第23話 赤い髪の剣士

 浅瀬の広がる湿地帯、ドゥエラボへと辿り着いた俺とティナは、どちらが良いエンチャントの防具を手に入れられるか競争することになった。

 

 湿地帯を進むと、沢山の根が絡まる場所に一匹の猫が座っている。あれが今回のターゲットの<<ニーブルキャット>>だ。

 ニーブルキャットはこちらに気付くと静かに立ち上がり、警戒の色を露わにした。灰色の毛皮に覆われた大きな体躯と、長い手足が特徴だ。色は違うが、猫というよりチーターに近い。

 見た目と違いニーブルキャットはあまり好戦的ではなく、警戒心が強いためプレイヤーが近づくとすぐに逃げる。幸いにも周囲に危険なモンスターはいないので、追いかけているうちにうっかりモンスターを引っかけてしまうという心配はない。

 しかし、今回の勝負に限っては最悪な相性だということは間違いないだろう。


「まずはお手並みを拝見しますか」


 オニキスブレードを抜き、少しずつ距離を縮める。属性は風らしいが、レインボゥを使うかは攻撃がどのくらい入るか確かめてからでも問題はないだろう。

 ニーブルキャットの肩が微動だにしたところで一度足を止める。これが限界の距離だ。まずはここから一気に攻める。

 

 腰を低くし、剣を後ろに構えると、手持ちのスキルの中で最も速く間合いを詰められるスキル<<クイックリッパー>>を繰り出した。しかし、リッパーが最高速度に達する前にニーブルキャットは高く跳躍し、逃げるように反対方向へと移動した。

 攻撃は空を切り、ちょうど敵がいた場所で止まる。ギリギリの位置でも届かないなら別の方法を取るしかなさそうだ。

 

 その後何度か、背後に回り込んだり、あえて大声を出しながら走っていく等、誰かに見られたら明らかにやばい行動を試みてみたが、どれも失敗に終わった。

 

 勝負が始まって三十分が経過したが、未だに一撃も入れられていない。

 

 同じフィールドにいるティナがモンスターを倒す度に、経験値とゼニーが取得され、それと同時に敗北感が増してくる。


「ま、まずい……このままじゃ勝負に負けるどころか、寄生状態になってしまう」


 あたふたしながら思い悩んでいると、背後から声がした。


「何をしているんだ、お前」


 振り返るとそこには、赤いショートヘアの髪をした女剣士が立っていた。


「マリーダ……」


 

 ◇ ◇ ◇ ◇



「あんたが負けたら、理由を教えてもらおうか」

「……ああ」


 赤い髪の片手剣使い、<<マリーダ>>は突然の呼び出しにも応じてくれ、ベイネスの路地裏の広場に姿を現した。彼女とは以前にも下の層でいざこざがあった時に決闘をしている。その時は僅差で俺の勝ちだったが、今はどうなるかわからない。

 今回彼女と戦う理由は、それとはまったく関係のないことだ。


 カウントが十を切り、お互いに剣を構えた。

 開始を知らせる大きなブザー音と共に、同時にクイックリッパーの構えを取った。初撃での相打ちを防ぐため、発動ギリギリのタイミングで身体を捻って意図的に空振りをさせる。

 

 スキルの効果で距離が詰まり、そこから戦いが激化しはじめた。


 マリーダはスキルを駆使した攻撃的な戦い方を好む。なので、こちらに求められるのはスキルの判断と剣の軌道を読むことだ。

 受け流せない時はチェンジウェポンで盾を呼び出し、防御に徹する。

 

 しばらくの攻防の後、マリーダが距離を取り、問いかけてくる。


「なんでスキルを使わない」

「……使おうとしているさ。ただ、隙がないだけだ」

「以前のお前なら、そんな戦い方はしなかったはずだ。あたしを使って何か試そうとしているな?」

「……」


 確信を突かれ、思わず目を逸らす。すると彼女は、メニュー画面を操作し始めた。


「……まぁいい。お前を負かせば、理由は聞けるしな」


 メニューを閉じると、彼女は左手を上げ拳を二回作った。あの動作はチェンジウェポンだ。いったい何をセットしたのだろうか。仮に盾をセットしていたのなら、今まで使わなかったのが不自然だ。


 左手が淡い光を放ち、彼女の手に黒い光を放つ片手剣「オニキスブレード」が現れた。驚く間もなく、マリーダは二本の剣を振りかざして攻撃を仕掛けてくる。

 

「オニキスが二本!?」

「驚くところはそこじゃねーだろ!」


 攻撃を弾き返し、間合いを取りながら思考を張り巡らせる。

 

 剣士がチェンジウェポンで装備出来るのは、防御系の盾か、補助系のランタンや松明のみだと思っていたが、それは、そもそも二刀流の武器が表示されていなかったからだ。

 俺の知らないクエストの報酬か、それとも何かしらの条件を満たしたのかはわからないが、現に彼女はオニキスブレードを二本持っている。

 

 そして、同時にセルジオの存在が頭をよぎった。彼はゲーム上に存在していない刀の武器やスキルを使っていた。だが、今までの言動やゲームをログアウトしていくところを目撃していることから、彼女が普通のプレイヤーであることは間違いない。つまり、自分も二刀流を使える可能性があるという事だ。

