

 そのため、いまだに現世界ではエルフや獣人と違って、サキュバスは空想上の生き物とされていたときからろくな情報が増えていない。


「昨日ぶりですね。烏丸さん、北原さん」


 ダンジョンにつくと、昨日俺たちの手続きをしてくれたお姉さんが対応してくれた。


「覚えているんですか?」


「ええ、それも私たちの仕事ですから」


 あれだけ人だらけだったのに? 形式的な会話以外していないのにか?

 さすがはダンジョンに携わる職についている人だ。プロ意識というやつだろうか。

 それはそうと、この人とはなにもないから俺の腕にしがみついて牽制しないように。

 昨日の今日だからそのやわらかさは色々と考えてしまう。


「それにしても珍しいですね。ほとんどの方は、初心者ダンジョンは初日以外訪れることはないのですが……」


「えっ、そうなんですか? もしかして、初日でダンジョンや魔獣に関わるのやめちゃったってことですか?」


 俺は昨日たしかな手ごたえを感じたから、今日もやる気に満ちていたんだけど、他の人にはつまらなかったのかな?


「いえいえ、さすがに初心者ダンジョンを体験して脱落する方はいません。ですが、ここに出現する魔獣はスライムだけですし、手に入るアイテムも初心者用のものばかりですので、みなさんもっと強い魔獣が出現するダンジョンに行ってしまうのです」


「そうなんですか、どうせならここでいくらかレベル上げてから挑めばいいのに」


 みんな随分とせっかちなんだな。

 でも、それはつまり昨日と違って思う存分このダンジョンに滞在できるってことか。

 やっぱりみんな別のダンジョンでがんばってくれ。俺はしばらくここでレベルを上げる。


「烏丸さんは随分と慎重な方なんですね」


 そうかな?

 たった一時間でレベルが上がったし、もう少し上げることはそんなに慎重なのだろうか。


「そうだ。それよりも、資料室に入ってもいいですか? サキュバスの生態を知りたくて」


「サキュバス……ですか? 資料室に入るのはかまいませんが、残念ながらサキュバスの情報は現世界にはほとんどありませんよ?」


 ここでもか。サキュバスってそんなに秘匿すべき存在なんだろうか?


「遠い昔、歴代最強のサキュバスの女王が、異世界を滅ぼしかけたみたいですからね……異世界側の審査局もサキュバスの異世界渡航には慎重になっているのでしょう……」


 それは俺が昨日調べた中で知り得た数少ない情報だった。

 なぜ、現世界にサキュバスが来ないのかというと、そのサキュバスの女王が原因とされている。

 戦争にまで発展する事件を起こしたみたいだからな……

 もちろん、サキュバス全員がそんなやつじゃないとしても、万が一ということを恐れて神経質にもなってしまうか。


「そうですか……ありがとうございました。それじゃあ、先にダンジョンに向かうことにします。紫杏、体の調子はどう?」


「元気元気! 昨日善を食べたから……」


「元気なら行こうか!!」


 職員さんは目を丸くして驚いてから、あらあらと微笑ましいものを見るように笑っていた。

 そんな職員さんから逃げるように、俺は紫杏を連れてダンジョンの奥へと進んでいく。


「おっ、出たなスライム」


「じゃあ、いってらっしゃ~い」


「いいのか? 昨日から俺ばっかり倒しちゃってるけど」


「善が嬉しいなら私も嬉しい。どっちも得してるってことだね」


 さすがに、今日は何匹かゆずろう。

 そうしないと、きっと紫杏はいつまでたってもレベルが上がらないままだ。

 ともあれ、今日最初のスライムは俺が倒させてもらうことにした。


「あれ……? 一撃で倒せなくなってる」


 当たり所が悪かったのか? それとも、昨日一撃で倒せたほうが当たり所が良かったのか?

 俺は結局数発の攻撃でスライムを倒した。


「う~ん……なんか、体も少し重い気がする」


 昨日、紫杏に精気を吸われたから疲れているのかな?

 そういえば、体力とかもステータスみたいに可視化できないんだろうか。

 そう思って、俺は何気なくカードを見ることにした。


「な、なんだこれ!?」


「ど、どうしたの!? 善!」


 俺の様子に驚いた紫杏が駆け寄ってくる。

 そして、二人でもう一度カードを見てみるのだが、そこには俺のステータスが記載されていた。


「レベル1……」


 カードは、たしかに俺のレベルが1に戻ったことを証明しているのだった……


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