 そしてその事実が、自身の悩みの解決方法の一つかもしれないと思い、知りたいという好奇心を刺激した。


「どうやったら使えるんだ」

「あたしに勝ったら、教えてやるよ」


 そうだ、今は決闘中だ。彼女に勝てば二刀流を入手出来るというのならば、今は勝つことだけを考えるしかない。

 

 ゆっくりと呼吸を整え、彼女へと立ち向かっていった。


 

 ◇ ◇



「残念だったな」


 マリーダは、崩れ落ちる俺の肩を叩きながら言った。

 攻撃に全振りした二刀流の戦い方は、彼女の戦闘スタイルと相まって圧倒的な強さを誇った。

 そして、最後に放った連撃のスキル。あれはもはや、男のロマンといってもいい。


「く、悔しい」

「前回はお前に負けたからな。少しはあたしの気持ちがわかったか、バカめ」


 彼女は俺の頭を叩き、首根っこを掴んで近くのベンチへと連れていった。


「んで、こんな夜中にあたしを呼び出していきなり襲い掛かってきた理由を教えてもらおうか」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ二刀流の興奮で頭が切り替わってないんだ」


 新スキルの興奮で悩みを忘れかけていた俺は、気持ちを切り替えるために少しの間だけ待ってもらった。

 

 そして、彼女に悩みを打ち明けた。

 

 ビエルグに勝てなかったことや、同じ戦闘スタイルで戦っている彼女が今後どうしていくのかを聞いた。

 彼女は時折「あー」とか「んー」とか話に割り込みたそうな相槌をうっていたが、最後まで聞きに徹してくれた。


「まぁ、なんだ。今でこそスタイルは変わっちまったけど、お前はあたしの目標でもあった。それくらい、戦い方は合ってると思ってる」

「マリーダ……」


 彼女は顔を向け、続ける。


「とくに、お前のウェポンチェンジ。あの速さで使えるやつはそうはいない。あたしが途中で二刀流に切り替える前、なにが入ってたかしってるか?」


 そういえば、彼女はメニュー画面を開いて剣を登録してからウェポンチェンジを発動させていた。という事は元々違う何かが入っていたことになる。そして、二刀流以外で指定できる装備は限られている。


「盾?」

「そうだよ。わからなかっただろ?」

「前に戦ったときは使ってなかったから、そういうスタイルなのかと」

「最初は手を握るだけの簡単なもんだと思ってたが、戦闘中に装備切り替えるのって案外難しいんだぜ」


 たしかに、周りでもそういう使い方をしているプレイヤーを見かけなかった。

 単にスタイルの違いだと思っていたが、他人に指摘されるまで気が付かなかったのかもしれない。


「自分じゃ当たり前のようにやってるかもしれないけど、意外と他人から見たら普通じゃないことだってある。だから、それを活かしたっていいんじゃないの?」


 自分にしか出来ないこと……か。モンスターであるビエルグですら動揺していた事を考えると、まだまだ使い方はあるのかもしれない。変にスタイルを変えるよりも、それを極めるというのも一つの手段かもしれない。


 「ありがとう、マリーダ。もう少しこのまま進んでみるよ」


 彼女は照れ臭そうに「ん」と相槌を打つと、席を立った。それを追うように、俺も立ち上がった。


「じゃ、じゃあ装備の切り替えを活かした二刀流を……」

「それは、次にあたしに勝ったらな」

「そ、そんな……」


 肩を落とす俺に、「またな」と小さく呟き、彼女は路地の奥へと消えていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇


 

 

 周囲を見渡すが、目の前には赤い髪の剣士の他に誰もいない。

 

「君も、ソロでニーブルキャットを?」


 その問いに対し、彼女は飽きれたような表情で答えた。

 

「そんな訳があるか。剣士がニーブルをソロで倒すのはオススメしないと掲示板に書いてあっただろう」

「いや、違うんだ」

「友人と狩りに来ていて、戻ろうとしたらこっちの方から奇声が聞こえてきてな。それで様子を見にきたらお前がいたんだよ」


 奇声とは、先程ニーブルを狩る時に発していた「アレ」の事だろうか。アレについてはもう、何も言えない。


「まさか憧れのセンパイが、モンスターが狩れずに奇声をあげている姿を見せられるとはな」

「いや、実はですね」


 俺は、マリーダに勝負の事について簡単に説明した。途中から彼女の顔色が変わっていき、だんだん失笑の表情になっていった。

 

 「勝てもしない勝負を最初からするバカはいないだろう」

 「不可抗力だ……」

 「まぁ、一個も持って帰れないんじゃ勝負にもならないからな。せめてもの情けに、こいつをやろう」


 マリーダはメニューを開き、実体化したアイテムを水面に投げた。拾い上げるとそれはシーフクロースだった。ランダムエンチャントの枠には「幸運LUK+1」がついている。

 幸運は五十以上振ればそれなりに強いと言われているが、現状だとそこまでポイントを裂けないので効果が薄いステータスだと言われている。


「……ありがとう」

「ま、せいぜいそのかわい子ちゃんに手伝って貰って、ちゃんとしたステータスの奴を手にいれるんだな」


 そう言うと、マリーダは転送装置で街へと戻っていった。

 彼女を包んだ光が空を飛んでいくのを見送っていると、視界に経験値とゼニーの取得メッセージが表示された。


 

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